ピクシブ百科事典は2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴

中島春雄

4

なかじまはるお

日本の俳優・スーツアクター。初代ゴジラのスーツアクターとして世界的に有名である。

概要

1929年1月1日山形県にて生まれる。

18歳の時に新聞広告を見て「東宝俳優学校」に応募。それ以来撮影所等に出入りするようになる。

1949年黒澤明監督作品「野良犬」で映画初出演したが、編集の都合で出演シーンが全てカットされてしまった。

翌年の1950年に東宝に入社。役の付かないいわゆる「大部屋俳優」となる。

それ以来は主に切られ役として活動を続けていたが、1954年、彼が25歳の時に日本初の怪獣映画『ゴジラ』でゴジラのスーツアクターを務める。以後18年間ゴジラを演じ、ゴジラ俳優として知られるようになる。

ゴジラ以外の怪獣映画でも主役の怪獣を多数演じ、空の大怪獣ラドンでは日本初の本格的なワイヤーアクションに挑戦した。

映画以外にも松屋デパートなどのデパートで撮影用着ぐるみを着てのキャンペーン巡業や実演を行い、円谷英二からのオファーを受けてウルトラQウルトラマンウルトラセブンにも怪獣役で登場した。

なお、ゴジラのぬいぐるみは、一本撮影する間に中島の激しい立ち回りでぼろぼろになり、新作ごとに作り直していた。「平成のゴジラが何度も使いまわされているのは、立ち回りが足りない証拠だ」と語ったこともある。(しかし全く使い物にならなかったかと言えばそうでもなく、顔が見えないシーンでは旧作のスーツが使われている。)

そんな中島は、50歳までゴジラを演じるつもりでいたが、円谷英二の死に「ゴジラもおしまいか」とショックを受ける。それに加えて1971年に一度専属契約を解除されたこともあり、以降は東宝の経営するボーリング場でスタッフとして働いていた。その後、特撮スタッフからの願いを受けて同年撮影中だった「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」で一度だけゴジラを演じているが、これを最後にゴジラの着ぐるみ役者を正式に引退した。

この頃中島は怪獣役に全く興味が無くなってしまい、当時すでに東宝をリストラされた事もあって、もう怪獣を演じるつもりはなかったという。

その後1998年に、俳優活動そのものを引退した。

以降は、ゴジラ関係の取材やサイン会などで度々活動していたが、2017年8月7日に肺炎のため死去した。享年88歳。

死去した翌年の2018年に開催された第90回アカデミー賞の発表・授賞式では、鈴木清順氏、ジョージ・A・ロメロ氏、ロジャー・ムーア氏と共に追悼された。

ゴジラ生誕65周年記念作となるハリウッド映画『キング・オブ・モンスターズ』では、エンドロールの最後に写真入りで追悼文が掲載された。

人物・エピソード

  • 実家は肉屋で、二人の兄と二人の弟がいる。
  • 趣味は水泳潜水スキューバダイビング柔道。特に柔道は二段の腕前で、ゴジラシリーズが徐々に怪獣同士の戦いがメインになって行くにつれ、本来の持ち味であるアクション俳優としての動きをゴジラに取り入れていった。
  • 『ゴジラ』以前に本多猪四郎と円谷英二がコンビを組んだ戦争映画『太平洋の鷲』にも出演。日本人としては初めて敵の攻撃で体に火が付くファイヤースタントを演じていた。当時はスタントマンという呼び名は無く「吹き替え」と呼ばれていたが、今作以降も吹き替えを演じる事となる。
  • 彼がゴジラ役に抜粋された経緯としては、円谷英二から重量150kgにもなるゴジラのスーツを着せられて「歩いてみろ」と指示された際にもう一人のテスターが3m歩いた後に国会議事堂のミニチュアに躓いて転倒した中、海軍上がりの屈強な肉体を駆使して10m程歩けたことに由来する。
  • 円谷英二からは「春ちゃん」「春坊」と呼ばれ可愛がられており、中島氏もまた「オヤジ」と呼んで慕っていた。ゴジラと言えば「核」がテーマであることが知られているが、円谷とは政治的な話は一切しなかったという。
  • ゴジラを演じるにあたり、円谷英二からキングコングのフィルムを与えられたが今一ピンとこず、「怪獣とはいえ所詮は動物」と動物園に通い動物の動きを学んだ。象や熊等のずっしりとしたすり足での動きや立ち上がった時の腕の動かし方、ハゲタカの首の動きは大いに参考になったと語っている。
  • 『キングコングの逆襲』にキングコング役で出演後、アメリカの映画会社から破格のギャラで引き抜きのオファーを貰った事を円谷英二に相談した所、「何を言っているんだ。次回作が控えているのに」と言われて断念した。なおゴジラとキングコング双方を演じた俳優は今現在彼とイギリス出身のスタントマン、アンディ・サーキス氏の二人のみである。
  • 大阪万博の怪獣ショーでゴジラを演じた際、ガメラと戦った事がある。しかし特に決まった立ち回りをしているわけではないため、勝った事もあれば負けたこともあるという。
    • 中島春雄氏の逝去後、追悼号として発売された某映画雑誌に写真付きで詳細が掲載されており、こちらでは共闘と書かれている。対戦相手としてゴロザウルスギャオスも登場したらしい。
  • ゴジラが銀座の時計台を破壊する有名なシーンではNGを連発し、円谷から「考えてみろ」とアドバイスを受け「音が鳴っているわけだからなんだこの野郎うるせえな、何だこれは」と考えながら破壊しOKを貰った。そのためか平成になって薩摩剣八郎演じるゴジラに関して「どういう気持ちでゴジラが建物を壊しているのか考えずにすぐ壊してしまっている。わざと壊すのはおかしい。駄目だよ」とも語った。

出演作(スーツアクターとして)

ゴジラ~地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガンゴジラ(「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」では一部のアクションのみ))

空の大怪獣ラドンラドンメガヌロン

大怪獣バラン(バラン)

モスラ(モスラ(幼虫のいちばん先頭の脚))

マタンゴ(マタンゴ)

地球防衛軍モゲラ

フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン

フランケンシュタインの怪獣サンダ対ガイラ(ガイラ

キングコングの逆襲(キングコング

緯度0大作戦グリフォン

ゲゾラ・ガニメ・カメーバ 決戦!南海の大怪獣(ゲゾラガニメ

ウルトラQゴメスパゴス

ウルトラマンネロンガガボラジラースキーラ

ウルトラセブンユートム

余談

ゲゲゲの鬼太郎(第4期)第86話「死の使い・モウリョウ」にて、中島春雄氏をイメージしたと思われる『長嶋晴之助』という怪獣役者のキャラクターが登場している。

また唐沢なをきのギャグマンガ『ヌイグルメン!』にも50年来怪獣のスーツアクターをしているという『向島ハルオ』というキャラクターがいる。

関連タグ

スーツアクター 怪獣

ゴジラシリーズ ウルトラシリーズ 円谷英二

信濃海軍時代に所属していた時期がある

概要

1929年1月1日山形県にて生まれる。

18歳の時に新聞広告を見て「東宝俳優学校」に応募。それ以来撮影所等に出入りするようになる。

1949年黒澤明監督作品「野良犬」で映画初出演したが、編集の都合で出演シーンが全てカットされてしまった。

翌年の1950年に東宝に入社。役の付かないいわゆる「大部屋俳優」となる。

それ以来は主に切られ役として活動を続けていたが、1954年、彼が25歳の時に日本初の怪獣映画『ゴジラ』でゴジラのスーツアクターを務める。以後18年間ゴジラを演じ、ゴジラ俳優として知られるようになる。

ゴジラ以外の怪獣映画でも主役の怪獣を多数演じ、空の大怪獣ラドンでは日本初の本格的なワイヤーアクションに挑戦した。

映画以外にも松屋デパートなどのデパートで撮影用着ぐるみを着てのキャンペーン巡業や実演を行い、円谷英二からのオファーを受けてウルトラQウルトラマンウルトラセブンにも怪獣役で登場した。

なお、ゴジラのぬいぐるみは、一本撮影する間に中島の激しい立ち回りでぼろぼろになり、新作ごとに作り直していた。「平成のゴジラが何度も使いまわされているのは、立ち回りが足りない証拠だ」と語ったこともある。(しかし全く使い物にならなかったかと言えばそうでもなく、顔が見えないシーンでは旧作のスーツが使われている。)

そんな中島は、50歳までゴジラを演じるつもりでいたが、円谷英二の死に「ゴジラもおしまいか」とショックを受ける。それに加えて1971年に一度専属契約を解除されたこともあり、以降は東宝の経営するボーリング場でスタッフとして働いていた。その後、特撮スタッフからの願いを受けて同年撮影中だった「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」で一度だけゴジラを演じているが、これを最後にゴジラの着ぐるみ役者を正式に引退した。

この頃中島は怪獣役に全く興味が無くなってしまい、当時すでに東宝をリストラされた事もあって、もう怪獣を演じるつもりはなかったという。

その後1998年に、俳優活動そのものを引退した。

以降は、ゴジラ関係の取材やサイン会などで度々活動していたが、2017年8月7日に肺炎のため死去した。享年88歳。

死去した翌年の2018年に開催された第90回アカデミー賞の発表・授賞式では、鈴木清順氏、ジョージ・A・ロメロ氏、ロジャー・ムーア氏と共に追悼された。

ゴジラ生誕65周年記念作となるハリウッド映画『キング・オブ・モンスターズ』では、エンドロールの最後に写真入りで追悼文が掲載された。

人物・エピソード

  • 実家は肉屋で、二人の兄と二人の弟がいる。
  • 趣味は水泳潜水スキューバダイビング柔道。特に柔道は二段の腕前で、ゴジラシリーズが徐々に怪獣同士の戦いがメインになって行くにつれ、本来の持ち味であるアクション俳優としての動きをゴジラに取り入れていった。
  • 『ゴジラ』以前に本多猪四郎と円谷英二がコンビを組んだ戦争映画『太平洋の鷲』にも出演。日本人としては初めて敵の攻撃で体に火が付くファイヤースタントを演じていた。当時はスタントマンという呼び名は無く「吹き替え」と呼ばれていたが、今作以降も吹き替えを演じる事となる。
  • 彼がゴジラ役に抜粋された経緯としては、円谷英二から重量150kgにもなるゴジラのスーツを着せられて「歩いてみろ」と指示された際にもう一人のテスターが3m歩いた後に国会議事堂のミニチュアに躓いて転倒した中、海軍上がりの屈強な肉体を駆使して10m程歩けたことに由来する。
  • 円谷英二からは「春ちゃん」「春坊」と呼ばれ可愛がられており、中島氏もまた「オヤジ」と呼んで慕っていた。ゴジラと言えば「核」がテーマであることが知られているが、円谷とは政治的な話は一切しなかったという。
  • ゴジラを演じるにあたり、円谷英二からキングコングのフィルムを与えられたが今一ピンとこず、「怪獣とはいえ所詮は動物」と動物園に通い動物の動きを学んだ。象や熊等のずっしりとしたすり足での動きや立ち上がった時の腕の動かし方、ハゲタカの首の動きは大いに参考になったと語っている。
  • 『キングコングの逆襲』にキングコング役で出演後、アメリカの映画会社から破格のギャラで引き抜きのオファーを貰った事を円谷英二に相談した所、「何を言っているんだ。次回作が控えているのに」と言われて断念した。なおゴジラとキングコング双方を演じた俳優は今現在彼とイギリス出身のスタントマン、アンディ・サーキス氏の二人のみである。
  • 大阪万博の怪獣ショーでゴジラを演じた際、ガメラと戦った事がある。しかし特に決まった立ち回りをしているわけではないため、勝った事もあれば負けたこともあるという。
    • 中島春雄氏の逝去後、追悼号として発売された某映画雑誌に写真付きで詳細が掲載されており、こちらでは共闘と書かれている。対戦相手としてゴロザウルスギャオスも登場したらしい。
  • ゴジラが銀座の時計台を破壊する有名なシーンではNGを連発し、円谷から「考えてみろ」とアドバイスを受け「音が鳴っているわけだからなんだこの野郎うるせえな、何だこれは」と考えながら破壊しOKを貰った。そのためか平成になって薩摩剣八郎演じるゴジラに関して「どういう気持ちでゴジラが建物を壊しているのか考えずにすぐ壊してしまっている。わざと壊すのはおかしい。駄目だよ」とも語った。

出演作(スーツアクターとして)

ゴジラ~地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガンゴジラ(「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」では一部のアクションのみ))

空の大怪獣ラドンラドンメガヌロン

大怪獣バラン(バラン)

モスラ(モスラ(幼虫のいちばん先頭の脚))

マタンゴ(マタンゴ)

地球防衛軍モゲラ

フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン

フランケンシュタインの怪獣サンダ対ガイラ(ガイラ

キングコングの逆襲(キングコング

緯度0大作戦グリフォン

ゲゾラ・ガニメ・カメーバ 決戦!南海の大怪獣(ゲゾラガニメ

ウルトラQゴメスパゴス

ウルトラマンネロンガガボラジラースキーラ

ウルトラセブンユートム

余談

ゲゲゲの鬼太郎(第4期)第86話「死の使い・モウリョウ」にて、中島春雄氏をイメージしたと思われる『長嶋晴之助』という怪獣役者のキャラクターが登場している。

また唐沢なをきのギャグマンガ『ヌイグルメン!』にも50年来怪獣のスーツアクターをしているという『向島ハルオ』というキャラクターがいる。

関連タグ

スーツアクター 怪獣

ゴジラシリーズ ウルトラシリーズ 円谷英二

信濃海軍時代に所属していた時期がある

コメント

コメントはまだありません

pixivに投稿されたイラスト

すべて見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ

おすすめ記事

pixivコミック 週間ランキング

  1. 1

    漫画・キャラクター原案:九重ヤエ,原作:雪兎ざっく

    読む
  2. 2

    おおのこうすけ

    読む
  3. 3

    山田ヒツジ

    読む

pixivision

カテゴリー