人は癒され、ガンダムを呼ぶ
作品解説
『∀ガンダム』は1999年から2000年にかけフジテレビ系列局の一部で放送されたTVアニメ作品。
2002年にはアニメーション映画として『地球光』『月光蝶』の2本にまとめられ、劇場公開された。
監督・製作総指揮は富野由悠季。
「過去の文明の産物が失われて長い年月が経過した地球が舞台」という、それまでのガンダムとは大きくかけ離れた独自性の強い世界観を成している。全体的な文明レベルは第一次世界大戦前後で、従来の近未来風味とは一線を画している。
特に物語序盤は政治的な駆け引きが物語の中心に据えられ、戦闘が行われない事も多く、また物語全体を包み込む近代以前のヨーロッパな牧歌風味、音楽も儚げでノスタルジックなる幻想的印象を持つものばかりで、「ガンダムの世界名作劇場」と評されることもある。特にED2「月の繭」はまるでローマ時代の大理石遺跡を巡って無くなった文明を偲ぶかのような大変美しい世界観を作っている。
主役機のターンAガンダムを始め、「宇宙世紀のMSとの作動原理や文明レベルの違い」を感じさせるメカニック演出も秀逸で、特に物語終盤の迫力のある戦闘シーンや、そこに秘められたドラマなどに対する評価も高い。
『ブレンパワード』以降の富野監督作の特徴でもあるキャラクターを生き生きと描く演出が光る作品でもあり、実に個性的で人間くさく、敵役であっても何処か憎めない登場人物たちが物語を賑やかに彩り、主要人物の死も少ない。
しかし、「同じ組織・同じ大義の下で動いてる筈なのに、各々にその解釈が異なるために起こる諍い」「ちょっとした勘違いや行き違いが後々とんでもない事態を招く」といった富野監督お馴染みの作劇手法は健在であり、様々な思惑が複雑に交錯する人間ドラマも本作の重要な骨子である。
本作に於けるキーワードである「黒歴史」を通じた「全てのガンダムの否定と肯定」を作品の根底として置いており、(本作が劇中劇とされているガンダムビルドファイターズなど一部を除いた)本作以降に制作されたガンダムシリーズを含めた全てのガンダムの世界観は、∀ガンダムの世界観に統括されると言われている。
そのため本作以前のアナザーガンダム(G、W、X)のモビルスーツも何かしら形を変えて登場するというちょっとしたファンサービスの要素がある。
ただし過去の歴史である黒歴史の描写は作中でされるものの、全作品がどういった時系列を辿るのか、あるいはどういった経緯で統括されるのかといった流れはあまり説明・解説されてはおらず、そこまで綿密に細かく決められた設定ではないことは前提として置くべきである。
また上記のようにアナザーガンダムとも間接的な繋がりはあるものの、かなり長い年月が経ったという設定もあって本作と相互で明確な繋がりを感じさせる作品は同監督の『Gレコ』ぐらいとなっている。
そもそも本作の設定はメタフィクション的な部分も強いので、深くは考えずに楽しむことが一番であろう。
なお、富野由悠季はその後、以降のアナザーガンダムにおいては制作で本作へと至ることは意識していない、というようなことを語っている。
主役機であるターンAガンダムの「ヒゲ」が特徴のデザインや女装・全裸姿を披露する主人公等でも話題になっている。地味に4クール放送のTVシリーズでは全編通して主役機交代がないという珍しい作品である。
また、舞台が舞台なためか最終決戦ではよくありがちなフルアーマー○○のような最終決戦仕様に換装される事もない。∀以前のガンダムシリーズを見ても乗り換えがなかったのはファースト以来となる。
さらに主題歌は西城秀樹、エンディングは谷村新司が手がけるなど、アニメソングらしからぬ歌手起用も見どころである。
その他、第1話では主役の∀が登場しない、「機動○○」といったサブタイトルが付かないなど、あらゆる面でシリーズにおける異色作となっている。
ちなみに「ターンA」という読みは、「最初(のアルファベットであるA)に戻る」という意味で、シリーズの再出発にかけて、また、文明を原初に戻してしまう∀ガンダムの能力にひっかけたものである。
なお、「∀」の文字は「すべて」を表す論理記号。日本語入力システムによっては「すべて」と打てば変換可能。これは、「全てのガンダムを内包する」という意味がある。キャラデザインの安田朗氏のインタビューによれば、監督の富野氏はこの意味をタイトルを決めたあとで知ったという。
物語
正暦2343年、ムーンレィス(月面居住民)の少年ロラン・セアックは、月の女王ディアナ・ソレルの地球帰還作戦に先立つ地球先行潜入員に選ばれ、フラン・ドールとキース・レジェとともに地球のアメリア大陸イングレッサ領に降下した。
地球に降り立ち、二人と別れたロランはイングレッサの地方町ヴィシニティに向かう道中でうっかり川で溺れてしまい、たまたま川で禊をしていたキエル・ハイムとソシエ・ハイムの姉妹に助けられる。キエルの紹介でロランはハイム家が運営するビシニティの鉱山で働き始め、フランとキースもそれぞれ新聞印刷所とパン屋の従業員としてイングレッサ首都のノックスで暮らし始める。
その後、鉱山での働きぶりと手先の器用さを認められたロランはハイム家の運転手兼使用人となり、日々の暮らしの中で地球と地球の人々に深い愛着を抱くようになっていく。
一方その頃、イングレッサの領主グエン・サード・ラインフォードはムーンレィスによるアメリア大陸への入植要請に対応していた。彼らに脅威を感じたグエンは市民軍「ミリシャ」を増強すべく、兵器の生産を急がせていた。
ロランがヴィシニティで暮らし始めて2年が経った夏至の日の夜のこと、ロランはソシエと共に成人式の祭りに参加していた。自分もヴィシニティの住人として認められたことに喜ぶロランだったが、神像「ホワイトドール」の前で儀式を行っていた最中に、突如としてディアナ・カウンターのウォドムがノックスを襲撃する。
それに呼応するのかのように動き出した「ホワイトドール」の中から現れたのは、ヒゲの生えた巨大な白い機械人形だった。
登場キャラクター
ハイム家
イングレッサ・ミリシャ
グエン・サード・ラインフォード(CV:青羽剛)
ルジャーナ・ミリシャ
ディアナ・カウンター
ギンガナム艦隊
メリーベル・ガジット(CV:夏樹リオ)
アグリッパ派
アグリッパ・メンテナー(CV:石丸博也)
民間人
登場メカニック
発掘兵器
ムーン・レィス
ミリシャ
劇場版・アニメ版には未登場の機体
- ムーンバタフライ:小説『月に繭地には果実』に登場。蝶のような姿の大型モビルアーマー。
- 月光蝶:佐藤茂著の小説版に登場。月光蝶システムと同名だが全くの別物で、ここでは機動兵器の名前となっている。
- ブラックドール:佐藤茂著の小説版に登場。所謂サイコガンダム。
- 4LEG:シド・ミードにデザインされながら本編未登場に終わった機体。
- モビル・カウダータ:あきまん著の漫画『∀ガンダム 月の風』に登場。小型化されたフラットとも言うべき機体。
- ガンダムアスクレプオス:ときた洸一著の漫画『∀ガンダム』に登場。後に同作者による漫画『ガンダムEXA』の正暦世界にも引き続き登場する。
劇場版
TVシリーズの内容を新作カットを加えて再編集し、『地球光』と『月光蝶』の二部作にまとめた劇場版総集編作品である。
公開に当っては、ニ部作を日替わりで上映するサイマル・ロードショー形式がとられ、これは日本映画界では初の試みとして話題になった。
全50話という長尺かつ複雑な物語を二部作にまとめたためか、かなりスピーディーな展開となっており、特に『地球光』の前半はほぼダイジェストの如き大胆な編集で進行していく(全43話の『初代ガンダム』でさえ劇場版は三部作だった)。
また、TVシリーズ中盤に当たる部分をすっ飛ばしており、『地球光』と『月光蝶』の間の展開が直接繋がらないため、ストーリーの大筋を楽しむ分には問題無いが、劇場版を観ただけでは細かい部分で理解出来ない点も多い。
これについては富野監督もカットできるエピソードや戦闘が少なくて非常に苦労したと語っている。
主題歌
オープニングテーマ
- 「ターンAターン」(2 - 38話)
- 「CENTURY COLOR」(39 - 50話)
作詞:井荻麟・浜口祐夢 作曲:浜口祐夢 歌:RAY-GUNS
エンディングテーマ
- 「AURA」(1 - 38話)
作詞・作曲:谷村新司 歌:谷村新司
- 「月の繭」(41 - 49話)※最終話の50話では劇中歌として使われた。
- 「限りなき旅路」(50話)
作詞:C.Piece 作曲:菅野よう子 歌:奥井亜紀
ナレーション
本編:朴璐美
サブタイトルコール:なし
次回予告:朴璐美
各話リスト
話数 | サブタイトル |
---|---|
SP | ∀ガンダム直前スペシャル『ターンAターン』 |
第1話 | 月に吠える |
第2話 | 成人式 |
第3話 | 祭の後 |
第4話 | ふるさとの軍人 |
第5話 | ディアナ降臨 |
第6話 | 忘れられた過去 |
第7話 | 貴婦人修行 |
第8話 | ローラの牛 |
第9話 | コレン、ガンダムと叫ぶ |
第10話 | 墓参り |
第11話 | ノックス崩壊 |
第12話 | 地下回廊 |
第13話 | 年上のひと |
第14話 | 別離、再び |
第15話 | 思い出は消えて |
第16話 | ターンAのすべて |
第17話 | 建国のダストブロー |
第18話 | キエルとディアナ |
第19話 | ソシエの戦争 |
第20話 | アニス・パワー |
第21話 | ディアナ奮戦 |
第22話 | ハリーの災難 |
第23話 | テテスの遺言 |
第24話 | ローラの遠吠え |
第25話 | ウィルゲム離陸 |
第26話 | 悟りの戦い |
第27話 | 夜中の夜明け |
第28話 | 託されたもの |
第29話 | ソレイユのふたり |
第30話 | 胸に抱えて |
第31話 | 追撃!泣き虫ポゥ |
第32話 | 神話の王 |
第33話 | マニューピチ攻略 |
第34話 | 飛べ!成層圏 |
第35話 | ザックトレーガー |
第36話 | ミリシャ宇宙決戦 |
第37話 | 月世界の門 |
第38話 | 戦闘神ギンガナム |
第39話 | 小惑星爆烈 |
第40話 | 月面の海戦 |
第41話 | 戦いの決断 |
第42話 | ターンX起動 |
第43話 | 衝撃の黒歴史 |
第44話 | 敵、新たなり |
第45話 | 裏切りのグエン |
第46話 | 再び、地球へ |
第47話 | ギンガナム襲来 |
第48話 | ディアナ帰還 |
第49話 | 月光蝶 |
第50話 | 黄金の秋 |
備考
本作は「フジテレビで放送された最初で唯一のガンダムのTVシリーズ」であるが、東名阪はともかく、放送地域がまちまちであり(北海道や東北地方のように、比較的多くの県でネットされていた地域もある一方で四国地方のように1県しか視聴できないところもあった)が、ヒドい所では中国地方では一切放送されなかった(地域で言えば岡山県・広島県・鳥取県・島根県・山口県であるが、岡山県の放送局の場合は放送エリア上は香川県も含まれる。また山口県にはフジテレビ系列局はないが、山口県のごく一部では福岡県のフジテレビ系列局であるテレビ西日本で視聴出来た)。そのため中国地方在住(前述した山口県の一部エリアを除く)のガンダムファンの間でも「雑誌で見たことはあるが、アニメは見たことない」「DVD(あるいは劇場版2部作)で初めて知った」「そんな作品はない!」(本当に作品を知らなかったり、ネタ的に発言する者も含む)と本作の存在に関しては各人異なった認識をしている、とされる。
また、当初はガンダムシリーズ最終作として作るつもりだったと言う都市伝説もある。
後に制作された作品『Gのレコンギスタ』は、本作の過去か未来かの解釈が公式と原作者で分かれている。
立体物
1/144、1/100、SDガンダム、HGCC1/144、MG1/100にラインナップ。
各々ビームライフル、ビームサーベル、シールドが同梱。(MG、SDガンダムにはハイパーハンマーも同梱されている。)
胸部マルチパーパスサイロは、1/144とSDガンダムは差し替えで再現されている。(1/100とMGは展開ギミックで再現されている)
関連書籍
- ∀の癒やし
富野監督によるエッセイ集。
『機動戦士Vガンダム』の制作で重度のうつ病に陥った富野監督の味わった地獄と、そこから如何にして立ち直っていったのかを、『ブレンパワード』と『∀ガンダム』の制作に纏わるエピソードを交えながらその心情を綴った内容となっている。
関連動画
関連項目
シリーズ
機動新世紀ガンダムX← ∀ガンダム →機動戦士ガンダムSEED