概要
気性の激しい馬を大人しくさせる効果を期待して去勢を行うが、競馬では「優秀な繁殖馬を選定する」という目的から、日本のクラシック三冠レース(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)や天皇賞のようにセン馬の出走を認めないレースもある(天皇賞は08年から出走できるようになった)。
なお、稀にではあるが脱腸の再発防止のために去勢を行うケースもある。
また、現役競走馬・種牡馬を引退して功労馬や乗馬となった馬にも去勢手術が行われる(サクラユタカオー、タイキシャトルなど。ただしステートジャガーやビワハヤヒデなどといった非常に温厚な性格の馬や、タニノギムレットのように高齢で手術した方が命にかかわる馬は去勢されない場合がある)。
日本では現役競走馬のセン馬は非常に少ない。気性難を実力の裏返しと見做し、気性難の馬を乗りこなすことが騎手の腕前の見せどころとなることから、去勢はそのままではレースや調教もままならない馬への最終手段という立ち位置であり、通常は寧ろ気性難を名馬の条件と見做す風潮すらある。
一方で海外に目を向けると、種牡馬として需要がないと判断されれば積極的に去勢される。香港のように馬産を行っていない地域では最大のデメリットである種牡馬になれないという点を考慮する必要がないため、ほぼすべての牡馬が去勢される。ユニークなのはオーストラリアやニュージーランドで、世界的な馬産地であるにも関わらず一部の良血馬を除きほとんどの牡馬が去勢される。
牝馬(メス馬)の場合、生殖能力を除去することはまず無いが、馬伝染性子宮炎対策として、陰核洞除去という手法はある(去勢というよりは女子割礼)。
代表的なセン馬
コロン以下は主な勝ち鞍、詳細情報など。
日本馬の代表例
- レガシーワールド:人間や他馬を威嚇する上にゲート下手だったため去勢。1993年のジャパンカップを勝った、セン馬初のGⅠ馬。2021年に32歳で死去したが、セン馬最高齢記録も持つ(同世代のGⅠ馬では一番長生き)。
- マーベラスクラウン:調教中に暴れ南井克巳騎手を振り落とすなどしたため去勢したところ気性が改善した。勝ち鞍である1994年ジャパンカップの写真がB'zのCDジャケットにもなった。当該レースには半兄・グランドフロティラも出走している。後に船橋に移籍した。ハナ差・クビ差での決着が多いことでも知られる。
- トウカイポイント:長距離路線を使って折り合いをつけさせようと去勢。2002年マイルチャンピオンシップ。トウカイテイオーの代表産駒でもある。
- アサカディフィート:ゲート難だったため最初からセン馬としてデビューした。日本競馬史上初の10歳の重賞勝ち馬(2008年小倉大賞典、なお前年も制覇しているため2連覇となる)。その他の勝ち鞍は2004年中山金杯など。8年連続JRAで勝利している記録という記録も持つ。
- ワイドバトル:気性難による惨敗続きのため去勢。1992年の小倉大賞典を制しているが、京阪杯でのカラ馬1着や正月開催での中4日連闘などネタ路線でも有名。その後は中津・高知にも移籍したが、高知競馬5戦目のレース中に負傷し死去。
- レッドデイヴィス:3歳時のオルフェーヴルをシンザン記念で破った。ちなみに引退レースはこれ。
- カレンミロティック:2013年金鯱賞。セン馬初の天皇賞馬になりかけた存在(2016年春、なお相手はキタサンブラック)であるほか、GⅠで低人気ながら何度か好走を繰り返している。
- ホットシークレット:牡馬相手に馬っ気を出していたため去勢。2000年・2002年ステイヤーズステークス、2001年目黒記念。この他2000年阪神大賞典での大逃げが有名。
- マグナーテン:2001年・2002年関屋記念、2002年毎日王冠、2003年アメリカジョッキークラブカップ。アメリカ生まれ。セン馬のJRA賞金王でもあり、約4億5300万円稼いだ。
- タマモホットプレイ:2004年スワンS、2007年シルクロードS。なかなか勝利できず障害転向が検討されたが、飛越を拒否して騎手を落馬させたので去勢が試みられた。しかし生殖器の片方が腹部に食い込んでいて手術が困難だったため、片方だけ去勢させることとなった。一応生殖能力はあるので表記上は「牡馬」のまま走り続けた。
- フェイムゲーム:2013年京成杯、2014年・2015年・2018年ダイヤモンドステークス、2014年アルゼンチン共和国杯、2017年目黒記念。半兄はGⅡで活躍したバランスオブゲームで、兄弟揃ってGⅠ未勝利ながらも重賞を6勝している珍記録を保持。
- ノンコノユメ:2015年ジャパンダートダービー(去勢前に勝利)、2018年フェブラリーステークス。2019年にJRAから大井に移籍し2022年まで長らく走り続けた。
- サウンドトゥルー:2015年東京大賞典、2016年チャンピオンズカップ、2017年JBCクラシック。気性は穏やかだったが、筋肉が固くなることを忌避され去勢された。
- アフリカンゴールド:なかなか勝ちきれずパドックや調教で暴れたため去勢されたが、そのことをTwitterで報告したため一躍有名に。その後Twitterで脚質を募集した2022年京都記念ではアンケートの結果通り見事な逃げ切り勝ちを収めた。
- ビアンフェ:2019年函館2歳S、2020年葵S、2021年函館スプリントS。2020年スプリンターズSで枠入りを嫌がって暴れた(レースでは掛かりまくって最下位)ため去勢されたが、翌年も同じことをやらかした。
- ゴースト:デビュー戦後去勢され、愛嬌が良くなり重賞未勝利ながらもアイドルホースディション2022で2位に入る愛されぶり。
- アアモンドグンシン:ばんえい競馬所属の馬。気性の荒さからデビュー前に去勢された珍しい馬。2018年のばんえい大賞典、ばんえいダービー、2019年のドリームエイジカップ、2020年のチャンピオンカップと、2023年現在重賞4勝の実績を残している。
海外馬の代表例
調教国ごとに紹介する。
香港
括弧内は漢字表記。
- フェアリーキングプローン(靚蝦王):オーストラリア生まれ。短距離・マイル路線で大活躍した馬。香港スプリントなどを勝利し2度香港馬王(香港版年度代表馬)となった。日本でも2000年安田記念を制覇(香港馬初の日本GⅠ制覇でもある)。
- ブリッシュラック(牛精福星):アメリカ生まれ。最初はイギリスで「アルモーガゼル」(Al Moughazel)という名前でデビューした。香港に移籍後改名し、2004年香港ゴールドカップ、2005年スチュワードカップ、2005年・2006年チャンピオンズマイルを勝つ。日本でも2006年安田記念を制覇。
- サイレントウィットネス(精英大師):オーストラリア生まれで「エルティラ」(Eltira)として登録されていたが、香港に移籍・改名しデビュー。2003年・2004年香港スプリント2連覇、香港短距離三冠を含む無敗の17連勝を記録(ちなみに18勝目を阻止したのは上述のブリッシュラックだが、2頭は同じ厩舎だった)。日本でも2005年スプリンターズSを制覇。沙田競馬場には彼の銅像がある。
- ビューティージェネレーション(美麗傳承):ニュージーランド生まれ。オーストラリアでデビュー後移籍。2017年・2018年に香港マイルを、2018年~2020年にクイーンズシルヴァージュビリーカップをそれぞれ連覇している。
- グッドババ(好爸爸):アメリカ生まれ。2008年・2009年香港スチュワーズカップ、2008年クイーンズシルヴァージュビリーカップ、2008年チャンピオンズマイル、2008年香港マイル。広東語で「良き父」を意味する馬名の通り、稼いだ賞金の一部を慈善事業に使っている。
- ワーザー(明月千里):ニュージーランド生まれ、オーストラリアでデビュー。2016年クイーンエリザベス2世カップ、2017年香港ゴールドカップ、2017年香港チャンピオンズ&チャターカップを勝利したほか、2018年宝塚記念では10番人気ながらミッキーロケットの2着に食い込む実力を見せた。
- ゴールデンシックスティ(金鎗六十):オーストラリア生まれ。香港4歳三冠・香港マイル2連覇を含む16連勝を記録。
- ロマンチックウォリアー(浪漫勇士):アイルランド生まれ。クイーンエリザベス2世カップ連覇、香港カップ連覇、コックスプレートなどGI6勝。2024年の安田記念で、2006年のブリッシュラック以来17年ぶり香港馬による同レース制覇を成し遂げた。
オーストラリア
- ファーラップ:ニュージーランド生まれで戦前に活躍。全51戦中37勝、うち4勝はレコード勝ちという輝かしい成績を残し、「The Red Terror」(赤毛の恐怖)「脅威のレーシングマシン」と呼ばれた。しかしアメリカに遠征した際、何者かにヒ素で毒殺されるという悲劇の最期を遂げた(犯人や動機は未だに不明)。骨と心臓は現在も保存されているほか、銅像や歌、記録映画まで作られるほどの人気を誇る。2000年にオーストラリア競馬の殿堂(日本の顕彰馬制度と似たようなもの)が設立された際に最初の選定で殿堂入りした。
- マニカト:オーストラリアの短距離路線で長く大活躍し短距離路線の注目度を高めさせ、オーストラリア競馬を短距離王国にした立役者。日本では某競馬ゲームで超強力なライバルとして立ちはだかってくることでも有名か。2002年殿堂入り。
- テイクオーバーターゲット:デビューは4歳と遅れたものの10歳まで現役を続け、9歳・10歳時にもGⅠを勝利している。日本でも2006年スプリンターズS制覇。2012年殿堂入り。
- ベタールースンアップ:1990年ジャパンカップ制覇を含むGⅠ8勝(ちなみにジャパンカップ勝ち馬では2022年現在唯一のオーストラリア馬である)。2004年殿堂入り。
- カラジ:アイルランド生まれ。平地時代は善戦こそすれどなかなか勝ちきれなかったが、障害転向後は中山GJ3連覇を10歳~12歳で達成した。2018年殿堂入り。
アメリカ合衆国
- ケルソ:通称「キング・ケリー」(King Kelly)。人懐っこく穏やかな性格だったが、幼少期は貧相な体格だったため成長を促すために去勢。2歳から9歳という長い現役生活の中で、ニューヨークハンディキャップ3冠・ジョッキークラブゴールドカップ5連覇という記録を打ち立て、3歳から7歳までの5年連続で年度代表馬を受賞した。1967年殿堂入り。
- ネイティブダイヴァー:上述のケルソとは同期だが、彼とは対照的に非常に荒い気性は去勢しても改善しなかった。1965年~1967年には史上初のハリウッドゴールドカップ3連覇を達成するなど、西海岸のアイドルホースとして活躍し「ザ・ダイバー」と呼ばれた。1978年殿堂入り。
- フォアゴー:1974年~1977年にウッドワードステークスを4連覇し、1974年~1976年にはエクリプス賞を受賞。セクレタリアトやミスタープロスペクターとも交戦経験がある。サラトガ競馬場で開催されるGⅠ、フォアゴーステークスにも名前を残している。
- ジョンヘンリー:GⅠを16勝(北米では最多記録)し、1981年と1984年にエクリプス賞年度代表馬を受賞。1990年殿堂入り。
- フリートストリートダンサー:重賞未勝利なから、2003年ジャパンカップダートをアドマイヤドンとの接戦を制し優勝した。ちなみにJRAのGⅠ馬では最長の馬名。
- ファニーサイド:2003年ケンタッキーダービーとプリークネスステークスを制した二冠馬。ちなみに前者の勝ち馬としては初のニューヨーク生まれ、かつ74年ぶりのセン馬。大富豪ではなく一般人が共同で馬主となったことで親しみを持たれた。
- ラヴァマン:上述したネイティブダイヴァーに次ぐ2頭目のハリウッドゴールドカップ3連覇(2005年~2007年)を成し遂げた馬。GⅠを7勝し「西海岸の帝王」と呼ばれた。現在はリードポニー(誘導馬)として活躍している。2015年殿堂入り。
- ワイズダン:平凡な血統を嫌われたため去勢。2010年代前半に芝マイル路線で活躍し、「Titan Of The Turf」(芝の神)と呼ばれた。2012年・2013年には年度代表馬に選ばれている。そのあまりの無双っぷりは、「こいつをダートや長距離で使っても強かったのでは?」という説までもがささやかれるほど。
- ジッピーチッピー:気性難でデビュー前に去勢。対サラブレッド戦100戦100敗という記録を樹立した米国版ハルウララ。引退後は現役時に出走拒否されたフィンガーレイクス競馬場で誘導馬となる。なお、非公式レースの対クォーターホース戦と対人間(相手はマイナーリーガー)戦ではそれぞれ1勝ずつ挙げている。
イギリス
- アークル:アイルランド生まれで1960年代に活躍した障害馬。チェルトナムゴールドカップ3連覇を果たすなど、イギリス版オジュウチョウサンともいえる活躍をした。しかし9歳時に出走したレースで着地時に蹄の骨を負傷し引退、その怪我が悪化し4年後に死去。現在は骨格標本が残されている。
- レッドラム:アイルランド生まれ。世界一過酷なレースともいわれる障害競争グランドナショナルを1973年・1974年・1977年に3勝した(この記録は2022年現在彼のみが保持している。また、1975年~1976年にも2着となっている)。墓はそのグランドナショナルが行われるエイントリー競馬場のゴールラインにある。
フランス
- シリュスデゼーグル:気性難でデビュー前に去勢。10歳までに62戦22勝し、合計賞金額は約618万ポンドと欧州調教馬として史上最高の賞金額を更新した。貴重なヘロド系であったためセン馬なことが悔やむ声も少なくない。