概要
この計画は国鉄（日本国有鉄道）が経営再建中であった昭和56年に「日本国有鉄道経営再建促進特別措置法（国鉄再建法）」において幹線（大都市間を結ぶ路線、それを含む路線、貨物輸送密度4,000t以上の路線、あるいは旅客輸送密度8,000人以上の路線）及び地方交通線（幹線鉄道網を形成する営業線以外で収支の均衡を確保することが困難である路線)に分類し、後者のうち利用者数が少ない（旅客輸送密度が4,000人/日以下）路線をバス転換（=鉄道廃止）あるいは国鉄以外の事業者に転換する計画である。
この計画により、国鉄に所属していた83路線が廃止、内45線がバス転換、36線が第3セクターによる運営となり、2線が私鉄による運営となった。また、2路線、名松線・岩泉線は廃止が決定したものの「代替バス運行が不可能」ということで存続した。
なお、2024年時点で私鉄に引継がれた2線及び第3セクターに引継がれた5線、さらに、この時は代行輸送道路未整備で廃止を免れ、JRに継承された深名線・岩泉線・三江線が赤字累積及び災害に伴う復旧困難などの理由により路線維持不可能と判断され、地元同意の下に廃線となった。
前例など
実はこの事業以前の国鉄における輸送密度が低い赤字路線の廃止計画として「赤字83線廃止計画」という事業が存在した。
これは「使命を終えた鉄道」として地元との協議が進められたが、それら路線の地元の反対により計画はほとんど進まず、その状況下で成立した田中角栄政権下の日本列島改造計画などの事情で頓挫した。この中で彼は「赤字地方線撤去は、論外。私企業と同じ物差しで国鉄の赤字を論じて再建を語るべきではない」と述べていたりする（後述の様に廃線後の地方経済疲弊・極度な過疎化の惨状を考えると、あながち的外れな発言ではなかったが…）。
なお、この廃止計画にて廃止された路線は僅か11線・116km、その他廃止路線を合わせても15線・135kmであり、その間建設されていたローカル線は11線・163kmと逆に路線が増加する結果となった。この煽りで、在来線高速新線で計画されていた成田空港アクセス路線が「赤字83線を廃止しながら新線を作るのは全く意味がない」と野党各党から文句を付けられたため、成田新幹線計画に変更したが、こちらも反対運動により頓挫してしまった。
なお、この「役割を終えた」赤字83線のうち残存した路線であるが、そのうちの60線以上が上記の特定地交線で廃止、あるいは転換されている。
対策と結果
特定地交線においては、原則として旅客輸送密度が4,000人/日以下（これにピーク時の乗客・代替輸送道路が未整備や積雪でバス転換が困難・貨物取扱量・平均乗車キロを勘案して決定）の路線を対象に、転換交付金交付や一定期間の赤字補填（バス転換なら全額、鉄道路線存続なら半額）が用意され、建設中の路線がある場合で民間移転した場合は建設して譲渡する。ただし、協議が整わない場合は国鉄側が見切り発車的に廃線決定を行える等のアメとムチの両面の施策が用意された。
またこの事業に関しては路線一部廃止ではなく、全線廃止を基本とした。
そして（住民乗車運動などにより達成出来なかったため）第3次廃止対象まで行われ、1990年3月末までに指定された路線は廃止が承認されたものの、代替交通機関不備のため残存となった上記2路線を除き、国鉄→JR経営から離れた。この結果、45路線がバス転換、38路線が第三セクターあるいは民間運輸事業者による鉄道への転換となっている。これらの路線は中間部分が国鉄財政悪化に伴い、建設出来ず未成線となった区間を含む路線、炭鉱など地下資源貨物運送のために敷設されたが、その後、貨物輸送が大幅に減少した路線、戦時中の私鉄買収により取得したものの、その後の改良等が行わなかった路線などが主であると思われる。
なお、2024年現在、鉄道存続を選択した路線においてもさらなる利用者減少、存続の意義であった貨物輸送の廃止などから廃線に追い込まれる路線が出ている他、バス転換路線についても路線廃止や他系統との統合によって、公共交通機関そのものが消滅してしまった事例もある。
また、現在残っている転換バス路線の今後の維持においても、沿線過疎化進行や少子高齢化に伴うバス運転手不足に伴い､非常に厳しい局面に入ることが予想されている。
なお、特定地交線から第3セクターに引継がれた路線の貨物営業は､2016年の伊勢鉄道内の特大貨物輸送廃止を最後に全て廃止された。
廃止あるいは民営化された路線
この項目ではピクシブ百科事典に項目の存在するものを扱っている。
なお、民営化の項目においては旧路線を記述しており、建設中路線の引受け会社も記述している。
廃止
（以上北海道エリア）
他にも路線は複数あるものの、ピク百に項目が存在しないか、あるいは検索に引っ掛からない。
名寄本線は特定地交線で唯一「本線」を名乗っていた。
民営化
北海道
- 北海道ちほく高原鉄道（池北線）
北海道内の特定地方交通線で唯一、3セクに転換されたものの2006年に廃止されている。
東北
既存交通事業者引受けにより、弘南鉄道が黒石線、下北交通が大畑線を継承したが、何れも廃止されている。
関東
東海
- 樽見鉄道（樽見線）
- 明知鉄道（明知線)
- 長良川鉄道（越美南線）
- 愛環（愛知環状鉄道）（岡多線（新規路線））
- 東海交通事業（城北線（新規路線））
- 天竜浜名湖鉄道（二俣線）
- 伊勢鉄道（国鉄伊勢線）
- 神岡鉄道（神岡線）：2006年12月廃止。
東海交通事業はJR東海完全子会社である。愛環は特定地交線唯一の電化路線であった。
北陸・信越
近畿
中国・四国
九州・沖縄
廃線の傾向
当時廃線され、バス転換された路線のうち、第1次特定地交線に指定された路線の中には本州や四国の路線もいくつかあったが、第2次特定地交線ではほぼ全てが北海道あるいは九州の路線である。
第3次特定地方交通線には鍛冶屋線・大社線が含まれるが、これらは盲腸線であり、地元私鉄やバス会社にとっての競合路線としての脅威もあったが故の廃線であった。
特に路線延長距離が30kmを超える廃止路線は北海道・九州にしか存在しない。本州最長廃止路線は倉吉線20kmであり、第3セクター転換後に廃止された神岡線でも20.4kmである。
これらは（道東や道北、南九州など）地方間人口格差にもかかわらず、無秩序な路線延長を繰返して来た影響を表しているといって良い（この点は現在の高速道路にも当てはまることであるが……）。また、福岡県内や北海道の一部は1960年代以降の炭鉱廃止に伴う沿線大幅衰退が影響を及ぼしていた。
なお、九州や北海道と対照的なのが四国で、完全廃止されたのは小松島線1.9km、路線転換も中村線のみである。これ以外に未成線であった阿佐線（阿佐東・西線がそれぞれ部分開通）・宿毛線が第3セクターで開通している。これには四国管内鉄道路線自体が少なかったことも少なからず影響している。ただし、内子線は廃止対象基準であったものの、地滑り危険地帯回避利用も加味した予讃線短絡線として延伸したことで、基準対象外まで乗客増が見込めることから廃止対象から免れた。この際、新谷 - 伊予若宮信号場間延伸（この区間は予讃線支線扱い）に伴い、新谷 - 五郎間旧線が新線による線路改良として廃止されている（特定地交線としての廃線に含まず）。
問題点
無論、この事業が国鉄赤字削減に一時的な効果はあったことは認める。しかし、同時に余りにも速急且つ各線利用実態を無視した一律な基準、さらに将来的な地域への影響が完全に無視されたため、自治体や利用者、そして国家にとって、現在に至る様々な禍根を残した。
例えば、一律の基準を以て廃線あるいは民間移転したため、運用や経営努力、電化や高速化を中心とした路線改良によっては利益が出る路線（鍛冶屋線・大社線・勝田線・宮田線や愛環が運営する岡多線、京都丹後鉄道が運営する宮津線）や列車連絡用として必要と思われる路線（現在伊勢鉄道が運営する伊勢線、土佐くろしお鉄道が所有する中村線）なども廃止対象とされた点がある。
線区単位での廃止が原因で、元来より乗降客数が少ないルートが存続するパターンも存在した。有名なのが江差線木古内以西と松前線の関係であり、同区間だけ比べると後者の方が輸送量が多いが、江差線は木古内以東を含めることで関係は逆転し、後者のみ廃止となった（後年に前者も廃止されている）。他にも加古川線と鍛冶屋線など類似した関係が存在した。また、天北線や伊勢線・能登線・宮津線・中村線の様に、特急・急行列車が走行していた路線でも特急・急行利用客数が輸送密度に加算されず、容赦なく廃止対象となるケースも問題視された。
また、選定基準も1977年から79年までの輸送密度を参考にしており、前述の松前線ケースでも直近の輸送密度で存廃を判断するべきとの異議申し立ても行われたが、政府と国鉄はそれすら完全スルーした。
並行道路未整備や長距離且つ地域の重要な路線であることを理由に存続を許された路線の中には、当時の特定地交線指定条件を遥かに下回る深刻な状態に陥っている路線も少なくない。北海道の存続対象となった路線だけでなく、JR西日本の中国山地山中のローカル線（三江線・木次線など）も含まれる。
線区単位廃線は区間によって極端に輸送密度の異なる路線も一律に残されるという弊害ももたらした。前述の江差線もその1つである。これらの路線の中には（江差線含む）、路線全体の輸送密度が4000人/日を下回るにもかかわらず、都市近郊輸送密度が顕著の伸びを示している（基準の目安として1000人/時などとされた）という理由で路線全体が存続したというところもあり、これには輸送旺盛な区間が路線単位では含まれていなかったがために廃止された支線との格差が見られる。
JR化後はこの様な「地域間輸送量差」がますます開く区間もある。例えば芸備線では、広島近郊では輸送密度が10,000人前後に達し、早期電化も望まれる程であるのに対し、末端区間の東城 - 備後落合間は何と8人である。バス転換すら危ぶまれる程である。
ただし、重要なのは、一見お荷物の支線であっても、幹線に客を集めて行く足の1つであるということである（航空分野ではこれを「ハブ・アンド・スポーク」と呼ぶ）。仮に赤字区間を切り捨てたところで、幹線区間へ流れる客が減少、返って全体収益が下がる様な事態も考えられる。また、主要路線が大災害で運行不能に陥った際に特定地方交通線が当該区間の迂回路として役立つ事もあり、平成以降の実例では1995年の阪神・淡路大震災で山陽本線が不通となった際に加古川線が大阪方面と姫路方面を結ぶ迂回路として重用された。一概に簡単に廃止せよといえる様なものでもないのである。
事実、1960年代にイギリス国鉄が赤字路線の廃止（と、幹線も含めた駅の大幅削減）を大規模に行った（ビーチング・アックス）が今までの利用客は当初の予想に反し、残存区間や不便な代替バスを使うことなく自家用車や競合する他の交通機関に流れてしまった。また貨物輸送も同様に顧客を失ってしまい、国鉄の収支状況をさらに悪化させる結果に終わってしまった前例があったのであるが、これらの教訓が全く生かされていなかったのである。
さらに問題であったのは、地交線単位の営業成績である「営業係数」だけが独り歩きをさせられてしまい、「実際の赤字額は幹線の赤字と比較すれば微々たるものであること」が全く考慮も報道もされず、切り捨てる側の言い分のみまかり通ってしまったことである。
また、ここまで徹底的なリストラを行った背景には政治的な理由も存在した。国鉄改革が俎上に上がった1980年頃、国鉄職員数は約40万人ともいわれた。当時それらの職員は日本社会党の票田の1つでもあり、特に「鉄道要衝」を抱える地方町村では国鉄職員動向が選挙の結果を左右する程であった。何より国労・動労は1970年代初頭の「生産性向上運動（いわゆる合理化）」を喫機に活動を極端化させ、連発する違法ストによる社会混乱、さらに執務態度悪化、それらが背景にあると見られる重大事故の発生など、職場の荒廃化に歯止めが掛からない状況であった。
こうした事情もあって当時の国鉄は政権は勿論、大多数の国民から半ば見捨てられた節もあり、悪くうえば赤字を大義名分にした職場潰しという形で「地交線の容赦ない切り捨て」が断行された感が強かったのである。
そしてマスコミも（大多数の国民も）、右派左派共々上記の様に国鉄に向ける目は非常に厳しく、ここに述べる様な問題点を当時真剣に考えることはほとんどなかった。
そして喪われたもの
鉄道を失った沿線市町村は北海道・中標津や北陸・奥能登など地方空港を核に立て直しを図ろうとした例があるものの、そのほとんどが成す術もなく過疎化が進行してしまった。かつて町の中心地且つ玄関であった駅周辺から人影が消え、廃屋然とした元店舗や家屋が寂しく並ぶだけとなってしまった例が全国各地に存在する。例え赤字鉄道であれ、国家的なインフラであったことには変わりなく、また、地方人口の適度な維持と分散、大規模災害時など有事の際の迂回ルート確保、後年のバスやトラック運転手不足などを考慮すると、結果論ではあるが国鉄改革の名の下に、全てを安易に切り捨てるべきではなかったと思われる。
