ピクシブ百科事典

野球の永久欠番一覧

やきゅうのえいきゅうけつばん

野球界における永久欠番の一覧。
目次[非表示]

現在の永久欠番と選手・関係者名

NPB

読売ジャイアンツ

1王貞治(一塁手)3長嶋茂雄(三塁手)4黒沢俊夫(外野手)
14沢村栄治(投手)16川上哲治(一塁手)34金田正一(投手)

※黒沢は1947年のシーズン中、腸チフスを発病し6月23日に急死(享年33)。また沢村は1944年に戦死。二人が1947年に日本野球界初の永久欠番に指定。

阪神タイガース

10藤村富美男(三塁手)11村山実(投手)23吉田義男(遊撃手) 

中日ドラゴンズ

10服部受弘(投手・捕手)15西沢道夫(一塁手・投手)

北海道日本ハムファイターズ

100大社義規(日本ハム球団初代オーナー)

※1981年にリーグ優勝の胴上げの時に着ていたユニフォームの背番号が100番。

広島東洋カープ

3衣笠祥雄(三塁手)8山本浩二(外野手)15黒田博樹(投手)

埼玉西武ライオンズ

24稲尾和久(投手)

千葉ロッテマリーンズ

26ロッテ・ファン

東北楽天ゴールデンイーグルス

10イーグルス・ファン77星野仙一(監督)

※77番は2018年3月19日に星野仙一さんお別れ会にて三木谷浩史球団会長兼オーナーより永久欠番になることを発表。

福岡ソフトバンクホークス

15藤井将雄(投手)

※チーム在籍中の2000年10月13日に31歳の若さで死去したため、以後、つける選手がおらず、球団も将来的に永久欠番にすることを示唆している。

MLB

MLBでは数多くの永久欠番が存在し、各球団全ての永久欠番を書いてゆくと、とんでもない数になってしまう。なのでここでは特筆すべき2名に絞らせてもらう。

全球団共通

42ジャッキー・ロビンソン(二塁手・一塁手)

MLB史上初の黒人選手。ブルックリン・ドジャース(現 ロサンゼルス・ドジャース)にてフランチャイズ・プレイヤーとして根深い人種差別にも屈さず戦い続けた事を顕彰し、1997年4月15日に全球団共通の永久欠番として制定された。更には4月15日を「ジャッキー・ロビンソン・デー」と制定し、全球団全選手がその日だけロビンソンの42番を背負う。また、NPBに助っ人外国人として来日した選手がよく42番を付けたがるのはこれが理由なのだという。

ニューヨーク・ヤンキース

4ルー・ゲーリッグ(一塁手)

野球界における、世界初の永久欠番選手。衣笠祥雄に抜かれるまでは世界記録だった2130試合連続出場記録のほか、三冠王をはじめとした打撃タイトルを多数獲得し、「歴代最高の一塁手」「鉄の馬(アイアン・ホース)」「打撃王」等と称されるが、1938年のシーズン中に筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病に倒れ、自らの限界までチームに帯同するものの力尽き、引退を余儀なくされてしまう。引退後、ヤンキースはその栄誉を讃え、1939年7月4日に背番号「4」を永久欠番として制定した。同日に行われた引退式典にてゲーリッグが行った「私はこの世で最も幸せな男です」のスピーチは、今なおMLB史屈指の感動の場面として語り継がれている。

独立リーグ

新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ

22高津臣吾(投手・監督)

石川ミリオンスターズ

12木田優夫(投手)34森慎二(監督・コーチ・投手)

※森は2017年、西武コーチ在任中に急逝後制定。

高知ファイティングドッグス

0梶田宙(監督・コーチ・投手)

※梶田は四国アイランドリーグplus発足時の選手で最後まで残り、実働10年。

愛媛マンダリンパイレーツ

77弓岡敬二郎(監督)

兵庫ブルーサンダーズ

17山川和大(投手)27薬師神真之(内野手)50向谷拓巳(内野手)
66山崎章弘(監督)77田中耀飛(外野手)

※山川と向谷は初めて2016年のドラフト会議で育成選手指名されプロ野球入り(山川は巨人、向谷は楽天に入団)。薬師神は2017年シーズン中に急逝。山崎はチーム創設以来指導に携わり功績により制定。田中耀飛は2017年にリーグ史上初の支配下登録枠で楽天に指名されプロ野球入り。

アマチュア野球

野球日本代表(日米大学野球選手権大会)

13東門明(三塁手)

早稲田大学の三塁手。1972年の第1回大会で送球を頭部に受けて急死。早稲田大学野球部東京六大学野球連盟)でも、東門の背番号9を永久欠番とした

國學院大學(東都大学野球連盟)

38彬子女王(皇族、三笠宮家)

2016年に同学の特別招聘教授に就任し、同年9月21日の秋季リーグ戦(対東洋大学)にて始球式を務めたことによる。38は「宮(ミヤ)家」にちなむ。

その他

野球中華民国代表

33郭源治

中日ドラゴンズ台湾プロ野球で活躍。後に許銘傑(元西武・オリックス所属)、羅嘉仁らが使用したこともある。(現在は日本に帰化)

コメント