お家騒動
おいえそうどう
概要
大名家で、家督争いや家臣間の派閥抗争(これにも家督争いと政治抗争のちがいがある)、政治構想のちがいによる主君と家臣の対立などが原因で起こる争い。
ひどい場合だと武力衝突などに発展することもあり、南北朝時代の観応の擾乱、戦国時代のはじまりともいわれる応仁の乱のように大乱になったこともある。
江戸幕府初期には、幕府が介入に入ったことで藩が「改易(お取り潰し)」になったり、当事者が「切腹」などの処分を受けることもあった。
多くの浪人が参加して起きた「島原の乱」(寛永14年(1637年))、「慶安の変」(慶安4年(1651年))以後、幕府はむやみに藩を取り潰すことはなくなったが、それでも「お家騒動」を起こした当事者はよくて「蟄居」、悪くすれば「他家お預け」「切腹」の処分を受けることとなった。
著名なものに
があり、このうちの加賀、伊達、黒田の三つが江戸三大お家騒動と呼ばれている。
現代の転じた使い方
企業内での経営権や経営方針などを巡る争いをこう呼ぶことが多い。
主にファミリー企業などでの騒動がよく話題になるが、同族経営でない企業内部の争いもこう呼ばれることがある。
主な現代のお家騒動
1960年代
- 文学座大量脱退騒動
所属していた芥川比呂志をはじめとした若手劇団員が福田恆存の協力の下大量脱退し現代演劇協会・劇団雲を創立。さらに三島由紀夫が戯曲『喜びの琴』を巡って思想上の行き違いで三島をはじめとした中堅劇団員が大量脱退しグループNLT(後の劇団NLT)を創立。
1970年代
一度にまとめて何人も真打にする協会に対し、1978年、6代目円生が異を唱え、落語三遊協会の分裂に至る(ただし、この紛争の当事者の一人である三遊亭円丈によれば、5代目円楽に何事かを吹き込まれ、丸め込まれた末の分裂劇だったのではないかと著書「御乱心」にて述べている)。その後に円生の死を経て、円丈含む主なメンバーは落語協会預かりで復帰するが、円楽一門(楽太郎(現6代目円楽)も所属)はまた別の組織として活動を続ける。
1980年代
- 三越事件
自身に批判的な幹部を次々と左遷し、「岡田天皇」と呼ばれる独裁政権を確立させた岡田茂社長とその愛人竹久みちの横暴に我慢の限界を迎えた三越の取締役会が三越日本橋本店で開催された「古代ペルシア秘宝展」の出展物の大半が贋作だったことをきっかけとし解任に追い込む。その際、岡田氏が叫んだ「なぜだ!」は流行語となった。
最終的には殺人にまで発展している。
1990年代
経営者兄弟による対立。
- フジテレビ騒動
1988年4月15日に鹿内春雄議長が急逝し、父・信隆会長がトップに復帰するも、1990年10月28日に死去。その後次女の婿・鹿内宏明氏が会長に就任するも、銀行マン出身だった事もあり金銭管理や礼儀作法に厳しく、当時の系列局で経営が悪化していた山形テレビの経営支援を拒否し、強引な中央集権的なワンマン体制を取った。その事が日枝久氏等の反感を買い、1992年7月21日、宏明会長は日枝久氏等の手で解任され、以後日枝氏がフジテレビのトップに君臨する。なお、この騒動が引き金(或いは決定打)となり、山形テレビは翌年フジテレビ系を脱退し、テレビ朝日系へネットチェンジと言う副作用をもたらした。
- RFラジオ日本(1993)
RFラジオ日本の遠山景久社長が、社会の木鐸宣言を行い保守層向けの番組編成に改編。若者向け番組を次々と打ち切る(この騒動で悲劇にあった番組は『林原めぐみのHeartful Station』であった)。社長から会長に就任後、社内で遠山体制の不満が高まり、ついに1993年12月、取締役会全員一致で「公共の電波を預かる放送局のトップとして不適切」と言い放ち解任。社会の木鐸も終わりを告げた。
- 極真空手(1994)
創始者の死に伴う後継者争いと分裂。
- 青林堂(1997)
「ガロ」で収益を上げていた出版社だが、編集長の長井勝一が1996年に亡くなると社長の山中潤の一強体制となり、編集部の間で亀裂が生じ初める。その結果ガロを支え続けた人材が次々と抜け(その後青林工藝舎に流れる)、1997年に突然の休刊を強いられる羽目になる。
その後青林堂は事実上第三者に売り渡され、かつての輝かしい「ガロ」の功績など見る影もないプロパガンダ本を出版する怪しい会社に落ちぶれてしまった。
2017年の現在の青林堂が起こしたパワハラ報道で現状を知ったファンも多い。
- 松竹(1998)
社長と専務を務める奥山父子解任クーデター事件。
2000年代
- 佐川急便(2000)
創業者である父親が息子を解任。
- 自民党(2000)
2000年に当時の森内閣に強い不満を持っていた加藤紘一が2ちゃんねるで自分が強く支持されていたことに気を良くし山崎拓を引き連れてクーデターを図ったが、当時の野中広務幹事長の切り崩しを受けて失敗に終わった。この出来事は「加藤の乱」とも呼ばれ、次期総理の最有力候補と呼ばれていた自身の信頼を大きく損ねることとなり、結局2016年に亡くなるまで回復することはなかった。
エニックスの漫画雑誌編集者達が反旗を翻しマッグガーデンとして独立。更に同時期に一賽舎も独立。
- 西武鉄道(2004)
2004年の球界再編騒動前後から堤義明オーナーのコンプライアンス違反等様々な問題が噴出。球界再編騒動で1リーグ化を推進するも敗れ、堤オーナーは全ての役職を退き、経済界から姿を消すと同時に西武鉄道の株式上場も廃止された。その後2013年外資のサーベラスに乗っ取られそうになり、サーベラス側は鉄道路線廃止を要求する等、西武鉄道の経営に干渉。その後サーベラスは西武から撤退し、事なきを得る。直接には無関係であるが、2008年以後の西武ライオンズの成績低迷(18、19年にリーグ優勝するもCSで福岡ソフトバンクホークスに二度も敗れ日本シリーズ進出は果たせなかった)は彼等のお家騒動も影響しているのではと言う意見もある。
- エイベックス(2004)
2004年に松浦勝人専務が突然の辞任を発表(理由は明らかになっていないが依田巽会長兼社長に対するクーデターの失敗が原因と言われている)。しかしこれに対し浜崎あゆみが「松浦がいないエイベックスはエイベックスではないので自分も抜ける」と猛反発、彼女がエイベックスの収入の4割も占めるほどの稼ぎ頭だったのもあり一時株価が大暴落するまでに発展した。この影響を受け依田が社長を辞任、松浦もエイベックスに執行役員で復帰して事態は収束した。「M 愛すべき人がいて」で描かれた浜崎の強い影響力が本編後も健在だったことを物語るお家騒動である。
- ガイナックス(2000年代)
2007年に退社した庵野秀明を筆頭に2000年代半ばごろから全盛期を支えたスタッフの多くがカラーやトリガーに流れているが、庵野は自分が抜けた理由を社長である山賀博之との関係悪化や上層部が新世紀エヴァンゲリオンのヒットによる収益を自分たちにほとんど還元せず自由気ままに浪費する姿勢に憤ったからだと明かしている。
2019年にガイナックス社長逮捕報道が流れたときはやはりというか、上述の青林堂同様ガイナックスの現状を知って唖然となった人が多かった。
- 花柳流お家騒動(2007)※メイン画像
誰が四代目花柳壽輔を襲名するかを巡って三代目壽輔から家元の指名を受けたとする花柳貴彦と三代目壽輔の後見人であった五代目花柳芳次郎が対立。最終的には芳次郎が襲名することになったものの、四代目壽輔が六代目芳次郎を後継者に指名した上で貴彦を花柳流から除名したため、貴彦がこの除名処分の有効性をめぐって訴訟。最高裁まで争い、除名無効の判決が下された。その間に六代目芳次郎は五代目壽輔を襲名し、貴彦も寿柳流を創立している。
- ほっかほっか亭(2008)
株式会社プレナスとフランチャイザーのほっかほっか亭総本部との間で商標権をめぐり対立。結果ほっともっとが独立。
- みんなの党(2009)
最終的に維新の党に合流される。
2010年代
- 一澤帆布(2010)
父親の遺言書の真贋を巡り長男と三男が訴訟合戦、職人や大口顧客・納入業者がこぞって三男側につき、一旦は勝利したかに見えた長男は会社を追われた。
- ぷろだくしょんバオバブ(2010)
2010年のEARLYWINGとの資本提携時に金銭トラブルが発生し、多くの所属声優とスタッフがアクセルワンに流れた。
- 清武の乱(2011)
野球チーム読売ジャイアンツ球団代表だった清武英利が渡辺恒雄に喧嘩を売り解任される。
- 民主党(2012)
当時の野田内閣が公約を無視した消費増税案を自民党と公明党との三党合意で強行採決し、党内で分裂が発生。小沢一郎をリーダーとする反増税派が次々と離党し、自爆テロ解散後に行われた衆院選ではほぼ離党者全員が落選するという野党が崩壊し、大量当選した自民党による与党一強体制に協力してしまう元凶ともなる騒動となった。
- 円谷プロダクション(2013)
過去の放漫経営や海外版権問題、女性社員へのセクハラ、『ULTRA N PROJECT』の打ち切りをきっかけとした創業者孫兄弟である社長と大株主の関係悪化に端を発した対立といった数多くの問題による創業者一族での相次ぐ経営者交代劇と創業時からの役員追放。最終的には子会社化により創業家からの経営権は剥奪され、創業者一家は会社を追われた。その後創業家である円谷家は一家離散状態になり、一部が海外版権所持を主張した側についてかつての自社と裁判で争うほどに落ちぶれてしまい、それもまた2020年にアメリカの裁判で完全敗訴した。
- 幸子プロモーション(2013)
歌手の小林幸子の所属事務所における社長と専務の解任騒動。これがきっかけで小林氏は当時のレコード会社から契約解除され、4年間紅白歌合戦に出場できなかった。
- 赤福(2014)
跡取りの長男が母親から社長を解任される。
- 偽2ch騒動(2014)
2ちゃんねる開設から管理人をやっていたひろゆきとサーバー担当のジム・ワトキンスによる乗っ取り騒動。最終的にジム側が勝訴し管理人が交代する顛末となった。
- 日本SF作家クラブ(2014)
大森望氏の入会否決をきっかけに組織体制への批判が相次ぎ、菅浩江氏をはじめ組織の在り方を問題視する多くの会員が一斉に脱退した。
- 大塚家具(2015)
会長の父と社長の娘の経営権をめぐっての対立。最終的にヤマダ電機に買収された。
- 大戸屋(2015)
創業者一族と社長の対立。
- コナミ(2015)
2015年にプロダクション消滅など社員やゲームクリエイター、ファンを巻き込む数々の騒動を引き起こした(コナミ体制変更騒動)。
- ジャニーズ事務所(2016)
副社長と所属チーフマネージャーが経営方針をめぐり対立。これが原因で国民的ジャニーズグループであるSMAPが2016年に解散した。
- セブン&アイホールディングス(2016)
ホールディングス会長がセブンイレブン社長の経営手腕に疑問を持ち、解任を企てるも失敗。さらに後継者に次男を据えようとしているという憶測が流れたことによる混乱。
- クックパッド(2016)
創業者と社長が対立。社長の退任をきっかけに、財務や企画などの執行役が一斉退任し、社内で決裁者不在の混乱が発生。最終的には社員の7割が創業者に反旗を翻した。
- 出光興産(2016)
昭和シェル石油との合併計画について、創業者長男の出光昭介名誉会長が私財を投じて合併阻止を画策した。
- セコム(2016)
創業者である最高顧問による社内クーデター。この影響で会長と社長がそろって解任に追い込まれた。
- ロッテホールディングス(2017)
創業者一家の対立で、次男が父と兄を解任。
- けものフレンズプロジェクト(2017)
アニメ第一作監督解任騒動であるたつきショックに端を発する、主にけものフレンズ2をめぐる混乱。
- スペースクラフト(2018)
所属者である梶浦由記の退社と独立。これが原因で梶浦プロデュースのグループであるKalafinaが解散した。
- オフィス北野(2018)
創設者であるビートたけしの会社放棄と独立騒動。
- サッカー日本代表(2018)
ヴァヒド・ハリルホジッチ監督と日本サッカー協会の田嶋幸三会長及び西野朗強化委員長ら協会幹部との対立、及び同監督解任騒動。
- 日産(2018)
会長カルロス・ゴーン逮捕に伴う解任騒動。
- 東日本旅客鉄道労働組合(2018)
組合員が大量に脱退し、「JR東日本輸送サービス労働組合」の立ち上げ。なお、同労組は、2018年2月から7月にかけてに3万人以上の大量脱退も起こしている。
- 吉本興業(2019)
所属するお笑い芸人の反社会勢力への闇営業や、創業者一家と現経営陣の対立。いくつもの派閥に分かれて泥沼状態となっている。
- リクシル(2019)
創業家出身の潮田洋一郎による瀬戸欣哉のCEO解任に端を発した両者の対立。
複数ある例
大阪タイガース時代の1956年に兼任監督であった藤村富美男に対し一部の選手が解任を球団に要求した騒動が「お家騒動」と報じられたが、それ以後もチームの成績が不振になると後継監督を巡って派閥争いが起こり、しばしば「お家騒動」と報じられている。近年では2018年に金本知憲監督の解任を巡って「お家騒動」が起こっている。
- 大相撲二所ノ関部屋
分家独立を巡る騒動を二度も(1961年、1975年)起こした。
- テレビ局買収騒動
正確にはお家騒動とはちょっと違うがここに掲載。
90年代以降、IT企業がテレビ局の複雑な株式所有を突いてテレビ業界に参入しようとする事態が相次いだ。
テレビ朝日では、「10年で10局作ろう」というスローガンを抱えたANNネットワーク拡大運動が1996年に終息を迎え、組織再編・改革が進む中、海外投資家マードックと孫正義がテレ朝の経営に介入。混乱を招いた。結果としてテレ朝の番組編成が大幅に変貌し、特番乱発と時代劇の廃枠(しかも放映末期は平日夜7時台に繰り上げ)とアニメ・特撮の弱体・保守化の悪影響を招いた。
フジテレビでは、当時全盛期のライブドアが2005年に、上記の鹿内家支配の名残で残っていたニッポン放送とフジテレビの株式関係を利用し敵対的買収を計画。有名タレントが相次いで「買収されたら出演拒否」を宣言するなど大騒動となった。
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オーバーテクノロジー、ディストピア:権力を行使する側のお家騒動(内乱)を題材にした作品にはお約束で付随する要素。何故なら内乱に勝利すれば、「『世界最先端の技術』と『国一つ(場合によっては世界すら)を統治可能な支配権』をほしいままに出来るから」である。