曖昧さ回避
鉄道車両の形式のひとつ。日本の鉄道会社で多数存在する。
本記事にて解説
- 会津鉄道AT-300形
- 関東鉄道キハ300形
- 上毛電気鉄道300形/350形
- 秩父鉄道デキ300形
- 日暮里・舎人ライナー300形
- 湘南モノレール300形
- 名古屋市交通局300・800形
- 名古屋鉄道デキ300形
- 長良川鉄道ナガラ300形
- 京阪電気鉄道300形
- 阿佐海岸鉄道ASA-300形
- 西日本鉄道300形
- 平成筑豊鉄道100・200・300形
- 長崎電気軌道300形
個別記事へのリンクあり
会津鉄道AT-300形
1999年にキハ30形1両を譲受し、新潟鐵工所でトロッコ列車用に改造した車両。
後位側(会津高原駅側)の客用扉と運転室を残しオープン構造に改造、内装をボックスシート15組と運転席を向いた2人掛座席3組とした。
日本初の自走式トロッコ車両である。
当初はAT-150形と2両編成、2000年からお座敷列車に改造したAT-103との2両編成「お座トロ列車」、2003年からは展望車AT-400形を加えた「お座トロ展望列車」として運行されたが、老朽化に伴い2009年にAT-350形に置換えられる形で廃車となった。
以後は芦ノ牧温泉駅に静態保存されている。
関東鉄道キハ300形
1987年から1992年にかけてキハ30を16両譲り受けたもの。
それまでの関東鉄道は自社発注車や他社からの譲渡車など多種多様な気動車で運行され「気動車の見本市」、「動く気動車博物館」などと評されていたが、車体長や扉数、機器類の仕様が統一されていないこともあって旅客取扱上も保守上も問題を抱えていた。
そこで国鉄清算事業団からキハ35系を大量購入しこれらを置換えることとした。
すでに関東鉄道には筑波鉄道から譲受したキハ30形があったことも本形式を導入する一因となった。
導入にあたって車体塗装の変更、ドアステップの改造、半自動扉装置の撤去、前面幌の撤去、座席モケット交換などが行われた。
筑波鉄道から1両(301)、国鉄清算事業団から3両(302~304)、JR九州から9両(305~3013)、JR東日本から3両(3014~3016)を譲受した。
就役後も1989年から冷房化が実施され、1993年からはエンジンをDMH17HからDMF13HZに換装されるなどの改造が実施された。
1997年に4両がワンマン運転対応工事が施工されキハ100形に改称されたが、キハ2200形の導入に伴い1998年に2両がワンマン運転関連機器を撤去しキハ300形に戻されている。
2007年までに全車が廃車となった。
キハ100形は2017年のイベントを最後に運用を離脱、2019年に廃車となった。
キハ35系としては最後まで運用された形式である。
上毛電気鉄道300形/350形
1989年と1995年に東武鉄道から3000系の3000型および3050型をそれぞれ譲受したもの。
それまで運用されていた230形(元西武鉄道351系)の置換えを目的に1989年に2両編成9本18両+部品取り用6両を譲受し、300形として運用した。
東武鉄道の旅客用電車の譲渡例は珍しく、1948年に上田丸子電鉄に総武鉄道モハ1000形を譲渡した例、軌道線を含めても1968年に岡山電気軌道に譲渡された日光軌道線100形以来であった。
入線にあたっては前面渡り板の撤去、塗装の変更、客室内に車掌用扉開閉スイッチの増設を行った。
車体塗装は前橋市内の専門学校のデザイン専攻学生らが募集、選定したもので、フィヨルドグリーンとベージュのツートンカラーをベースに窓周りにフェニックスレッド、腰部に白帯を配した派手な塗装であった。
当初は装備している台車によって番台区分がされていたが、後に台車を変更しそれぞれデハ310形・クハ330形に統一された。
しかし元々が機器流用車で走行機器の経年が約70年に達するものもあり、老朽化が顕著であったことから1995年から1996年にかけて350形に置換えられる形で大部分が廃車となった。
350形は2両編成7本を譲受。主な改造は300形と同一だが、車体塗装は東武時代の塗分けを踏襲し窓下の太い帯をフィヨルドグリーン、細い帯をフェニックスレッド、幕板部の帯をゴールデンオレンジとした。352・353・355編成は全面広告車となった。
しかしこちらも機器流用車であり走行機器の老朽化が激しかったこと、そして冷房装置を搭載していなかったことから700形(元京王3000系)が導入されてからは予備車となった。
そして2000年に導入からわずか5年で全車廃車となった。
230形の引退からわずか10年の出来事であり、車両の置換えに関わる迷走劇として取り上げられることもある。
300形の導入にあたっては東武3000系24両を購入し、うち6両を部品取りとする予定だったが、当初デハ311・クハ311として運用する予定だったモハ3101・クハ3401に屋根部の腐食が発見されたため、急遽モハ3127・クハ3427を追加で譲受し振り替えたという逸話もある。
秩父鉄道デキ300形
1967年に3両が製造された電気機関車。性能は優秀だったが保守に手間がかかるデキ200の反省点を生かして従来車と同じ機器が採用されている。当初前照灯は白熱灯であったが、後にシールドビームに変更された。現在も全車が現役である。
日暮里・舎人ライナー300形
2008年の日暮里・舎人ライナーの開業時から運転されている電車で、5両編成16本が製造された。外観はゆりかもめの7200系電車に類似し、制御方式もVVVFとなっている。車内はクロスシートとなっており、輸送力にやや難がある。
2022年度以降、新型のロングシート車両(形式未定)への置き換え計画がある。
湘南モノレール300形
湘南モノレールの開業時に2連6本が製造され、1975年には中間車を2両製造して2本を3連とした。1992年までに500形に置き換えられて全車が廃車された。
名古屋市交通局300・800形
1967年の星ヶ丘延長に合わせて製造された黄電。運転台を持つ300形、中間車の800形が製造され、2000年まで活躍した。廃車された車両のうち2両が藤が丘工場で牽引車として使われていたが既に現存していない。
名古屋鉄道デキ300形
前身の1つである「三河鉄道」時代の1926年~1929年にかけて5両が新造、また一畑電気鉄道(→一畑電車)からの移籍車1両を含めた6両の陣容となった。
主に貨物列車として使われていたが、(1984年の貨物営業終了後は)303・305・306号車が入換業務・保線業務・甲種輸送など事業用車として残り、EL120の新造・代替が行われるまで活躍した。
303号車のみが車籍のない機械扱いで舞木検査場の入換業務に使われている。
デキ300の記事も参照。
長良川鉄道ナガラ300形
開業時から使われていた「ナガラ1形」の代替目的で、1998年から2001年にかけて7両が製造。2001年に増備が中断され、以降の増備は(2007年に登場した)「ナガラ500形」へ移行した。
沿線利用客の増加が見込めなくなった代わりに地域外からの客を呼び込むため、2016年に301・302号車は観光列車「ながら」へ改造された。
京阪電気鉄道300形
初代と2代が存在した。
初代
1924年に京阪初代1000形として10両が製造された。本車両は京阪初の総括制御対応車両で、連結運転が可能であった。1929年に300形と改番されたが、太平洋戦争で304と305を失った。残る8両は戦後も長く使用されたが、1963年に4両が大津線に転属、1965年には残りの4両が廃車された。大津線に転属した4両も1967年に廃車され形式消滅となった。廃車後、主要機器は2代目に流用されている。
2代
初代の機器を流用して1965年から8両が導入された大津線の電車。ツリカケ駆動であったが、優等列車に用いられた。しかし、1984年に冷房付きの600形の導入が決定されると真っ先に代替対象となり、車体の一部を600形に提供して全車が廃車された。
その車体流用先の600形も本形式としての製造から55年以上が経過しているのでそろそろ…と思われる。
阿佐海岸鉄道ASA-300形
もと高千穂鉄道のTR201号車。ASA201号車の代替用として高千穂鉄道廃線後の2009年に無償譲渡を受け導入した。車内はボックスシート。当初はそのままの塗色で運行されていたが、後に塗色変更された。
西日本鉄道300形
1939年に製造された301形、1948年に製造された303形、同年後期に製造された308形に分けられる。書類上は同形式だが、形態ごとに解説する。
301形
九州鉄道が1939年に4両を投入した。後の西鉄特急の淵源となる急行列車用クロスシート車。車体長はMc車が18m、Tc車が16mと分けられているがこれはモーター出力が小さかったためである。後にロングシート仕様への改造や片運転台化などの改造を経て1979年まで使用され、さらにモ301は電動貨車モワ811、救援車モエ811に改造されて2003年まで使用された。
303形・308形
1948年から製造された運輸省規格型電車。303形は車体長が17mだが、308形は車体長が18mとなった。更には600形(初代)の中間車だった2ドア車【モ324・モ325】が編入されたり、バス窓車体の中間車【モ326・モ327。600形(初代)先頭車の1300形化により不要となった電装品を使用して製造】も存在した。
304Fと305F以外は宮地岳線に転属し、さらにカルダン駆動化された307F以外は313形314Fとともに西鉄最後のツリカケ駆動の電車で人気が高かったが、2007年の部分廃止までに全廃となった。
なお、宮地岳線転入直後は大牟田線時代の姿を留めていたが、車体更新により前面非貫通化、冷房化が行われた。
平成筑豊鉄道100・200・300形
1989年の第三セクター転換・開業に際し、100形9両・200形3両・300形4両が投入された。100形は16m車で車内はセミクロスシート、200形は18m車で車内はセミクロスシート、300形は18m車で車内はロングシート。3形式とも外観上の違いは(車両の長さを除けば)全くない。
運行本数削減と老朽代替により2010年までに運行終了。
長崎電気軌道300形
200形の増備車として1953年から54年にかけて10両が導入された。1984年から冷房化や近代化工事などが行われ、2017年には310号車が「みなと」と呼ばれる青一色の車両にリニューアルされた。