概要
フランス革命以降の近代国家では国民に国防の義務が課せられ、一定年齢に達した男子に数年以内の兵役義務が課せられる制度が設けられた。
現代では、女子も対象となる国もある。また、アメリカ合衆国やコスタリカのように平時には行わないが有事の際には行えることを規定している国もある。
指定の年齢になると徴兵検査が行われ、病気の者など兵役に著しく適さない者などを省いて合格した者が採用される、というシステムを取ることが多い。 徴兵免除の基準も国により大きく異なる。多くの免除条件が設定され実際に兵役を務めるのは同世代の若者の1割にも満たないベトナムのように緩いところから、問答無用で徴兵され拒否者には罰則が設けられている国もある。後者の1つ韓国では、兵役拒否者には実刑が科せられ、多くの良心的兵役拒否者(宗教上・思想信条上の理由から兵役を拒否する人々)が刑務所に入れられている。
第二次世界大戦以前の日本では醤油を一気飲みする、戸籍を北海道に移す(夏目漱石の例。明治初期には北海道には徴兵令が施行されていなかった)などの「徴兵逃れ」の逸話が多い。現在の韓国でも芸能人や有名人の子弟が徴兵逃れを行ったとしてバッシングを受けることも時折あり、K-POP男性グループのファンの間ではメンバーが兵役で一時離脱する事がよく話題になる。 ちなみにロシアではソ連時代に行われた徴兵は拒否や徴兵逃れは不可能で、拒否をすれば村単位で粛清などが行われたという。これが「畑から取れる」とまで言われた多量の歩兵の確保の手段であった。
ロシアの徴兵はかつてのロシア帝国の頃もこうした農村部から殆どを引っ張ってきており、日露戦争時日本の捕虜となった兵士たちは自分の名前すら母語のロシア語で書けない文盲の者が殆どという悲惨な状況であった。見かねた日本軍側が語学士官を教員に、日本人がロシア語をロシア人に教えるということになった。彼らは頑健で銃の引き金さえ引ければ良いと引っ張られてきたのである。
メリットとデメリット
若い戦力(特に歩兵)を大量に確保できるのが軍事的なメリット。
第一次世界大戦や第二次世界大戦は短期間に大量の人員を必要としたため、徴兵により大量の兵士を調達する必要があった。しかしWW2後は兵器の高度な発達や戦術の変化により高度な専門知識が求められるようになってきており、歩兵であっても高度な専門教育を施す必要もあり、2、3年程度と任期が短い徴兵では十分に教育しきれないデメリットが目立つようになった。
(パートタイム軍人とも呼ばれるアメリカの州兵、その一部は連邦軍同様にフルタイム勤務を行うのだが、そのフルタイム勤務の州兵でさえ装備や専門知識が陸軍等に劣るため、限定的な戦場でしか運用できない)
さらに徴兵制では経費もかかる(訓練や装備、設備の費用に加え、一部の自称識者の言うようなただ働きではないために兵役中はたとえ僅かでも給料は払う必要がある)上教官となる曹〜尉クラスの人手も取られ、経費の問題から薄給にすると士気の低下から不祥事を起こしやすくなりさらに経費を浪費してしまう。このため徴兵制ではなく志願制のみとし、士気の高い者を「プロの軍人」に育成する事に特化する方が効率的であるとの見方も大きい。また士気と練度が下がるという見方もある
そういうわけで、アメリカ合衆国やフランスなど多くの国では徴兵制は廃止、もしくは停止(有事のみの徴兵に移行)された。
一方で、いったん廃止した徴兵制を復活させる動きも見られる。その理由は各国それぞれであるが、主に軍事大国ロシアの周辺諸国への脅威が高まっていることが背景にある。
各国の状況
アメリカ合衆国
ベトナム戦争以降、普段から連邦政府の指揮下にある連邦軍では徴兵制は廃止されたが、冷戦期の1980年代にSelective Service System( 選抜徴兵登録制度、通称SSS )を再開。現在も維持されており、SSSは旅行や留学などの短期間滞在者を除き市民や永住権保持者( 国外在住者や二重国籍取得者も含む )、不法滞在者の18歳から26歳の男子にはSSSへの登録義務が課せられている。大統領及び議会が国の緊急事態である、もしくは戦時に軍の拡大が必要であるとなった場合に登録リストから徴兵が可能で、未登録の場合は5年以下の禁固か25万ドル以下の罰金のどちらかもしくは両方を科される可能性及び、かつ政府機関への就職が不可能となり、政府の奨学金を受けることが出来なくなるうえ、永住権や市民権を失う可能性もある。
州兵
州知事の指揮下にあり必要に応じ連邦軍に編入される。州兵は志願制となっており、勤務に関しては州や階級等の立場により異なり、フルタイム勤務もあればパートタイム勤務もあり、普段は一般企業で働いているという兵もいる。
ドイツ(西ドイツ)
第二次世界大戦の記憶から軍人を嫌う風潮が強く、当初は「兵士を確保するための手段」として徴兵が始まったのだが、「兵役」と「病院や福祉施設での奉仕活動」が選択可能となっていた結果、兵役は実質的に福祉施設が若者に奉仕活動をさせるための制度に変質し、徴兵制度が廃止できない状態になっていた(最後まで制度廃止に反対したのは医療福祉関係者だった)。しかしそれでも経済的負担が無視できないものになり、2011年に徴兵が停止された。今後の安全保障体制の変化によっては再開の可能性があるものの、事実上の廃止として扱われている。
台湾( 中華民国 )
2012年に徴兵を停止する方針を打ち出し、2014年には志願兵制に切り替え完了する予定であったが、2018年の時点でその切り替えはうまくいっていないようである。
ウクライナ
2013年に志願制へ移行する大統領令に署名したものの、2014年のロシアによるクリミア半島への侵攻・占領を受け、この制度を再開した。徴兵扱いではないものの国民の治安部隊への動員も行なっている。
リトアニア
この国では2008年に廃止したが、ウクライナ情勢の悪化などを受け、2015年に5年間限定で徴兵制を復活した。また徴兵制を廃止していた期間も有事の際には国民を民兵組織に動員してゲリラ戦術を行い侵略に対応する制度を取っている。
スウェーデン
2010年に一般徴兵制を廃止していたのが、それから数年を経るうちに下士官や予備役の不足が想定外に進んだこと、およびロシアの脅威の高まりから同国の社民党政権は徴兵制復活の議論を進め2018年1月から徴兵制を再開した。
フランス
国民の1割が移民という情勢に加え、更なる移民や難民の流入による治安維持機関の人手不足解消の為、徴兵制が検討されている。検討されている案の中には兵役を務めることが出来ないほどに短期間の案もあるが、これは国民の団結を強める為と思われる(マレーシアが一時期に同様の徴兵制を取っている。)
結局徴兵制復活は検討倒れに終わり、16歳以上の国民全員に3か月から1年間警察・消防・軍の何れかで奉仕活動を義務付ける「普遍的国民奉仕」の実施で固まったようである。
現代の日本では……?
日本の自衛隊は、その当初から志願制であり、徴兵制度が設定されたことは無い。現在の陸上自衛隊では曹( 下士官 )および士( 兵士 )の高齢化が問題になっているが、「徴兵は違憲である」とする政府の公式見解( 兵役は日本国憲法第9条に矛盾する、あるいは18条で禁止されている苦役に相当するという解釈 ) および上記のデメリットにより、徴兵制の導入によりこれを解消しようという意見はほとんど聞かれない。現在も保守系の議員の中には、(かつての日本や韓国の)徴兵制を礼賛する者もいるが、公式に徴兵制を主張する政党は第二次大戦後は皆無である。
徴兵制の意義を主張する者は「国防意識の醸成」という教育的意味をしばしば強調しているが、徴兵の時期が大学在学や就職の時期とかぶるために、高等教育への悪影響や若い時期の職務経験に空白ができる問題なども指摘される。さらに一部の保守系論者の中には「若者の根性を叩き直すため」等として徴兵制の意義を主張する者も見かけられるが、自衛隊は託児所や矯正施設ではありません。
また必然的に高度な武器知識を教育せねば成り立たない。戦後の一時期治安が極端に悪かったのは、武器の扱いに長けた復員兵の一部がそれを悪用して荒稼ぎしていたからであった。
今の武器はさらに高性能化した上、体一つで戦う近接格闘も数段高度化しているため、状況次第では治安の悪化もありうる。90年代後半~2000年代初頭に武装スリが暗躍したが、彼らの出自は徴兵制のある国からの流入であった。
かつては軍事に詳しい向きからは「徴兵制は現代戦では合理性がないから、将来的にもありえない」と断言する声が多かったが、非合理な軍事政策を敷いた国なんて、過去にいくらでもありますよね?。(日本でも軍事以外で過去に票を失わないのであれば非合理政策が行われた事もある)
現在は各国で徴兵制の意義が見直されていること、徴兵制復活を検討している国(フランスなど)も、必ずしも軍事的合理性からではないことから「日本でも将来的には徴兵制の施行もありうるのではないか」という意見も出てきている。
今のところ防衛省では平成28年版防衛白書のコラムで
わが国において徴兵制を採用することは、兵役といわれる役務の提供を義務として課されるという点にその本質があり、平時であると有事であるとを問わず、憲法第13条、第18条などの規定の趣旨からみて、許容されるものではないと考えます。
このような憲法解釈を変更する余地は全くなく、いかなる安全保障環境の変化があろうとも、徴兵制が、本人の意思に反して兵役に服する義務を強制的に負わせるもの、という本質が変わることはありません。したがって、今後とも徴兵制が合憲になる余地はありません。
また、自衛隊は、ハイテク装備で固めたプロ集団であり、隊員育成には長い時間と相当な労力がかかります。短期間で隊員が入れ替わる徴兵制では、精強な自衛隊は作れません。したがって、安全保障政策上も、徴兵制は必要ありません。長く徴兵制をとってきたドイツやフランスも21世紀に入ってから、徴兵制を止めており、今やG7諸国はいずれも徴兵制をとっていません。
と記載し検討こそされていないが、有事の際は船員や運転手などとして勤務している予備自衛官を招集し、諸外国に比べ貧弱な予備自衛官の層を補おうという方向にあり、予備自衛官雇用企業給付金などにより予備自衛官の確保につとめている。
経済的徴兵制
一部の評論家などからは志願制であっても「経済的徴兵制」と呼ばれる状況が発生しているという意見があり、これは現代のアメリカ連邦軍において、恩典として教育の支援や技能の取得等があり、退役後にも奨学金の支給、市民権の取得、就職への支援等が行なわれることが多い為、貧困層が軍隊に集まるように見えるということからこのようなことが言われている。
反論
もっともこのように見える状況は「国がそう仕向けた」わけではなく、「国や企業などのシステム自体に問題がある」などの理由である、との意見が存在する
福利厚生
厚生福利で人を呼び込むのは軍隊に限らず民間企業でも珍しくはなく、教育支援は勤務しながらの通信教育であれば殆どを負担してもらうことも出来るが、将校等の上を目指すには大学卒等の高学歴が必要という事もあって支援を行なっており、恩典ではあるものの人を集めるための餌を主としてのみ補助を行なっているわけではなく、一般企業における仕事に必要な資格取得支援に近いものとなっている( ちなみにアメリカにおいては大学への進学に関しては非常にお金がかかり、将校に昇進可能な同程度の学歴の大学であれば学費のみで年約600万円以上かかるため、一般的な中流家庭でも奨学金があっても通うのは金銭的に非常に難しい)。
肥満
先進国では貧困層程安価なジャンクフード等でかえって肥満になりやすい面があり、ドイツ等では徴兵制を行なっていた頃であっても肥満により不適合になる者が多かったとされる。
また、貧困層以外でも肥満は問題となっており、アメリカや現在のドイツでも肥満により志願者の半分以上が採用基準に満たないという事も起きている。
健康
米軍兵士の割合では貧困層と言われるヒスパニック系や黒人系より中流層と言われる白人系の方が遥かに多く、更に派兵先での負傷率も白人系が圧倒的に多いというデータが存在しする。
さらにアメリカの場合、食事の影響による健康面での問題や保険制度の関係による高額な医療費などで貧困層程医療を受けられず不健康になる者が多く、採用基準に満たなくなることが多い。
さらに先進国ほど貧困層が十分な運動が出来ない環境になりやすく、軍人に必要な運動能力に関しても「体力もカネで買う」といった状態になってくる。
日本に関する状況
日本でも士官学校に相当する防衛大学校・防衛医科大学校等は学費が免除されるが、反自衛隊の思想側からは採用案内のDMが来ることすら「経済的徴兵」等と呼ばれたりするが、実際は両校とも通常の大学よりも偏差値が高いため、幼い頃から塾に通える裕福な家庭の子中心の有名進学校出身者が多いといわれ、特に防衛医科大学校では一般私立大学医学部の学費および寄付金が高額であることから、自衛隊への勤務義務はあるにせよ安価に医師資格を獲得でき国公立大学とも併願可能、かつ受験料も不要であるため志望者も多く、合格者数の最も多い学校は中高一貫私立学校の巣鴨高校・久留米大附設とされ、公立高校出身の合格者は偏差値70以上クラスの地域トップ校からですら多くても1年に5人出れば良いほうである。
一般隊員
それ以外の自衛官採用枠でも過去においては人がなかなか集まらず時にはゴロツキのような者やバカでも入隊可能な時代も確かに存在したものの、バブル崩壊以降は不景気による就職難や民間企業の待遇の悪化からの公務員指向の高まり( 一応特別職国家公務員である )から志願者が増加、一方で予算上の採用枠も縮まったため貧困層は昔に比べれば格段に入り辛くなっている。
意図的な不景気操作
なお、「意図的に不景気にすることにより軍隊に人が集まりやすくする行為を行っている」といった珍説というか陰謀論を唱える人々も存在しているが、この意見は間違いピラミッドの典型的な例であり、不景気となれば国が得る税金等の収入が減少、軍事費は特に削られやすい項目であることと、故意に経済を動かすと政情不安を呼びかねないため「軍などの公務員に人を集めるために」故意に不景気とする意味が無いのである。
また、不景気となれば優秀な人材は軍人を含めた公務員等の安定した職へと流れるため、そのような状況では経済的徴兵制の対象と言われている貧困層は学歴等能力が劣る事が多い事から採用されにくいのでより採用されづらい状況となる。
経済的徴兵の解決法
ちなみに経済的徴兵制と呼ぶ志願制の解決方法は財産や地位等を一切無視した平等な徴兵で全員が兵士となる事である。
徴兵制を施行中の主な国家
現在も徴兵制を行っている国の多くは隣国や近隣国などと紛争の火種を抱えていることがほとんど。現在進行形で陸続きの隣国と紛争中の国も複数あり、そのために歩兵の確保というメリットを未だ取っている。
中には徴兵制の形はとっていても「除外される条件が多く実質的に徴兵と言えない国」や「志願制と併用しているが定員を満たさない分のみ徴兵」「将来志願制移行を検討している国」もある。一方、ロシアを中心とした情勢悪化を受け東欧諸国を中心に徴兵制の復活を検討する国が増えており、徴兵制の意義を見直す動きも出てきている情勢である。
男女とも
男子のみ
- オーストリア
- 韓国:女性軍人も居るが彼女らは職業軍人であり、徴兵の男性兵士とは待遇に大きな差異がある。
- 北朝鮮
- 中華人民共和国:徴兵検査は行われるものの、実際は定員が志願者で埋まり、徴兵は行われないことが多く事実上の志願制となっている
- ラオス
- スイス:先述の「メリットとデメリット」の通り、教練しても数年後には出払ってしまうため軍としては志願兵制へ移行したいというが、その都度否決されている。
- デンマーク
- オーストリア
- トルコ
- ロシア
- イラン
- アラブ首長国連邦
- エジプト
- スーダン
- チャド
- アルジェリア
- カタール
- モルドバ
- モンゴル
- エストニア
- アンゴラ
- キプロス
- アルバニア
- ボリビア
- ギニア
- パラグアイ
- モザンビーク
- 南スーダン
- キューバ
- ウクライナ
- ギリシャ:将来的に志願制移行が検討
変則的な徴兵
- フィンランド:一般の男子は半年〜1年の徴兵だが宗教上の理由での拒否は可能。また非武装地帯であるオーランド諸島住民は免除。
- ベトナム:大学生などは免除。
- ブラジル:定職に就いているもの、大学生などは免除。
- タイ:男子のみ21歳に徴兵検査を受け、身体検査の適格者の中からくじ引きで徴兵対象を決める。
- ペルー:選抜徴兵制。
- マリ:選抜徴兵制。
- セネガル:選抜徴兵制。
- 中央アフリカ:選抜徴兵制。
- メキシコ:短期徴兵と志願制の併用。
- ギニアビサウ:選抜徴兵制。
- トーゴ:選抜徴兵制。
- カーボヴェルデ:選抜徴兵制。
- シンガポール:志願制との併用で、徴募兵は軍だけでなく全ての公共機関に配属される。
- リトアニア:2015年から5年間限定