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ポリティカル・コレクトネス

ぽりてぃかるこれくとねす

ポリティカル・コレクトネスは、人種・宗教・性別などの違いによる偏見・差別を含まないとされる、中立的な表現や用語を用いること。英:political correctness
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概要

日本語では「政治的正しさ」と訳される。
呼称としては短縮して「ポリコレ「PC」などと呼ばれるのが一般的である。本記事では政治的正しさの観点からPCで呼称を統一する。

政治的な話題が語られる場において、人種宗教性別などの違いによる偏見差別を含まないとされる、中立的な表現や用語を用いることを言う。

PCはリベラル思想的背景を持ち、フェミニズムLGBTや宗教的少数派などのマイノリティ(≒社会的弱者)への配慮を支持する思想と親和性がある。このためマイノリティ基準の作品では取り上げられにくかった題材や、とりあげても正確性や配慮に欠けて差別的表現になってしまう側面がフォローされやすくなる。
一方でマイノリティに配慮しすぎて作品としての面白さを欠いたり、マジョリティ差別となる逆差別や、被差別者がダブルマイノリティなど他の被差別者を糾弾・差別するなど、結果的に別種の差別に繋がっているなどの批判もあり、「政治的正しさ」とはいうものの一概に「正しい」とはいえない面も問題となっている。

また過去の発言を掘り起こして現在のPC基準で断罪する「キャンセル・カルチャー」は、アメリカではドナルド・トランプバラク・オバマという政治的対局に位置するはずの二人の元大統領から批判的なコメントが出る、世界各地でかつて差別的行為を行ったとされる歴史上の人物の像が撤去されるなど、社会的な論争となっている。

前歴

元は人種平等が叫ばれるようになった1980年代以降のアメリカ合衆国において「政治の話題が語られる場」における「特定の人種に対する差別」を防ぐという理由から、そうした意味を含む可能性がある言語表現をしないようにするべきという意識の高まりから使用されるようになったとされる。人種のサラダボウルと称されるアメリカ社会の特殊性がその背景にはある。

1990年代以降には人種に止まらず、宗教性別、更には職業文化民族障害者年齢婚姻に至るまで、同様の配慮が求められるようになり、中にはそのあまり自主規制されるに至ったものもある。
PCとは、「適切な表現」の追加だけでなく「不適切な表現」の除去や自粛、という性質を歴史的にも備えていることを示している。

2010年代以降、誰もがスマホでいつでもアクセスできるようになってからはPCの議論がより活発化・先鋭化し、毎日のように世界のどこかで、PC絡みで何かしらの炎上が起きている。

米英の大手マスメディアはほとんどが米民主党支持といわれ、また各国のメディアもそれらからニュース配信を受けている。したがって、マスメディアは概ねPC支持である。

PCの例

アメリカの創作業界におけるPC

最もPC活動の盛んであるアメリカではハリウッド作品、殊にアメコミがおそらく最も大きな影響を受けているジャンルかもしれない。
近年のアメコミは主人公や主要メンバーを女性や黒人とすることが増えている(『マッドマックス 怒りのデス・ロード』など)が、これは従来のアメコミの主人公が、「白人男性」ばかりであったことへの批判から来ている。
また日本含め外国で作られた作品をリメイクする際でも、男女比や人種などの設定をわざわざ変更することがよくある。Pixiv的に馴染みの深い例はパワーレンジャーシリーズで、そのために原作が男性キャラだったのが女性になっていたり、スタメン全員が実兄弟のマジレンジャーゴーゴーファイブ、親族であるニンニンジャーなどはオリジナルから設定変更を余儀なくされている。

作り手の側に立てば、マイノリティ側にとっては創作活動や自分達がそこで望む形で表現されるチャンスであるが、保守的な男性のマイノリティ側にとっては文章画像映像などの製作における表現が制限される、という事にも繋がる。出版物・映像業界のリソースも無限ではないため、単純に制作側の「パイが奪われる」状況にもなる。

またPCへの配慮が進むに連れ「多人数の実兄弟ものが作りづらくなる」「昔ながらの従属的な女性を否定するあまり、強い女性ばかりが出てくる」「人種を均等に入れなければならないのでグループもののメンバー構成が似通ってしまう」といった、多様性を重視したばかりに却って多様性とは程遠くなってしまったテンプレートという弊害も見られる。
本質的な話をすれば、ただ多様な人種を出すだけでは、既に批判を受けているマジカル・ニグロ白人の救世主等の焼き直しになりかねないため、登場させた多様なキャラクターは人格を深く掘り下げる事が望ましいと思われる。
ただし、消費する側にとって要求するだけならノーリスクなので、身勝手な要求が無限に拡大し続ける結果になりがちというのが悩ましいところである。

こうした表現規制に対して、アメリカでは4chan8chanを中心として、ゲーマーゲートコミックスゲートという論争に繋がっている。

しかしそんな状況下でも「アングロサクソンのリベラルな正義が悪を打ち砕く」というような展開はなぜか奨励されており、枢軸国東側や中東アフリカの大物などは毎回悪役で、特にロシア人なんかは毎回殺される役だが、これらは問題にならないらしい。この辺もPCが「政治的」正しさであるという側面を覗かせる。

過去作のリメイクにおけるPC

昔の時代の題材や過去作は、リメイクリブートの際にPCの要素(性別や言葉遣い、婚姻年齢など)を入れて改変した場合、旧来のファンとの衝突事件が起きることもある。
ゴーストバスターズ』の2016年の実戦チームが全員女性となったリブート作においては、出演した黒人女優レスリー・ジョーンズに強烈な人種差別主義者の非難が殺到するという事態となった。一方で製作者が称賛をもらえることを期待していたであろうフェミニストたちからも、マイノリティ女性がいないと批判されるという、踏んだり蹴ったりの結果に終わっている。
映画『Rub and Tug』では「実写映画の配役に当たってトランスジェンダー役を「実際のトランスジェンダーの役者が演じるべき」と個人や団体が抗議する」という反対が起こった(演じる予定だったスカーレット・ヨハンソンは後に降板を表明した)が、この際にも反対を口にした当事者への攻撃が起こっている。こちらはトランスジェンダーの俳優は他に仕事がふられる事がシスジェンダーの役者より少ない、という状況が背景にある。

日本では「めくら」「かたわ」といった昔の作品の表現が、PC的見地から別の言葉や「ピー音」に差し替えられることが多い。しかしリアリティを追求する立場や、過去作を純粋に楽しみたいファンからはそれに反対の声があり、作品の最初に「当時の作者や時代背景をそのままお伝えすることにしました」という断りを入れた上で、差し替えをせずに発表する例も少なくない。
この辺は日本はPC本場のアメリカに比べて、縛りのゆるい風潮が残っている。

言葉狩りとPC

PCはしばしば言葉狩りの原因の一つになる。
差別用語とされるものの中には、単に特定の属性を持った人間を指す言葉として差別の意図なく使われているものもある。しかし「差別の意図は無い」を例外とする場合、差別の多くは「差別の自覚なく行われている」という問題がある。
こうした状況で差別とされる用語を使う側の主張が認められることはほとんどなく、多くのケースで批判側の言い分が通り、言い換えが進められることになっている。

日本では例えば「~婦」といった職業名称が2000年代に「~師」に言い換えられた。

スポーツとPC

他国人との試合で選手もファンもエキサイトして理性を失いやすいスポーツは、しばし他国人を侮辱するようなPCに反する行為をして問題になることがある。具体的には欧米人選手がアジア人選手との試合で目を吊り上げるような仕草をしたとか、差別的表現を使ってしまうなどがある。

スポーツでのPC事例は、興奮してわざと悪意をぶつけるという発生原因が多いため、基本的にはこれまで述べてきた事例に比べるとややこしくなく、善悪がわかりやすく、解決も難しくない場合が多い。しかしAFCアジアカップ2011のパフォーマンスに起因する旭日旗批判など、国家としての双方の利害が絡むとフィールド外で後々にまで遺恨を残すケースも見られる。

PC推進の落とし穴・矛盾

PCによる表現の規制はあくまで政治家・活動家の判断において行われるため、たとえ明白な差別や偏見であっても、政治家・活動家にとって都合が悪い場合は無視されるケースは少なくない。
米国社会においても、女性や黒人、先住民族に対する偏見は厳しく取り締まられる一方、白人男性や警官に対する偏見は問題と見做されていないのが現状である。不法移民やその子孫と見做されて、ヒスパニック系住民の差別が公然と行われる場合もある。

その延長で、本来マイノリティ・社会的弱者側であるはずの人々が差別をする側立ってしまうという逆転現象も観測されている。代表的な例としては、2020年に黒人はBLM(Black Lives Matter)運動という大規模な差別反対運動を起こした一方で、翌年にはその黒人達によるアジア系住民へのヘイトクライムが社会問題となったというのが記憶に新しい。結局とばっちりを受けるアジア系が一番救われないという構図は、ロス暴動(1992年)の時代から何ら変わっていなかったのである。

「当事者が別に差別だと思っていないことを第三者がいちゃもんをつける」本末転倒な事例もあり、ボストン美術館で「欧米人が着物を着用することが文化盗用で差別」と日本人ではない層に抗議され和服着用イベントが中止になった際には日本人から多くの困惑の声が上がった。これも、民族衣装を他民族が身につけることを「文化盗用」とする規範が背景にある。実際に「アメリカ・インディアン(ネイティブアメリカン)」の各部族が白人が先住民の服装や装飾を身につける事を問題にした例は存在する。これを他の文化に適用したケースと言えるだろう。かつて日本でも「スシポリス」騒動はあったが、多くの国民から否定的に思われたような事例だった。
この件ではさらに「これを差別的と思わない日本人は人種差別主義者だ」と、許容した被差別側を海外のPC観点から差別主義者と糾弾する?という、もはや差別を作り出すことが目的にも見えるさらに捻じくれた主張も見られた。
特にポリコレ先進国のアメリカ人がこれを行いがちであるため、Twitterではある日本人絵師のイラストをめぐる事件をきっかけに「#ShutUpGringo2022」(Gringoはスペイン語圏でアメリカ人を指すスラング。「アメリカ人は黙れ2022」)というハッシュタグが生まれているほどである。

日本に対する表現もPCの範囲外と見做される事が多く、前述のように和服着用イベントが謎の外国人によって「盗用」として日本の外から糾弾される一方で、日本それ自体をステレオタイプで表現する行為は必ずしも問題視されていない。
前述『怒りのデス・ロード』は作中で放射能汚染を受けた戦闘員が「fuck」の代わりに「福島(fuc-ushima , fucacima)」と幾度も叫ぶなど、日本に対するPC配慮はなされていないにも関わらず、海外では原作・コミカライズともにジェンダー面でのPC配慮が高い作品という評価になってしまっている。
インターネット上でも「美形アニメキャラは日本人に見えないため、目を小さく肌を黄色く描くべき」という露骨な人種差別的な言説が海外の声優からPC目的で発され、実際にゲームなどで日本人キャラが極端な不細工(日本人感覚として)で描かれるなど、本末転倒な状況が続いている。ちなみに「日本のアニメでかわいい・美人・イケメンとされるキャラクターの特徴は白人由来で、本来の日本人はブサイク」という比較画像が日本でも海外でもインターネットで出回っているが、差別以外の何物でもない。
逆に問題視された例としては、『ティファニーで朝食を』の日本人「ユニオシ」が差別的表現と見做された例がある。

PCに対する関心が高まりすぎて、フィクションの諸作品に対する評価を「PCに合致しているか否か」のみで行い、個人的な作品の好みの主張をPCと一体視した上で褒め称えたり貶したり、ヒット作のなんでもないシーン取り出してきて「マイノリティに配慮した表現であり作者は隠れPC支持者」「PCに基づいているからヒットした」などとしたり、作者にいちいち政治問題について質問しPC思想に合致する回答を誘導するといった極端なPC推進派もいる。

逆に「PCに負けない」事を評価軸として出す側の者も存在する。PCに基づく自主規制や要求による変更はそうした側の人々を刺激しやすい案件でもある。このため度々SNSなどで激しい論争を引き起こすことがある(具体例としてはこの項目などを参照)。
このような議論を巻き起こしやすい性質を逆手に取り、敢えてPC・反PCの対立を煽るような発信をして閲覧数を増やして承認欲求を満たしたり広告収入を稼ぐような不届き者も跡を絶たない。特にヘイト動画は、解説系YouTuber界隈では「ドル箱」として知られており、乱発されている状況にある。

そもそも身も蓋もない話をすれば、創作物というのは往々にして暴力窃盗殺人レイプなどの犯罪がつきものである。しかしそうした描写のものは普通に放送されて、出てくる人種や肌の色どうこうでは放送されないというのはなんとも奇妙である。

日本ではPCの理屈を右手に持って人をぶん殴るかのような勢いで批判することを、『ポリコレ棒』と呼んで揶揄する向きもある。正義のもとに人を裁き、最悪の場合その創作者・発信者の人生を破滅に追い込んでしまうのは本末転倒にも見える。

関連タグ

政治 言語 表現
差別 偏見 ヘイト 本末転倒
検閲 図書館戦争

外部リンク

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