花燃ゆ
はなもゆ
概要
幕末長州藩の志士・吉田松陰の末妹で久坂玄瑞の妻、後に群馬県令の楫取素彦の後妻となった杉文(揖取と結婚後改名し、楫取美和子となる)を主人公として、彼女の視点から幕末維新の動乱の中の長州藩と明治政府統治下の群馬の姿を主に描いた。
ストーリー上では文(美和)を中心としたホームドラマ、恋愛ドラマ的な側面が重視され、歴史上重大と言われる出来事が短時間の描写、あるいはカットとなり、同じく重要人物も未登場であったり、出番が少なかったりと、これまでの大河ドラマの構成や展開とは異なる方向性で製作された。
脚本は大島里美、宮村優子、金子ありさ、小松江里子の4人が手掛け、前半のメインを大島と宮村が、途中から金子が加入し、36回からは小松が担当するという、大河ドラマとしては異例のチーム体制で執筆されている。小松はこれ以前にも『天地人』の脚本を担当している。
キャスト
- 杉文→楫取美和:井上真央
- 小田村伊之助→楫取素彦:大沢たかお
- 杉寿→楫取寿(文の姉):優香
- 吉田松陰:伊勢谷友介
- 久坂玄瑞:東出昌大
- 杉百合之助(文の父):長塚京三
- 杉滝(文の母):檀ふみ
- 玉木文之進(文の叔父):奥田瑛二
- 杉民治(文の兄):原田泰造
- 杉亀(民治の妻):久保田磨希
- 吉田小太郎(民治の長男):広田亮平
- 杉敏三郎(文の弟):森永悠希
- 小田村志乃(素彦の義母):かたせ梨乃
- 松島剛蔵(素彦の兄):津田寛治
- 小田村篤太郎(素彦の長男):高橋里央
- 楫取久米次郎(素彦の次男):市川理矩
- 久坂玄機(玄瑞の兄):村上新悟
- 久坂秀次郎(玄瑞の庶子):大八木凱斗
- 高杉晋作:高良健吾
- 高杉小忠太(晋作の父):北見敏之
- 高杉雅(晋作の妻):黒島結菜
- 吉田稔麿:瀬戸康史
- 伊藤博文:劇団ひとり
- 前原一誠:佐藤隆太
- 入江九一:要潤
- 品川弥二郎:音尾琢真
- 小野為八:星田英利
- 野村靖:大野拓朗
- 寺島忠三郎:鈴木伸之
- 赤禰武人:阿部亮平
- 松浦亀太郎:内野謙太
- 山県有朋:永岡佑
- 山田顕義:達淳一
- 入江すみ(入江と野村の妹・伊藤の最初の妻):宮崎香蓮
- 毛利敬親:北大路欣也
- 毛利都美子(敬親の正室):松坂慶子
- 毛利元徳:三浦貴大
- 毛利安子(元徳の正室):田中麗奈
- 国島(長州藩奥御殿御蔵番):白石加代子
- 園山(長州藩奥御殿総取締役):銀粉蝶
- 金子重輔:泉澤祐希
- 椋梨藤太:内藤剛志
- 椋梨美鶴(藤太の妻):若村麻由美
- 桂小五郎→木戸孝允:東山紀之
- 周布政之助:石丸幹二
- 長井雅楽:羽場裕一
- 来島又兵衛:山下真司
- 井上馨:石井正則
- 富永有隣:本田博太郎
- 高須久子:井川遥
- 高須糸:川島海荷
- 白石正一郎:山本譲二
- 近藤勇:中村昌也
- 沖田総司:賀来賢人
- 徳川慶喜:森慎太郎(どぶろっく)
- 井伊直弼:高橋英樹
- 三条実美:上杉祥三
- 西郷隆盛:宅間孝行
- 阿久沢権蔵(群馬県庁勧業課課長):江守徹
- 阿久沢せい(権蔵の妻):三田佳子
- 船津伝次平(農業技術者):石原良純
- 鈴木栄太郎(群馬県庁勧業課職員):相島一之
- 工藤長次郎(群馬県庁勧業課職員):尾上寛之
- 星野長太郎(養蚕家):大東駿介
- 新井領一郎(星野の弟):細田善彦
- 坂本龍馬:伊原剛志
- 辰路(芸妓):鈴木杏
- 幾松→木戸松子:雛形あきこ
- 宮部鼎蔵:ビビる大木
- 津田梅子:知花くらら
ほか
エピソードと評価
※批判的な表現が混じっています。苦手な方はバック推奨です。
『ホームドラマ』大河
放送直前のインタビューで、チーフプロデューサーの土屋勝裕は、今作に関して「今まで「男たちのドラマ」であったのを「女たちのドラマ」として試みたもの」だと説明した。(詳細)
このような方向性となったのは、「東日本大震災の影響を受けて一般民衆の『今、ここにあるささやかな幸せを守りたい』という気持ちを反映しようという試みと、放送時間である夜8時台という時間帯は『リラックスしてテレビを見たい』と思う人が多いだろうから、殺伐としていない内容にしようとした事との相乗効果である」とされている。
主人公に全くの無名(当時はWikipedia記事も存在しなかった)であった「杉文」をピックアップした訳は、『篤姫』⇒『龍馬伝』ときた流れで「舞台が薩摩、土佐ときたら、次は長州だろうと考えた。ただ、吉田松陰や高杉晋作といった長州の偉人たちは、みな志半ばで倒れてしまった。彼らの後をフォローした人物が大事なんじゃないかな、と思った」として取り上げたようである。実際、吉田松陰について描かれた作品でいくつか登場した以外はあまり知られた存在ではなく、ドラマで主役となったことで一般にも認知されるようになった。
土屋は『花燃ゆ』のコンセプトを「ホームドラマ」「幕末版『男はつらいよ』」と称し、従来の重厚でシリアスな作品が多い大河ドラマとは異なるアプローチの作品であることを強調している。
また、これとは別に、つけられたキャッチコピーも、比較的若手のイケメン俳優を多く起用したことから「イケメン大河」「セクシー大河」「幕末男子の育て方」というセンセーショナルものであったが、このコピーに視聴者が最初から拒絶反応を起こし大低迷の一因になる。
作品構成は、第1部は松陰の死までの『松下村塾編』、2部は松下村塾の教え子たちが攘夷を実行し、「禁門の変」で文の夫である久坂が死ぬまでの『新婚生活編』、3部は高杉による「功山寺挙兵」や、文が毛利家の奥女中として働く『長州版大奥編』、4部は文が楫取と再婚し、波乱に満ちた生涯を終えるところまでを描く『群馬編』という4部構成で、それに合わせて大島里美・宮村優子・金子ありさの3人の脚本家がそれぞれパートを担当するという野心的な取り組みもみられた。
結論から言えば、これらの想定や取り組みは完全に裏目に出ることになった。
序盤~中盤にかけての「迷走」
当時のNHK会長であった籾井勝人は、『花燃ゆ』放送終了後に「前半は話が散漫だった」と評価した。この言葉の通り、視聴者の間でも当時から「話が全然纏まっていない」「史実とドラマがかみ合っていない」「大河ドラマとして成立していない」という批判的な評価が圧倒的であった。
脚本家複数人体制となったことで発生したストーリーのチグハグさと、大河ドラマ本来のテーマであった叙事詩や戦記的な部分を排除したことが裏目に出てしまったのである。
冒頭で記されているように、「ホームドラマ」性を重視するあまり中央での重要な政治的事件が無視、あるいは短時間でのスルーが続出し、重要人物が未登場だったり出番がごく少なかったりした。主人公の親族の多くが関わり命を落とした萩の乱とか西南戦争の軽視でさえマシな方で主人公の兄である吉田松陰を刑死させた大老井伊直弼の暗殺事件「桜田門外の変」すらスッ飛ばした!ことや杉・吉田・玉木家の人間が深く関わっていた萩の乱についてもおざなりというストーリーで大きな批判を浴びた。
大河ドラマの視聴者層のメインは『歴史』を追体験したいというニーズを持っているにも関わらず、これを無視したことが大きな仇となった。
そもそも映像作品としての『物語』からして上手くできているとは言い難いのも批判の対象となった。
大河ドラマでは以前にも無名の人物はおろか、全くの架空の人物を主人公にした『三姉妹』(1967年)や『獅子の時代』(1980年)があったが、これらは必ずしも時代の本流に属しているわけではない主人公と、「歴史もの」としてのストーリーを補助するために狂言回しともいうべき副主人公が歴史上の様々な事件に関わっていくことで「大河ドラマらしさ」を演出していた。
しかし、この作品の内容は前述の通り歴史上の重要な出来事や人物の描写が希薄で、主人公が次々に死んでいく攘夷志士たちの「彼らの後をフォローした人物」として描かれているとも言い難く、いったい本作が主人公「文」と周辺のホームドラマなのか、あくまで本来の大河ドラマらしさも合わせて追求しているのか、視聴者が作品に没入しようにも主題がどこにあるのかはっきりしていなかった。
ただし、あくまで脚本家が複数おり、ストーリーの方向性にばらつきがあったこと、脚本家らは現代劇を得意としており、時代劇に関する知識が少なかったこと、主人公がそもそも無名であり、経歴も特別詳しく分かっているわけではなかったため、史実に絡めるのが難しい存在であった、ということは留意すべき点でもある。
当然、視聴率はどんどん低下し、最終的に作り込みすぎてしまいライトな視聴者層に受け入れられなかった『平清盛』に並ぶ平均視聴率12.0%にとどまってしまった。これは、主に出演者絡みのトラブル続きであった上に、演出が独特であった『いだてん』以前のワースト記録である。
後半:脚本家「小松江里子」の起用
形勢逆転を図るため、放送後半に差し掛かった段階で上記3人の脚本家は事実上更迭され、脚本は新しく起用された小松江里子に一本化されることになった。
だが、これを受けて大河ファンや歴史ファンからは不安の声が上がった。
小松は先述の通り大河ドラマ『天地人』の脚本を手掛け、そこそこの視聴率を出している。また、現代劇を得意としている3人に対し、時代劇の脚本も何本か手掛けており、視聴率回復の切り札として登用とされたと考えられるが、逆にインターネット上での反応や、大河ファンからの前評判は最低に近いものであった。
小松作品には『天地人』を含めてある特徴が見られ、「主人公のメアリー・スー化」と「歴史の(無意味な)改竄」、「ヒットコンテンツのへの安易な便乗」といった問題点が多くの視聴者から指摘されていた。
結果として、不安は的中した。
小松が脚本を手掛けるようになった第4部『群馬編』以前は「船頭多くして船山に登る」状態であった為にストーリーにばらつきがあったものの、脚本家が一人になったことでストーリーが安定したため、視聴率低下はある程度は抑えられた。
しかし、褒められる部分以上に小松の悪癖がさらに悪い方向で作用した為に、これまで積み重ねてきた悪い空気は覆しようがなく、結果として長所すら霞んでしまった。
例として、以下の場面が批判の対象となっている。
文と姉の寿が、寿の夫の楫取素彦らが群馬県令に着任するのに付き添い前橋市に入る。
しかし、その矢先に文と寿が乗った馬車がピストルをもった暴漢に襲われてしまう。このとき、空っ風と土埃が吹きすさぶ中、銃を持った無法者たちがドンパチという西部劇じみた演出が入る。
これ以降、群馬県は「戦国の世から、要の地としていくつかの諸藩に分かれ、分裂、乱立を繰り返してきた」無法地帯として描かれた。実際の群馬県および前橋市は、江戸に近く、交通の要所であったことから発展し、当時としては比較的整備されていたにもかかわらず、である。
その上、史実において楫取の右腕として県政改革に尽力した初代前橋市長の下村善太郎らキーパーソンとなった協力者がいなかったことになり、下村の代わりに地元の有力者にしてステレオタイプな悪役として阿久沢権蔵という架空の人物が配されるという謎采配が行われた。
特に群馬を無法地帯や未開の地として扱ったことは、当時ネット上で流行っていたジョークの一種『未開の地グンマー』を彷彿させるとして、地元住民や当時の世相に通じた識者からも「(このような極端な脚色は)悪意を感じる」と批評されている。
現在における評価
同じ低視聴率大河とされる「平清盛」などのように放送終了後に評価を受けるということはほとんどなく、内容も含めて大河ドラマ屈指の黒歴史という扱いを受けている。
さらにこの時期は同じ時代を扱った同じNHKの朝の連続テレビ小説『あさが来た』がヒットしたことで、余計に『花燃ゆ』の低迷ぶりを際立たせることになった。
また、井上の子役時代から順調だった芸能キャリアに大きな傷を付け、以降の女優人生に大きな影を落とすことになったとも言われる。
『聖地』からの評判
『花燃ゆ』の舞台の過半を占めた山口県であったが、最終回を巡ってトラブルが発生した。当初、最終回までの数話は防府市がドラマの舞台になり、この地に日本初の仏教系の幼稚園を設立した文が園児らにおにぎりを作るシーンなどがあるはずであった。そこで、防府市は1億2000万円をかけて『ほうふ花燃ゆ大河ドラマ館「文の防府日和。」』を作り、ドラマ初回に合わせてオープンした(現在は閉館)。だが、先述のように脚本家の小松の投入というテコ入れが(視聴率的には)ある程度功をそうしたことや、脚本自体の大幅な変更があったことによりNHK側が心変わり…というよりは半ば裏切り行為を行った。
イメージアップの重点を最終回直前で群馬に絞り、脚本を変更。最終回は東京にある鹿鳴館で文と楫取がダンスを踊る華やかなシーンになり、防府市でのシーンは一切なくなってしまった。
当然、地元の住民からは批判が殺到し、一部では「税金の無駄遣いじゃないか」との声が上がった。市長は「約束が違うんじゃないか」と抗議している。
これに対し、12月13日の最終回放送日、防府市公会堂に主演の井上真央を呼んで、防府市民と一緒にドラマを鑑賞するという事実上の“お詫びイベント”が催されることになった。この会には井上以外には他の俳優やチーフPの土屋すら参加しておらず、一部メディアはこれを「井上に全責任を投げた」と報じた。
余談ながら、10月14日のクランクアップの段階で、低視聴率の原因に関して井上は「自分の力不足」「でも私にできることは誰に何を言われても堂々と立っていることと、現場でバカ言って笑っていることくらい」と泣きながらインタビューに応じているが、事の経緯を踏まえると、井上は制作トップやNHK上層部の無定見に振り回されて「犠牲になったのだ」と思わされるようなコメントであった。
2015年1月10日から2016年1月31日まで群馬県庁昭和庁舎2階に「初代県令・素彦と文ぐんま花燃ゆ大河ドラマ館」を開館していたが、同館の入場者数は約14万6000人で目標の半数以下にとどまった。しかし、前橋市への2015年の観光客数は前年比で9.6%増の約669万人となっており、前橋市ではドラマをきっかけとした観光誘客に一定の成果があったと発表している。
だが、評価点はこのくらいしか無かった。
結局のところ、もともとグダグダであったドラマ内容の上に、いざ『群馬編』が封切られてみたら、
阿久沢ら(作中の)当時の県民が文たち余所者を邪険にする
⇓
文らの行動に対し「本当にこの地を変えようとしているのか(感激)」と意見を変える
といったわざとらしい演出が多く、まるで『文明の使者』である文と楫取素彦が『野蛮人』グンマーに愛と平和と秩序を届けると言わんばかりの内容であった。
そこから抱かれる『群馬』のイメージは決して良いものではなかったのは致命的で、多くの群馬県民にとって、明治維新以降の県内における文明開化は政府の指導こそあれど先にあげた下村や新島襄(山本八重の夫)ら県出身者の少なからぬ尽力でもって達成されたと自負されているために「そこまで酷くはねーよ」「意味不明だけど、舐められているのは分かる」といった感想以外を県民が抱くことはほとんどなかったようだ。
多くの場合、ご当地における大河ドラマは放送終了後も観光客誘致に活用されるが、作中にも登場した富岡製糸場が集客に苦心しているにも関わらず、群馬では『花燃ゆ』が顧みられることはほとんどなかった。
このためか2016年の『真田丸』において真田氏の拠点があった沼田市や沼田城等が、2017年の『おんな城主直虎』では井伊直政が居城とした高崎市の箕輪城と高崎城について開き直ったかのようにPRしていたが、2021年の『青天を衝け』では2015年のリベンジとして富岡製糸場のアピールを狙っているのではと噂されている。
スイーツ大河
一部ではスイーツ(笑)的な価値観・展開から「スイーツ大河」などと揶揄する意見も見られた。
事実、先述の通りホームドラマを意識した作りであること、主人公役の井上は『花より男子』でも主人公を務め、他の学園ドラマ・恋愛ドラマで人気を博していた実績があったこと、「イケメン大河」などと銘打って紹介され、若手〜中堅のいわゆる「イケメン」俳優を多数起用し、主人公らの恋愛模様を重点的に描いたことなども「これまで少なかった(若い)女性ファンを取り込もう」という目論見が見て取れたがそれ以上に大河ファンからの総スカンを食らう格好になった。
しかし、中の人的には「スクールウォーズ」と「ROOKIES」という昭和後期と平成中期の熱血スポ根ドラマの主役二人が揃ったため、ネット上ではスクールウォーズやROOKIESのネタが飛び交った。