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新幹線大爆破

しんかんせんだいばくは

1975年7月に公開されたパニック映画。 制作された日本より海外での評価のほうが高い。
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概略

東映製作のパニック映画
上映時間152分。海外版は115分、フランス版は100分。
企画を立ち上げたのは当時の東映社長である岡田茂。当時の東映は『仁義なき戦いシリーズ』、『山口組三代目』などの「実録やくざ路線」が大ヒットを記録しており、更にブルース・リー主演の燃えよドラゴンを鑑賞した岡田社長が「ブルース・リーを真似ろ」と指示して作らせた千葉真一主演の「殺人拳シリーズ」を筆頭とする「カラテ映画」も好調だった。

1974年5月、次の映画の企画を考えていた岡田社長は「アメリカでヒットしているものが、間もなく日本でも受けるようになる。だから常にアメリカの動向を観察していなければならない」という考えを持っていた。当時のアメリカ映画はタワーリング・インフェルノサブウェイ・パニックなどのいわゆるパニック映画が大ヒットしており「間もなくこういったパニック映画が日本に輸入されてくるはず。それが『エクソシスト』などの後をうけて大当たりするはずだ。」と予想。
ならばと、当時日本にしかなかった高速鉄道である新幹線を題材にそれを乗っ取り・爆発させるというストーリーは日本でしか出来ず、外国に持っていっても遜色ないものが出来る、と考えたのがそもそもの企画の始まりである。
当初のタイトルは新幹線爆破魔を追えだったのが、岡田社長の鶴の一声で新幹線大爆破になったという。

物語の肝となるのは「新幹線の走行速度が時速80km以下になると爆発する」という状況下で繰り広げられる犯人対国鉄・警察・政府との攻防劇。新幹線に爆弾を仕掛けた犯人、危機の回避、乗客の安全に全力を尽くす国鉄、犯人逮捕に躍起になる警察、パニックを起こす乗客の姿で主に構成されている。
ただのパニック映画ではなく、犯人側の人生背景にも深く切り込んだのが大きな特徴で、経営に失敗した町の零細工場の社長、学生運動くずれ、沖縄から集団就職で東京に来た青年がなぜ犯行に至ったのかが高度経済成長に対する皮肉を込めながら明らかにされていき、犯人側にも観客が感情移入しやすい演出と相まって、ただのパニック映画では括られない事が現在の高評価に繋がっている。
ただしこれら犯人側の描写は海外版・フランス版では日本人にしか理解できない描写(万歳三唱など)と共にカットされており、犯人グループはただのテロリストとして扱われている。ただしこの犯人側の描写がカットされたことについて監督は複雑な思いを抱いており、フランス版をテレビ放送で見た友人からの「面白かったよ」という電話に対し、「本当はもっと面白かったんだ」と言い返したという。

興行成績

制作費用5億3000万円は当時の東映最大規模で、業界からも注目されていた。
しかし国鉄の看板商品である新幹線のイメージ低下を恐れた国鉄が「タイトルを新幹線危機一髪」に変えない限りウチは撮影に一切協力しないと回答。ただし企画主である東映岡田社長はタイトルは新幹線大爆破から変えられないと突っぱねた結果、国鉄の撮影協力は得られず隠し撮りとミニチュア撮影で製作された。

こうした事情もあって制作スケジュールが逼迫。映画の完成は封切り2日前で試写会を開催する余裕もなく、新聞広告の出稿もタイトルから拒否されたために、公開前の知名度はとても低くなってしまった。
また上映に際しても1本立てではなく当時人気を博していたアイドルグループずうとるびの短編映画「ずうとるび 前進!前進!大前進!!」との2本立て上映となり、第一級サスペンス映画に仕上がりながら、任侠のイメージが色濃く残る東映のイメージもあいまって興行的には成功を収めたとは言えず、企画倒れになった作品の穴埋めとして製作されたトラック野郎 御意見無用に興行収入で大敗を喫する結果となった。なおトラック野郎が大ヒットしたことでその後シリーズ化されたのは言うまでもない。

観客の入りについても都心ではまずまずであったが、当時新幹線のなかった東北・北海道方面の客入りは悪く、翌年に新幹線開業を控えていた山陽・九州方面でも客の入りはサッパリであった。

作品に対する評価

観客の入りは悪かったが、作品に対する評価は映画専門誌であるキネマ旬報の読者選出でベストワンを記録するなど決して悪いわけではなかった。
日本での興行終了後、アメリカのジャーナリストを集めて試写を行ったところ、高い評価を得た。その評判は世界中に知れ渡り「今まで商売したことのない国からも引き合いが来た」という。これを受けて東映国際部はミラノ国際見本市に本作を出品したところ大好評で、英国領香港の日本映画見本市やテヘラン映画祭、ソビエト・タシケントのアジアアフリカラテンアメリカ国際映画祭などに出品。積極的に海外市場への売り込みをかけたところ、1975年からの1年間で抜群の売れ行きを見せた。

フランスではそれまでアートシアター形式の小さな劇場でしか公開されなかった日本映画の前例を打ち破り、8週間のロングランを記録。およそ44万人を動員した。このフランス版は日本でも公開されている。
イギリス・ロンドンでもオリジナル版が公開され、特別賞を受賞している。

主なキャスト

犯人グループ

国鉄・鉄道公安関係者

撮影にまつわる逸話

静岡県浜松市にある国鉄浜松工場(現在のJR浜松工場)を訪ねたり、映画監督関川秀雄の兄が新幹線の技術開発に携わっていた事から彼から話を聞いたりして資料を集めていたが、国鉄から「現在、新幹線に爆弾を仕掛けたという電話は週に1本の割合でかかって来て、その度にいたずら電話かも知れないが、必ず最寄の駅に停車させて検査するような状態である。このような映画は、更に類似の犯罪を惹起する恐れがあるから製作を中止されたい」という姿勢を打ち出され、最終的に協力は得られなかった。なので裏ルートからの取材、ニュース映像や資料写真を参考にするなどありとあらゆる手を使い、本物そっくりのセットを作りあげたが東映は国鉄から3年間出入り禁止にされた。

新幹線車内

通常セット組みに使われるベニヤ板を使わず、国鉄に部品を実際に納入していた東芝日立製作所などから部品を買い集めて製作している。ただしこの時部品を東映に売った各社は国鉄に怒られたらしい。

新幹線

先述の通り、国鉄の協力は得られていないので模型を制作。1両の長さ1m、12両編成で12m。これが24両分製作されたが、この模型の制作費用だけで2000万円かかったという。この模型には動力が仕込まれておらず、撮影所の中庭に線路を作ってそこに微妙な傾斜をつけて走らせた。
この新幹線と線路のミニチュアは、のちにウルトラマン80でも使用されており、ひかり109号を爆破するイメージカットも他の特撮ドラマに流用されている。
背景の都市はミニチュアではなく、ビルのモノクロ写真を引き伸ばして着色した物を使用。特撮シーンの撮影には当時最新鋭のシュノーケルカメラを使用。ただし1日あたりのレンタル料が100万円だったという。
シュノーケルカメラを日本で最初に使用したのは本作であるとされており、この時借りたカメラが2年後スター・ウォーズにも使われたとか。

新幹線総合指令所

2002年に行われた監督のトークショーで「国鉄は外国人に弱い」という鉄道関係者からの証言を得て、外国の日本では全く名の知られていない俳優をドイツの鉄道関係者に仕立て上げ、デザイナーを案内役にして総合指令所の資料写真を得た。

余談

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