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シリウスシンボリ(ウマ娘)

うまむすめのしりうすしんぼり

メディアミックスプロジェクト『ウマ娘プリティーダービー』に登場するウマ娘の一人。モチーフは1980年代中期から後期にかけて活躍し、日本馬による長期海外遠征の先駆けとなったことで知られる競走馬『シリウスシンボリ』号。
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「ごちゃごちゃ言うんじゃねぇ!頂点くらい、すぐに取ってやる」

プロフィール

キャッチコピー世界一輝く星になる!カリスマ野心家ウマ娘
誕生日3月26日
身長167cm
体重興味なし
スリーサイズB89・W55・H86
靴のサイズ-
学年高等部
所属寮美浦寮
得意なこと-
苦手なこと-
耳のこと-
尻尾のこと-
家族のこと-
ヒミツ①小型飛行機の免許を持っている / ②行きつけのビリヤード場が国内外に複数ある
自己紹介シリウスシンボリだ! レースに御託はいらねぇ。黙って見てな。世界を獲って”最強”を証明してやるよ
CVファイルーズあい


「シリウスこそが最も明るい星だ」海外制覇を目指す、強気で自信家のウマ娘。
粗野で口も悪いが、そのタフさと自信に伴った実力から、多くの人を惹きつけるカリスマ性を持つ。
また、嘘や方便が嫌いなので口から出る言葉はすべて本気。
つまり、天性のタラシなのである。
公式ポータルサイトより)

概要

メディアミックス作品『ウマ娘プリティーダービー』に登場するウマ娘。実在の競走馬シリウスシンボリ』をモチーフとする。

アプリゲーム版配信前の2021年2月10日に実装発表、その後漫画『ウマ娘シンデレラグレイ』に登場、同年10月19日のゲーム版のサポートカード実装と共に声優が発表、翌日ゲーム版登場。アニメには2022年11月配信の『うまゆる』で初登場。

かなり粗暴なウマ娘で、トレセン学園内の不良落ちこぼれと見なされている生徒たちのリーダー的存在。
本人もアウトローな雰囲気は纏っているが面倒見は良く、自分に影響されてトレーニングをサボり始めたタマモクロスの後輩たちを説得したり、マンハッタンカフェのコーヒーショップを手伝ったり、様々な事情を抱えて思うように成績の伸びないウマ娘達を集めてトレーニングを行っていたりと根っからの不良というわけではない。
また「うまゆる」ではテーブルマナーを弁え食事、現代文を一瞬で解答し提出、ゲーム版ではナカヤマフェスタに興味を持ったトレーナーに丁寧な挨拶をしていたりと至る所で育ちの良さ・教養の高さを垣間見ることができる。

その一方で杓子定規な面がある生徒会に対して不満を持っており、シンボリルドルフエアグルーヴに対して意見を申し立てている。

シリウスが主に束ね、面倒を見ている生徒たちは、素行があまり良くないことや連日の欠席などから上記の通り不良と見なされているが、大半は「自身の体調や家庭環境などの問題で中々練習に参加、出席することができなかった」という「周囲の環境によりどうしようも無くなってしまった者たち」という方がより正確であり、シリウスのことを慕っている生徒たちも根っからの不良というわけでもない様子(実際にシリウスの元に集まるのは上手くいかないなりにレースで結果を残そうという意欲があるからで、本人たちが(悪意を持って)サボろうと思ってサボっている訳ではない)。

しかし通常多少の遅刻をした者には掃除係を命じたり壁に穴を開けてもポスターを張らせるだけの処置に留めるトレセン学園で練習する暇がないほど反省文の類いを提出させられている点などを考えると、学園の寮長たちが庇いきれないほど上記のような問題行動を繰り返している人物たちであるとも考えられる。

これらが積み重なった結果として問題行動を重ねる度に罰が増し、罰が増える度に練習の機会が失われるというまさに負のスパイラルへと繋がってしまっており、生徒会や寮長らが救いの手を差し出さなかったというよりはシリウスの元でしか最早結果を出せるであろう手段が残されていなかったという言い方が正しい。

彼女は「自分のことは自分で決める」ことを大事にしており、後輩たちにも「自分がどうしたいか」を真っ先に聞いてその上で助言している。
これについては後述するルドルフとの関係とトレセン入学前に起きた事件が大きく影響している。

ウまとめ


寮のルームメイトはナカヤマフェスタ

シリウスとルドルフ

ちょっかいかけたいシリウスと満更でもないカイチョー


シンボリルドルフとは幼馴染であり幼い頃は仲が良かった。
しかしトレセン学園ではシリウスはルドルフのことを「堅くて退屈」、「いずれ必ず見上げさせてやる」と語っており、ルドルフとは劇中で「水と油」と称されるほど険悪な仲。ただルドルフはシリウスと仲を深めたいと考えており、シリウスもルドルフが嫌いなのかと問われた際は「好きとか嫌いとかそう言うことではない」と話しているため、両者ともに互いのことを人間的に嫌悪していると言うわけではない様子。
詳しいことは二人のコンビ・カップリングタグにて。

容姿・デザイン

シリウスさん


髪は暗めの茶髪で腰の辺りまで伸ばしており、前髪にはしずく模様を上下反転したような大きな白い星が入っている。瞳は赤く、右耳には金色の波状の耳飾りを付けている。

无题


勝負服は全身のデザインが漫画『シンデレラグレイ』で初お披露目(ただし白黒)、フルカラーはゲーム版1周年記念イラストで部分的に確認できる。ゲーム版では育成未実装のためか汎用勝負服でGⅠレースに出走している、
黒のシャツの上から濃い緑のジャケット、スラックスを身に纏い両手に黒のオープンフィンガーのグローブをつけている。また至る所に赤の装飾が施されている。
右足の靴は白色で、この配色は(両手のグローブと合わせ)競走馬シリウスシンボリ号の前両脚と後左脚が黒で後右脚のみが白であることの再現と思われる。

漫画版

ウマ娘シンデレラグレイ

シリウスシンボリ


「ハッ…!最高のタイミングだ!誉めてやるよレースの神様!!」
野心家でビリヤードが得意。
日本ダービー優勝後にヨーロッパに渡り、海外のウマ娘と渡り合った実力を持つことから、「唯我独尊の開拓者」の異名がある。ゲーム版のシリウスと比べると荒さがあり目つきも柔らかくやや幼さが残る性格となっている。

本作では既に海外から帰国しており、函館記念では日本レコードを出したディクタストライカに敗れたものの、その後オグリキャップの出場する毎日王冠にて激突。

パドックでダンスをするなど派手好きのようだが、ダンス中にダイナムヒロインロードロイヤルといったウマ娘に自身は気づいていなかったが手足をぶつけて負傷させている(ロードロイヤルは鼻出血により出場取りやめに)。

気性も荒く、ダイナムヒロインたちによるオグリの徹底マークに巻き込まれる形で進路を塞がれた際には「クソが!!邪魔だぞお前ら!!」と叫んでいた。
GⅠ級の確かな実力者であったが、相手は芦毛の怪物。マークされ続けてからの最大外を廻ってすら差し切るオグリに「…ウソだろ?」と唖然とすることに。

ちなみに、作画担当のTwitterではシンボリルドルフの幼馴染であることが明かされ、幼い頃のシリウスがルドルフを遊びに誘うイラストが掲げられていた(現在は削除済)。

アニメ版

うまゆる

第4話「シリウスさんのお気に入り」でアニメ初登場。

ゲーム版

シリウスシンボリ


「何でもします、返してくださいだろ?」
ゲーム版へは配信直前の2021年2月10日に、シンデレラグレイと共に実装が発表され、その際に公式サイトのキャラクター欄にも追加された。
当時キャラクター欄72人の中で唯一、ゲーム内3Dモデルが登場していなかったが、同年10月20日にSRサポートカードとして実装された。

ゲーム版ではシンボリルドルフをはじめとした生徒会とのやりとりが多く見られる。
シリウスとシリウスが面倒を見ている生徒たちについてはエアグルーヴを初めとして生徒会も処遇には難儀していたようで、ルドルフも一定の期間に場所と教官を確保した集中的なトレーニングなどでこの問題を解決しようとしていた。

無論、これらの方法でも根本的な解決にはならないことは双方承知しており、両人がこの難しい問題をどう結論付けるのかはシリウス本人のストーリーの公開まで待たれるだろう。

サポートカード

  • SR[一等星は揺らがない]シリウスシンボリ

2021/10/20よりナカヤマフェスタ(SSRサポート)、マンハッタンカフェ(☆3育成ウマ娘)と共に登場したSRサポート。タイプは根性。
レースボーナスを10%所持しておりクライマックスシナリオでの根性育成に適している性能となっている。所持スキルはSSR同様中距離に特化したものを所持している。

  • SSR[Escorte etoile]シリウスシンボリ
ストーリーイベント「今宵、リーニュ・ドロワットで」の開催と同時に実装されたサポートカード。得意練習は賢さ。
トレーニング効果がない代わりに固有ボーナスで友情トレーニングすればするほど上昇量が上がるという特殊な効果を持っている。初期絆もあり、得意率が50と高めなのでそれを生かしてできるだけ多くトレーニングをすることで効果を発揮する。
所持スキル・育成イベント共に中距離、差しに特化したスキルのヒントを入手可能。
レアスキルは「起死回生」。レース終盤に後ろの方にいると加速力が上がる中距離スキルとなっている。発動条件は緩いものの効果時間が短いのが欠点。

カードタイトルのEscorte etoileはフランス語でスターを護るという意味。

競走馬「シリウスシンボリ

1982年3月26日生まれの鹿毛牡馬85世代)。父モガミ、母スイートエプソム、母父パーソロンという血統。
冠名から分かる通りシンボリルドルフと同じシンボリ牧場の所有馬(ただし名義はルドルフがシンボリ牧場だったのに対し、シリウスは同牧場オーナー・和田共弘氏)であり、ルドルフの1年後輩にあたる。
額の恒星のような星と、右後ろ脚についている白斑がチャームポイント。

主戦騎手は加藤和宏であったが、若駒時のシリウスシンボリの2走目、3走目に2回連続の騎乗ミスをしてしまう。
1度目の騎乗ミスはレースを失格になるほどのミスであり、続く2度目のミスでは出遅れて勝てるレースを落としてしまったと言われてもおかしくないものであり、当時の新聞などでは厳しく批判されたとの記録が残っている。
この騎乗に馬主の和田共弘が不満を持ち、乗り換りを要請したところ所属騎手を庇う調教師の二本柳俊夫と対立。組合まで巻き込んだ厩舎移籍騒動へと発展してしまう。

騒動直後の若葉賞(現:若葉ステークス)はルドルフの主戦であった岡部幸雄騎手を鞍上に迎えて出走し勝利するものの、結局皐月賞には出られなかった。この理由については上述の騒動が尾を引いたという説(JRA60周年本(発行元:トレンドシェア社))と、脚部不安によって回避したという説(優駿(発行元:JRA))がある。
その後は鞍上を加藤騎手に戻し、当時日本ダービーのトライアルレースとして開催されていたNHK杯(現在のNHKマイルカップの実質的な前身)に出走するはずだったが、脚部不安で回避して日本ダービーに直行することとなった。

その第52回日本ダービーでは、皐月賞を優勝したミホシンザンが骨折で回避したため本命不在という状況だった。
今度こそ鞍上を加藤騎手に戻して出走したレース当日。重馬場となり26頭が外側を回る中で、2着のスダホークに3馬身差を付けて優勝。シンボリ牧場は前年のシンボリルドルフに続いて2年連続でダービー馬を輩出した。

  • 海外遠征
日本ダービー優勝後、シリウスシンボリは1985年7月13日に日本を旅立ち海外遠征に出発し、約2年に渡って帯同馬・二本柳厩舎スタッフを一切伴わず1頭で欧州を転戦する(シンボリ牧場スタッフ・オーナーは少なくとも最初の数か月間同伴していたことが優駿紙上で確認されている)。
当時、世界は冷戦末期。東西陣営の対立が再激化したいわゆる「新冷戦」と呼ばれる緊張状態だったため、シリウスシンボリは現代とは違いソ連(現ロシア連邦)上空を通過せずアラスカを経由していくという空路で遠征を行った。

海外では和田共弘氏がスピードシンボリ遠征の頃から親交のあった3つの厩舎にそれぞれ所属。

帯同馬や二本柳スタッフが来なかった原因に関しての詳細は不明だが、当時は海外遠征のノウハウがあまり蓄積されておらず帯同馬や慣れ親しんだスタッフが必要との認識が薄かったこと、本来はシリウスがルドルフの海外遠征帯同馬の予定であったが、ルドルフが遠征の前哨戦として挑むはずだった宝塚記念の直前に故障してしまい、遠征が急遽中止となりシリウス一頭が遠征した事も一因と考えられる。
ちなみにシリウスの欧州遠征応援ツアーが旅行会社で企画され月刊優駿誌上でも募集されていたが、二本柳厩舎のスタッフは誰一人応援には来ることはなかった。

2年間で14戦し1度も勝利出来なかったが、成績は
G1...3着1回、4着1回、5着1回、着外3回
G2...4着1回、着外1回
G3...2着1回、3着1回、4着2回、5着1回、着外1回
となっており、優勝こそ出来なかったものの堅実に掲示板に入っており当時の日本競馬と海外競馬の隔絶した差や、母国からのサポートが乏しかった点を考えれば大健闘した戦績と言える。
中山馬主協会のサイトで紹介された際には「掲示板を外す事はほとんどなく堅実に走っています。」と評価されている。

海外を転戦してる間の1986年凱旋門賞では14着に終わる。なお、1着はダンシングブレーヴ(キングヘイローの父)であった。
1986年凱旋門賞ダンシングブレーヴ以外にも、ベーリング、シャーラスタニ、トリプティクなど錚々たるメンツが集い「史上最高のメンバーが揃った」と言われた地獄の第65回凱旋門賞であった事が彼の不幸と言えよう。

なお、ルドルフはその後復帰してジャパンカップ有馬記念を制し、1986年にアメリカ遠征に出発するが、初戦で怪我を負ってしまい遠征を中止して帰国。帰国後再度の遠征が計画されたが、結局引退して種牡馬入りした。
もしルドルフが引退していなければ秋からヨーロッパに渡り、この年の凱旋門賞に出走する予定であったが、本来ルドルフの帯同馬として遠征するはずだったシリウスとルドルフがヨーロッパで合流するかどうかは、永遠に不明となってしまった。

  • 帰国後
その後、シリウスは1987年(旧6歳)秋に帰国し、毎日王冠で復帰。
7歳となった翌1988年も現役を続行するも、毎日王冠の2着が最高で、結局帰国後は一度も勝てないまま天皇賞(秋)で7着になったのを最後に骨折して引退した。
なお、同期の二冠馬であるミホシンザンとは一度も対戦がなかった。

他のモガミ産駒と同様に気性が荒く(ただし、後述するが1985年当時の証言とは食い違っている点に注意)、1988年の毎日王冠ではダイナアクトレスレジェンドテイオー回し蹴りを喰らわせたことでも知られる。(その後レジェンドテイオーは競走除外に追い込まれた)。なお、こちらの回し蹴り事件、報道によると「3歳時から蹴り癖リボンを付けていた」と主張していたとの記録が残っているが、3歳時の写真と4歳時の尻尾の写真を持ってる人の写真を見るとどこにもついていない。
偶然にも複数写真に残ってないだけの可能性はまだあるが、なかなか不思議な話である。

  • 引退後
引退後はブリーダーズスタリオンステーションで種牡馬となるも、'96の京都4歳特別(京都新聞杯の開催時期移動に伴い廃止)2着からダービーに出走したオーシャンカレントが目立つくらいで重賞戦線を賑わす馬は残せなかった。
その後は当時種牡馬シンジケート会会長であり獣医師でもある沖田正憲社長の沖田牧場(北海道シンボリ牧場の隣の牧場)で余生を送る。
沖田牧場では当て馬の役割を務めていたのだが、当て馬事件(配合予定でない牝馬と配合してしまうもの)があったという噂が存在するが、種付け数や交配相手の割り出しの調査結果などから推測するとその事件が起こった可能性は信憑性が低く、デマの可能性が高いため取り扱いには要注意(そもそもこの当て馬事件はシンボリ牧場で引退という誤情報を出してたまとめ動画内で言われてたと思うので大元から間違ってる可能性があるが…)。

現役時は激しい気性で知られていたが、晩年は小さい子供にも顔を預けて甘えるような良いお爺ちゃんになっていたという。

ちなみに、現役時の気性が激しいという証言は出典なしでよく言われているが、1985年当時の優駿の取材や証言では
「デレデレした馬」(岡部騎手の証言)
「触ったら鼻を寄せて甘えてきた」(シリウスを運んだパイロットの証言)
「神経が太い、動じない馬」(岡部騎手、木村幸治氏)
などの証言や、
「和田共弘氏がシリウスの足もとにしゃがみこみながら語りかけている写真」(気性が荒い馬の傍でこんなことしたら危険です)などが残っている。

そうして余生を過ごしていたシリウスシンボリだったが、2012年4月8日、老衰のため死去した(ちなみに、前日の4月7日にはメジロパーマーが死去している)。30歳没。前年にはルドルフも30歳で没しており、その後を追う形となった。
死後遺体はシンボリ牧場に引き取られ、シンボリ牧場の名馬たちが眠る墓に葬られている。なお、その墓石に刻まれている名前にはスピードシンボリ、パーソロン、モガミ、シンボリルドルフ、シリウスシンボリ、シンボリインディが確認されている。

念のための注意だが、シンボリ牧場は90年代から一般人の見学を禁止しているため、お墓参り・見学などは一切不可能であることに注意。
過去には某一口馬主クラブに入っていれば特典として見学ツアーがあったのだが、現在は関係者以外は一切入ることができないハズである。

  • 史実におけるシンボリルドルフとの関係
シリウスシンボリとシンボリルドルフは1歳違いであり、シンボリ牧場が特別に目をかけ実力がある2頭のみが入れる馬房で暮らしていたという証言が様々な著名な関係者からある。
シリウスはヨーロッパに遠征するまでルドルフと暮らし、帰国後はルドルフが引退していたため同居生活は約1年ほど。

この2頭の相性などについては様々な証言があるが当時のものを列挙すると
・牧場スタッフ(ルドルフ写真集より)「2頭を近付けると激しい気迫をお互いに見せけん制し合った」
・牧場スタッフ(密着取材をした記者の本より)「ルドルフと併せ馬をした相手は皆つぶれるが、シリウス1頭だけは何回やっても折れず、闘志を燃やして食らいついていった」
・岡部騎手(JRAかわら版)「シリウスは『行け』と言われても自分からルドルフには近づかなかった」
・岡部騎手(ルドルフの背)「ルドルフは馬の好き嫌いが激しく、自分の嫌いな馬は近寄らせなかった、シリウスとは相性が悪かったし、シンボリレーブ(シリウスの弟)はいつもルドルフに怯えていた」
・写真集・優駿などの写真「2頭が一緒に訓練したり走ったり水遊びをしている写真」

などのものがありお互いに仲が悪く進んで近づこうとはしないが2頭きりで身近に生活したりトレーニングすることは許容できる程度の間柄ではないか…というあたりが想像できる。

このように現役当時の証言を集めると「シリウスはルドルフに対して怯えていた」とか「シリウスはルドルフの舎弟だった」という話はないはずなのだが現代では何故かこちらの噂の方が信じられている。
「シリウスの弟が常にルドルフに対して怯えていた」とか、「1歳違いで牧場内でいつも2頭で生活・訓練していたため兄貴分・弟分と周りが呼んでいた」のが時間が経つにつれ尾ひれがついていった可能性はある。

余談だが最近だと2022年に発行されたNumberの記事でも「シリウスはルドルフの前では大人しかった」という話が載っているが、こちらを書いた記者の人がまさに自著の「名馬を読む2」中で「シンボリ牧場について最も詳しく取材した人」として名前を挙げている人が著作の中で書いていたのが「ルドルフと併せ馬をした相手は皆つぶれるが、シリウス1頭だけは何回やっても折れず、闘志を燃やして食らいついていった」という内容である。
ちなみにNumberに記事を書いた記者はルドルフ・シリウス現役時にはまだ24歳ほどで当時の優駿などで取材を行っていた記録はない。古い馬について知ろうとする際には時系列などにも十分注意を払い、できるだけ尾ひれがつく前の物を探すようにした方がいいだろう。

  • 関係性に関する注意
上記の競走馬のシリウスシンボリについて触れた記事内でもいくつか散見されるが、この馬にまつわるエピソードには多くのデマらしきものが見受けられる。
実際に調査を行った人がソースを見つけたという大きなものを列挙するだけでも

・転厩騒動の経緯(当時の優駿などの記述と週刊誌で報道された記事が大きく違う)
・海外遠征の際の経緯(当時の優駿などの記述とファン間の噂が大きく違う)
・蹴り癖(当時の残された写真と報道が大きく違う)
・気性(当時の関係者の証言とファン間の噂が大きく違う)
・ルドルフとの相性(当時の関係者の証言とファン間の噂が大きく違う)
・当て馬事件(当時の種付けデータとファン間の噂が大きく違う)

など、当時の写真や資料記録や調査結果と現代に伝わっている話が大分ズレているようだ。二次創作にこれらの要素を取り入れる時は注意を払った方がいいかもしれない。

また、やや別件だがシンボリ牧場に関連するデマらしきものとしてソースが見つかっているものでも
・シンボリルドルフのJCと菊の選択(当時の優駿・スポーツ新聞などの記述とファン間の噂が大きく違う)
・シンボリルドルフ遠征後の美浦の預託数(当時の預託数データとファン間の噂が大きく違う)
・シンボリクリスエスの引退レースの実情(調教師の証言とファン間の噂が大きく違う)

なども現代に伝わっている噂と資料の調査結果が真逆だったりと、どうも何か変な噂が多々ある。ソースが不明な話には迂闊に乗らないよう注意しよう。

史実で対戦経験のあるウマ娘

※強調はシリウスシンボリが先着したレース
(※)はウマ娘シンデレラグレイのオリジナルウマ娘。

トップシュンベツ(※トウショウサミット)…85年東京優駿 87年毎日王冠
          88年青函トンネル開通記念 函館記念 88年毎日王冠 天皇賞(秋)
ダイナムヒロイン(※ダイナアクトレス)…87年毎日王冠 天皇賞(秋) 
          88年毎日王冠 天皇賞(秋)
アキツテイオー(※ニッポーテイオー)…87年毎日王冠 天皇賞(秋)
ロードロイヤル(※レジェンドテイオー)…87年毎日王冠 天皇賞(秋) 
          88年毎日王冠(☆) 天皇賞(秋)
 ☆……パドックでシリウスシンボリに蹴り飛ばされ負傷、競走除外
ロングリブフリー(※ランニングフリー)…88年毎日王冠 天皇賞(秋)
メリービューティー(※メリーナイス)…88年函館記念
マッシヴバイキング(※ボールドノースマン)…88年毎日王冠 天皇賞(秋)
メシアオブマイン(※マイネルダビテ)…88年毎日王冠
タマモクロス…88年天皇賞(秋)
ディクタストライカ(※サッカーボーイ)…88年函館記念
オグリキャップ…88年毎日王冠 天皇賞(秋)

関連イラスト

シリウスさん
シリウス「上手におねだりしてみろよ」
シリウスシンボリ
一生懸命クレーンゲームしているところを見かけた


シリウスシンボリとなぜか一打席勝負することになった
返してほしいか?
シリウスシンボリと夏合宿
センシティブな作品


シリウスシンボリ
よそ見すんなよ?
シリウス


シリウスシンボリ
シリウスにもゴルシポーズしてもらった
无题
シリウスシンボリ


シリウスシンボリ
メイド服シリウス
ウマ娘ちゃんにブレザーを着せ隊
シリウスシンボリ


suit2
シリウスシンボリ
シリウスシンボリ
🌟3



関連項目

ウマ娘プリティーダービー
ウマ娘プリティーダービー(ゲーム)
ウマ娘シンデレラグレイ

シンボリルドルフ(ウマ娘):モチーフ馬は同じパーソロンの血を引く馬にしてシンボリ牧場の1年先輩だが、対戦は1度もなかった(ただし牧場内では常にルドルフのペアのように見られ、住んでいた馬房も2頭きりの場所であった。また、牧場従業員が雑誌『優駿』に投稿(後に優駿で連載)していた絵や漫画では、よく2頭で絡んだり遊んだりしている絵が残されている)。

シンボリクリスエス(ウマ娘) - 冠名が同じ。ただし外国産馬のため生産者が当時のシンボリ牧場代表者である和田孝弘(Takahiro Wada)氏になっている。

タマモクロス(ウマ娘):2度対戦し、どちらもタマモクロスが1着。
オグリキャップ(ウマ娘):2度対戦し、どちらもオグリキャップが先着。

トウカイテイオー(ウマ娘):史実ではルドルフの代表産駒。ルドルフに憧れているためシリウスシンボリを目の敵にしている。なお、両者ともパーソロンの孫に当たるため、人間で言うところの従兄弟関係となる。
ちなみに中の人同士は、「トロピカル~ジュ!プリキュア」の主題歌を担当したという繋がりがある。ウマ娘プリキュアダービー

キングヘイロー(ウマ娘):凱旋門賞で優勝したダンシングブレーヴの子。
ナカヤマフェスタ(ウマ娘):シリウスシンボリと同室。史実では世代が大きく異なるが、凱旋門賞出走・馬主同士の仲がいい(&シリウスの馬主はルーレットとブラックジャックが好き)・シリウス引退後の牧場とナカヤマフェスタの馬名の第2希望のつながり等、色々な理由がありそうだ。

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