「ガメラは少年のために。少年はガメラのために。」
概要
2006年4月29日に公開された、松竹配給、角川ヘラルド映画製作の特撮映画。
現時点おけるガメラ映画作品としては最新作である。
作品タイトルは公式で表記揺れがあり、公開当時は「小さき勇者たち」がメインタイトルとして大きく表示され「GAMERA」が副題として小さく添えられた「小さき勇者たち GAMERA」
後のDVD等の他媒体での展開では改めて「ガメラ」の一作品である事が強調され「小さき勇者たち」を副題として小さく添えた「小さき勇者たち〜ガメラ〜」と表記されている。
北米版のタイトルは「GAMERA THE BRAVE」となっている。
「ガメラを主役にした怪獣映画」というよりはガメラを知らない人向けに作った「少年とガメラの交流を描いたジュブナイル映画」の側面が強く、当時のポスターのデザインなどにもその傾向が表われている。
しかし怪獣映画としても抜かりはなく、敵怪獣による容赦のない捕食シーンなどの過激な描写もあり、その二面性を両立できているかは賛否が分かれている。
登場するガメラの詳細は「角川ガメラ」「アヴァンガメラ」「トトガメラ」の記事に纏められている。
当てられた制作予算は10億以上と歴代と比べて破格だったとされるが、実際はかなりの金額が自治体や企業などとの様々なタイアップや宣伝費や飼育費などのために消えていったとも言われ(実際、実物大のトトを運搬した地方宣伝は北海道から熊本まで行われた)、実際の純粋な製作費はそれほどでもなかったのかもしれない。それでありながら最終的な興行収入はわずか4億ほどだったとのことで、結果だけで言えば本作は失敗に終わったものと見られている。
何より前3作の時のようなハードでリアルな雰囲気を好み、それを期待していた層は本作の作風に対して強い落胆を感じたともされている。
当時はかつてない怪獣映画の氷河期であり、また当時の子供たちへのガメラの知名度、上記の通りの製作事情、母親達や女児が入りやすいファミリー路線などを狙った結果のタイアップや作風である。つまり、歴代の例に洩れず製作には多大な試練と苦労があった。
なお、小さき勇者たちのタイアップ企画で、アメリカではカートゥーンネットワークによるガメラのアニメの制作が発表されていたが、その後に頓挫した。
作品のスタンス
この作品では金子版という呪縛からのガメラの解放が意図されており、「ガメラ=子供の味方」というスタンスが再び強調された。ただし、手のひら大の子亀から急速に怪獣化して子供たちの協力により状況を打破する(しかも体長20m前後)というのは金子版の最初期に練られた構想でもあった。
本作のコンセプトは『大怪獣空中決戦』のプロット制作に関わった小中兄弟が出した原案を元にしているとされ、映画秘宝ではそれを指して小中ガメラと呼んでいた。
その時の小中兄弟の構想は後に『デジモンテイマーズ』の作風に影響を与えたといわれている。
また、金子版に携わっていた上層陣からは前シリーズとはまったく異なる方向性でいかないと協力を断るという姿勢があったのも事実であるようである(『平成ガメラ パーフェクション』より)。この方向性は東宝の『平成モスラシリーズ』の成功と『ゴジラ FINALWARS』の失敗の両方が関係していると同書籍にて記載されている。
ちなみにこれは昭和ガメラの『大怪獣ガメラ』と『宇宙怪獣ガメラ』、つまり大映と徳間大映のそれぞれの第一作目にも共通することである。
あらすじ
1973年、三重県志摩。怪獣ギャオスの群れとガメラの最後の戦いが繰り広げられていた。
数で押されていたガメラはギャオスの群れを巻き込んで自爆し、相打ちとなった。それを見た人々はガメラが人間を守ってくれたと喜ぶ。その中には少年時代の相沢孝介がいた。
それから33年後、大人になった孝介の子供、透は交通事故で母を失ってから初めての夏休みを迎えていた。
ある日、沖の緋島に謎の光を目撃した透は謎の赤い石と卵を発見。卵の中から孵化した子ガメを母が自分に付けたあだ名にちなんでトトと名付ける。
しかしトトは異常な成長力をもち、空中を舞った。透の隣に住む幼馴染の西尾麻衣はトトをガメラではないかと疑うが、透はそれを否定する。しかし1m近くに成長したトトは透の前から姿を消してしまった。
そのころ、日本の海域では不審な船舶沈没事故が相次いでいた。
キャスト
スタッフ
主題歌
ETERNAL LOVE | mink |
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関連タグ
ガメラ大怪獣空中決戦、デジモンテイマーズ、ウルトラマンティガ:本作と同じ脚本に由来する作品。
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