ケータイ小説
けーたいしょうせつ
2000年代に流行したWeb小説の一ジャンル。単に『携帯端末上で閲覧可能』であるだけではケータイ小説とは呼ばれず携帯電話の中でも特にフィーチャーホン(ガラケー)での閲覧を前提としたもののみを指す。十代女子を対象とした作品が多かった。
ブーム到来を前後してスターツ出版らが専用レーベルを立ち上げ、雨後の筍のように書籍化が相次いだ。
※補足
一般的にはケータイ小説=ガラケーで執筆・閲覧する恋愛小説というイメージであるが、その当時の投稿サイトにおける傾向は2010~2020年代のWeb小説のそれと大差がなく、こうしたサイトには恋愛物以外にも『カイジ』のようなパニック・デスゲーム物やライトノベルの書式を模したセカイ系物、ゴチゴチの二次創作なども多く存在していてカオスなレベルで多彩であった。
ただ単に、メディアがごり押ししまくったのが恋愛物であったというのが実態である。
以下は、主に当時主流であった恋愛小説としてのケータイ小説の解説である。
特徴
携帯電話の狭い横書きの画面での閲覧を前提としているため一文一文が短い、読者のレスポンスを受けながら執筆されるため次々と衝撃的な事件が起こり展開が早い(=超展開)などの特徴がある。
Web投稿小説の側面をもつがゆえに作者の多くは無名の人物(つまり実力はバラバラ)であり編集の目の無い創作物が大本という性質上、基本的な文法に難が見られる、漢字変換の少なさ、文芸作品であるにも拘らず絵文字が多用されている、ストーリーや登場人物の言動との因果関係の描写が希薄orスルーされているといった指摘がブーム最盛期からされていた。
これらの部分は櫻井翔主演の『ザ・クイズショウ』や久米田康治の漫画『さよなら絶望先生』等でもネタにされた。
内容は、主に性描写の多い恋愛小説でティーンズラブ(TL)との共通点が多いが、ギャル系の作者の実体験をもとにしているとの触れ込みの作品が多く、現今のTLとはややズレがあった。2000年から公開されたYoshiの『Deep Love』がこのジャンルの元祖と言われる。SNSの普及に押されたこととギャル文化自体の衰退により、ジャンルの集大成ともいうべき『恋空』がメディアミックスされ出した2008年前後にブームは沈静化。スマートフォンの普及後はWeb小説一般に吸収され、スマホ小説/TL小説に移行している。
第1次ブーム
2000年1月1日、Yoshi(※男性)という人物が有限会社ザブンを設立してiモード対応の若者向けのケータイサイトの事業構想を練り始める。
この当時の携帯端末はパソコン用サイトを閲覧できない、閲覧はできるが重すぎる、閲覧できても操作手順等がガラケーに対応していないという制約が多くみられ、これに対応するのに別個に「ガラケー対応のサイト(=ケータイサイト)」いう形態でパソコンとガラケーで全く別の文化圏が存在していた。
そして世間が注目していたのは意外なことにガラケー側のインターネットであった。というのも、PCゲームが廃れて久しい2000年代の日本ではパソコンは事務用品か(当時イメージがよろしくない)アキバ系の玩具のような扱いであり、対してガラケーは世界で最も早くモバイルインターネット接続を立ち上げ日本のハイテクの象徴として鼻息荒く、人口的にも幅広く普及しているガラケー側のほうがよりエンタメ的に有利であると考えられていた。
Yoshiもこれからの時代ではガラケーがビッグコンテンツになると予感し、そのユーザーの多数派になるであろう若者に狙いを絞った。
2000年5月に、ケータイサイト「Zavn」を立ち上げる。サイト立ち上げ当初は1日5〜10人程度しか閲覧者がいなかったが、Yoshiは渋谷センター街でサイトのURLを書いたビラを配り、2,000人以上の女子高生に名刺を配り宣伝を行い、最終的にサイトへのアクセス数は10万件を超えるまでになる。
当初は渋谷で撮影された若者を映した200人程のデジタル写真をメインにしたフォトサイトのようなものであったが、Yoshiは「人が何かを考える『きっかけ』作り」として、2000年5月より同サイト内で週刊で『Deep_Love』を連載開始する。この当時のiモードには「文字しか配信できない」「1回に配信可能なデータ量は1,600文字」という技術的制約があり、それが連載形式の理由であった。
ストーリーは「17歳で援助交際を繰り返す主人公が、ひとつの出会いをきっかけに、傷つきながらも少しずつ心を取り戻り、愛を見つけ出していくという話」で、その内容は当時のギャルや渋谷系の若者の風俗や思考パターンに寄せたものであった。また、週刊で、しかも原稿用紙2枚分という限られた文字数のなかでユーザーの心をつかむ為に、物語はかなりキャッチーな展開が連続するものであった。これらは元予備校講師であったYoshiのポテンシャルが大いに発揮されたもので、最終的にサイトの主な顧客である(多くは読書習慣がない)てゆーかマジでイケてるうちらナウなヤングでも取っつきやすい文体となっていった。
これがサイト利用者を通じた口コミで10代を中心にバズるにバズり、配信から3年後には2,000万アクセスを記録した。
読者からの強い要望でYoshiは自費出版に踏み切り、最終的に『アユの物語』『ホスト』『レイナの運命』の3部作合計で10万部を出荷した。
これを聞きつけた各出版社がYoshiに一般書籍化のオファーをするが、その多くが「内容がアレだから表現内容を見直せ」ということを条件にしていた。Yoshiはクオリティの維持等を理由に拒否し、結局、自ら出版社探しを行いスターツ出版と契約、原文のままの発行されることとなった。その際、新たにサイドストーリーを加え、横書きで左開き、広い行間、大きな文字といったケータイメールを読んでいる様な感覚を書籍の体裁に取り込んだ。
(この形式は後発作品でも取り入れられる。)
発売後、3ヶ月で発行部数10万部を突破した。最終的に『Deep_Love』シリーズは一般書籍売上ランキングの上位を維持し続け、2004年12月には250万部の出荷数を突破し、漫画化や映画化とメディアミックスが続いた。
特筆するべきは、ケータイ小説はおろか後に商業化されるWeb小説一般のテンプレやフォーマットを構築し、一般に認知・流布させたのは、一人の男性がほとんど独力で行った事業であったことであろう。
第2次ブーム
こうした影響を受けて、2006年以降よりガラケーユーザーをメインにしたのモバゲータウン(現エブリスタ)や魔法のiらんど等々が小説投稿サイトとしての頭角を表し出す。
ここでは、『Deep_Love』のテンプレに従来の少女漫画やTL作品の要素などを混ぜた投稿作品が増え始め、人気ランキングでも上位を占めるようになる。これら投稿サイトはmixiなどのように会員制のSNSとしての別面を持っていて、100万~1000万人前後の潜在的なユーザーを抱えていたことも大きく作用した。『Deep_Love』の成功を見てきた各出版社はこぞってこれら作品を自社の商業ベースで一般書籍として出版していった。
こうしたことから、「ケータイ小説=(『Deep_Love』のような)現代の若者の恋愛小説」というイメージが出来上がる。
これら出版社は、ケータイ小説を商業展開する際に都市部よりも地方の書店において強くキャンペーンを展開し、キャッチコピーに「作者の実体験」というものが多く付くようになる。これは、地方の中高生にシティーガール由来の流行という形で「布教」することで広く人気を稼ごうという意図があったとされる。モバゲータウン等では運営側が書籍化された作品の作者と芸能人ら著名人との対談を企画するなど自ら流行を煽っていき、各メディアも様々な形でこれをとりあげた。
ガラケーからスマホへ…
しかし数々の実写化によって多くの目に触れ、各地で酷評されブームは沈静化。
さらに2008年以降からガラケーを駆逐して携帯端末の首位に躍り出たスマートフォンではパソコン用サイトを普通に閲覧・利用できる使用になった為に、フィーチャーホンサイトの必要が徐々に消滅し、2010年代中盤頃にはこれらサイトの多くはサービスを終了するか一般サイトへと統合されていき、先述のエブリスタ等もこれに倣う。
こうして、ガラケーの全盛期の終焉と共にイメージ化された『ケータイ小説』も終わりを迎えたのであった。加えて、商業化されたケータイ小説のバックボーンであったギャル文化そのものがガラケー文化圏と共に2010年代半ばにはほぼ完全に衰退してしまった。
読む人を選ぶの一言に尽きる。
- 当時の女子高生ら若年層の女性からは恋愛描写等を自身の体験や思慕に照らし合わせて共感できると話題を呼び、絶大な人気を博した。ライターの杉浦由美子は著書『ケータイ小説のリアル』にて「読んで元気を出すための自己啓発書のような消費をされた」と指摘した。
- 反面、前述のように従来の小説作品においては最低限は是正されているべき問題点がお座なりになっている&倫理・常識的に矛盾が生じている作品でも実体験という触れ込みで出版されたために辛口な批評家からは「偽史的想像力」等の揶揄をされた。(これは、「校正を最低限にしてサイト掲載時の雰囲気で出したほうが売れる」という出版側の判断があったと考察される。)
- 文章や表現的な部分で奇抜であったのも評価を分けた。例…『バリやばい』(Deep_Love)、『ぁりがとぅ』『川のような人』(恋空)ect
- 加えて、(執筆者がノリで書いていく部分が多かったせいか)従来のプラトニックラブと比較して描かれているものが男女間の私的な情念な部分に偏っていることや、設定やストーリーが一貫していない・崩壊している作品も多い。というか、全般的に奇抜な描写や展開が目白押しな作品ばかりで、AIDSに患りながら援助交際して彼氏の手術代を稼ぐ、あるいは、デートの次の場面で彼女が誘拐&レイプされるが事後の彼女の下に「愛の力」で彼氏が駆けつけ彼女も案外にケロッとレイプ被害を受け流すといった何かが破綻したものが連続することも珍しくなかった。
- 正直なところ、真剣に創作を手掛けている界隈からも流行に関する考察・研究の対象にはされたものの骨太な構成・ストーリーを形作る素材には向かないと判断されていた節が結構ある。大場つぐみは自身の作品『バクマン。』第3話の中で(ケータイ小説と明言こそしていないが)そのテンプレの内容を恋愛や友情の他にセックス・レイプ・妊娠・中絶・不治の病とした上でその評価を「少女漫画」「(自主規制)恋愛小説」とした。作家の本田透はこれに自殺と真実の愛を加えて『ケータイ小説七つの大罪』と評した。※場合によってはこれにドラッグやリストカットが加わる。
- 恋愛小説な作品だけに目が行きがちなケータイ小説だが、『王様ゲーム(小説)』などパニック・ホラー系の作品もブームを引っ張った。一部には、これら当時の中高生をターゲットにした作品群の源流の一つに『リアル鬼ごっこ』が上げられることがある。そして、これらの作品に付きまとった批評も同作と同じで……
- 社会学的な背景としては、当時の若者世代は戦後日本で好景気を知らない最初の世代であり、その親の世代は教養主義が衰退した後の世代(しらけ世代以降)である点が特徴である。またファスト風土化との関係も指摘される。
こうしたことから、文芸界からは「小説をほとんど読んだことのない作者によって書かれ、小説をほとんど読んだことのない読者に読まれている」と皮肉られることに。
さらにオタク層や当時のオタクの中心であった2ちゃんねらーからは「こんな内容も文章も破綻した作品が流行るって舐めてるのか」と批判されることになった。特にオタクは長らく諸々の理由で謂れのない(?)白眼視に晒されることが多かった為に、ケータイ小説もアングラ的な部分を多く含むにも拘らずメディアに持ち上げられたことへの反発が強かった。
この頃のマスコミはケータイ小説を新しい若者文化の形として盛んに取り上げ、テレビはケータイ小説実写化を盛んに特集する一方、深夜アニメあたりの存在は完全スルー、事件の犯人がオタクだった時だけ取り上げるという状況だった。ガラケー文化圏とパソコン文化圏であり直接的には対立していなかったにも拘らず、マスコミのために対立が作られたといってもいい。
中にはある種のネタコンテンツとして面白がる向きも出始め、一部ブロガーの中には映画化されたケータイ小説をわざわざ視聴し、その奇抜な部分や矛盾点のみを列挙するというアンチ行為に及ぶ者も多く出没した。
何でブームになったのか
多くの当事者や批評家からは「文章が砕けていて展開も早く、頭を使わず読めたから」と言われる。内田静枝が指摘しているように、若者の流行とは教科書的なお堅いものから外れて自由奔放な方向へと向かいやすい部分があるが、紙媒体の書籍という完成されたものではなくガラケーという当時の中高生を象徴するツールを介して展開される限られた世界観への新鮮さがブームの根底にあったのでは?とは今でも言われること。
ただし、感性が合致さえできればの話だが。
このジャンル、戦前のポエムや戦後のマンガやJ-POP、近年のライトノベル以上に構成や文章、世界観がかなり独特であるためにその文化面での意義が大きく問われることになった。
付け加えるならば、ガラケー専用の投稿サイトという限定された範囲を介してのブームという性質上「若者層全員が支持したわけではない」。そのため、その当時の中高生間でもケータイ小説に関する(ある種異様な)盛り上がりを奇異な目で見る向きも当然ながらあった。ブームのバックボーンがギャル系文化という‘規模の大きいマイノリティ’、あるいはその当時のシティーガールの流行に大きく依存していたことから、これらが時代の変遷と共に衰退していくのに合わせてケータイ小説も大きく後退を余儀なくされたのは必然ではあった。
影響
ケータイ小説が文化的な恒久性を得られなかったもう一つの原因は、商業文芸のレベルとしては著しくクオリティが低かったことも大きい。結果、大衆レベルで支持を得ることができなかった。
出版業界の功罪も大きく問われている。出版社および編集者には作品を構築するクリエイターはもちろんジャンル・レーベルそのものの成長と発展を支援していくという義務も生じるはずなのだが、同ジャンルの商業展開はどの出版社も明らかに利権狙いのイナゴ商法な側面が大きく、展開の速さこそ称賛できようが結局はその発展に寄与するどころかむしろ衰退を加速させた部分が少なからず見られる。『Deep Love』のYoshiが当時の女子高生ら『を』対象とした作品作りを行い「難解な表現を使って読者に理解してもらえなくなることを避けた」(本人談)という方針を各方面が引き継いだ形となったが、結果としては当時の女子高生『しか』解らないコンテンツとなってしまった。
(多分に結果論な部分もあるが…。 付け加えるならば、ブームの火付け役であるYoshiの顧客層の開拓と作品の発展への情熱は結構マジであったようだ。参考)
こうした傾向は、某指定暴力団より新文芸と命名された後代のなろう作品その他の商業化されたWeb小説群にも同様で、一部出版社の節操の無さが非難されると同時に文芸界隈のアタリショックが起きているのが現状である。「品質はぶっちゃけ悪いが、ネット民、特に若者の鬱憤に訴えかけて支持を得る」という手法はそのままWeb小説に受け継がれている。
しかしWeb小説の場合オタク層が相手であるため、母数の多さもさることながら、移り気なギャルよりも好きな作品の熱烈な信者としやすく、ギャルよりも金を落とさせることができている。ある意味ケータイ小説以上に悪質である。
ケータイ小説にしても、web小説にしても、現代っ子がいかに文学が嫌いかということが如実に現れている。学校で盛んに行われている読書運動も、効果をあげていないのだろう。
もっとも一般文学もいまや村上春樹ぐらいしか売れないと言われて久しく、現代詩に関してはジャンル自体が壊滅している。
ケータイ小説は文学の時代の終わりを飾ったのだ。
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