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フル・フロンタル

ふるふろんたる

「機動戦士ガンダムUC」の登場人物。フル・フロンタルとは「丸裸」という意味。
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CV:池田秀一

人物像

宇宙世紀0096年時点でのネオ・ジオン残党(通称「袖付き」)の首魁にして、『赤い彗星の再来』と云われる天才的パイロット。階級は大佐。
その素顔や声・口調はシャア・アズナブルに酷似しており、シャアの記録映像を見たことのある者にもそっくりと言わしめる程である。

フル・フロンタルとは丸裸、つまり本人曰く「隠し立てすることは何もない」という意味であるが、その名とは裏腹に真意を窺い知れぬ謎めいた言動でバナージ達を翻弄し、赤い彗星の名に恥じぬ高いMS操縦技量とカリスマ性を以ってネオ・ジオン残党を率い、地球連邦軍と「ラプラスの箱」を巡り争奪戦を繰り広げる。

自らを「ジオンの理想を受け継ぐ者たちの意志を受け入れる器」と定義しており、周囲が望むのであれば自分はシャア・アズナブルで有り続けると語る。しかしシャアを「敗北した人間」と冷たく見下して自身との同一性を否定する一方で、シャア本人にしか知りえない独白や経験を知っている素振りを見せ、正体を伺わせない。
態度や物腰はやや棘のあったシャアとは異なり、洗練された紳士的かつ穏健派なもので、敵軍からの要求も利があるならば拒否せずに素直に応じてみせるなど政治的駆け引きにも長けており、言い換えればかつての彼よりも腹黒い策士の面を持つ。

常に銀色の仮面で素顔を隠しているが、本人の談によると「ファッションのようなもので、シャアだというプロパガンダのためのもの」と語っており、バナージから仮面を取ってほしいと頼まれた際にはこだわること無くあっさり外している。額にはシャアがアムロとの決闘のときに付けられたものと同じ形状の傷跡がある。
また、宇宙での戦闘ではシャア同様にノーマルスーツを身につけず軍服のまま戦場に赴いている。しかし、かつてのシャア本人のイメージとは大きく異なる印象の軍服である。

当初は専用カラーのギラ・ドーガを乗機としていたが、シナンジュをアナハイムから強奪し、以降それを専用機とする。シナンジュ強奪前は、バウを改修したリバウを専用機とする予定であった。
先述のようにそのMS操縦技量は極めて高く、殺人的なG負荷によって常人には到底扱えないMSであるシナンジュのスペックを十全に引き出し、デストロイモードのユニコーンガンダムと互角以上の戦いぶりを見せる。

正体

以下の内容は機動戦士ガンダムUCのネタバレが含まれます。閲覧の際には十分注意して下さい。









その正体は、ネオ・ジオン残党によってシャアの生前のDNAマッピングをもとに作られた人工ニュータイプ
ネオジオン残党を陰から支援していたジオン共和国防衛大臣モハナン・バハロが、ネオ・ジオン残党が衰退して烏合の衆になってしまうことを危惧し、彼らを糾合させる為のカリスマとして創り出した存在であり、かつてのネオ・ジオンの総帥であるシャア・アズナブルに酷似した容姿や声もまた、その役割を果たすために意図的に似せられたものである(※1)。
ただし、フロンタルが具体的にどのような技術・方法で生み出されたのか(整形かクローンか等)は劇中では敢えて明かされていない(※2)。

作中にてデブリの中を『通常の3倍のスピード』でネェル・アーガマへ接近するなど全編を通してシャア・アズナブルを思わせる演出が為されているが、そのストーリー上の役割は他のガンダム作品に登場するような『シャア・コピー』ではなく、シャア(あるいはその盟友にしてライバルであるアムロ・レイや、ガンダムUCの主人公であるバナージ・リンクス)を全否定する、『アンチ・シャア』『ネガ・シャア』とでも言うべきもの(※3)。
例えば「認めたくないものだな…若さゆえの己の過ちというものを」と発言したシャアに対し、彼が「過ちを気に病むことはない。ただ認めて、次への糧にすればいい。それが大人の特権だ」という発言をしたのもその一つである。シャアは人類に絶望してアクシズを地球に落とそうとしたとき、それでも住めなくなった地球を脱した彼らに革新が訪れることを願い、信じていた。そんなシャアとは正反対に、「ヒトは変わらない。変わろうともしない」と人の心の善意や可能性を完全に否定し「虚しいだけ」と断じる極めて冷徹で現実主義に徹する人物である。

なお、原作者の福井晴敏氏によれば「大人ということを自覚的に武器にして使ってくる男」であり、「大人をやっているつもりでどこか青臭さを残していた」シャアと比べて遥かにしたたかな人物として描いているという。
シャアがその名声とカリスマ性とは裏腹に、ララァ・スン母性を求め、ハマーンクェスの愛に向き合うことから逃げ出し、一時期はジオン・ダイクンの息子としての重責に苦悩したこともある等、内面の部分は感情的でナイーブな人間くさい人物(アムロの弁を借りれば「情けない奴」)であったのに対し、フロンタルは終始一貫して冷徹な現実主義的な姿勢と落ち着いた態度を崩すことがなく、彼のほうが「常に余裕があって冷徹で計算高い有能な軍人」という世間一般のシャアのイメージに忠実であるところからもそれが見て取れる。
いわば、シャアの持っていた迷いや妄執といった人間的な脆弱さを削ぎ落とし、政治的プロパガンダの中に登場するような『スペースノイドが期待する英雄として理想化されたシャア・アズナブル像』を具現化させた存在であるともいえる(※4)。

フロンタルが「ラプラスの箱」を狙う目的は、地球の経済がスペースノイドの生産活動に依存している点を利用し、ジオン共和国主導の下で月と7つのサイド(コロニー群)を中心として地球を間引きした経済圏を作り上げる「サイド共栄圏」を実現させ、地球連邦を衰退させる事にあった。彼にとって「ラプラスの箱」は、サイド共栄圏構想を実現させるにあたって、ジオン共和国自治権返還を延期させる為の、地球連邦との交渉材料に過ぎなかったのである。
しかし、その考えを語る姿はバナージをして「(自分たちの未来について語っているはずなのに)まるで他人事のよう」に感じるなど、どこか冷めたものであった。また、仮にサイド共栄圏が実現したとしても、20億の人口を独力で賄うことのできない地球を孤立させれば、地球は西暦の時代と同様に資源の争奪戦による戦乱に見舞われることになる。そうなれば、困窮したアースノイドの子孫たちが、自分たちを貧困に追いやったスペースノイドにその憎悪の矛先を向けることは想像に難くない。それでは結局、問題の根本であるスペースノイドとアースノイドの対立構造そのものは何ら変わらないのである。
そのため、ミネバからはサイド共栄圏構想それ自体は「理に適った現実的な策」と評されつつも、結局は調和も進歩も無くアースノイドとスペースノイドの立場を逆転させるだけで、人類の革新を願ったジオン・ズム・ダイクンの理想や、アクシズ落としという凶行に及んででも人類全てを宇宙へ上げようとしたシャアの狂気と熱情(=ジオニズムとその根底にある地球聖域思想たるエレズム)とは程遠い物であると酷評されている。

これは「例え可能性を示したとしても、ヒトは現状維持のためには平然と自らそれを潰してしまう。ならば変わろうとしない者には、変わらないなりの未来を与えておけばいい」というフロンタルの諦念に根差すものであり、「ヒトの可能性」を信じて戦い続けるバナージを、「人類に叶いもしない希望を与える存在」として危険視していくようになる(※5)。


シャア本人しか知りえない知識や独白などを知っていることについては、本人は「アクシズ・ショック」によってサイコフレームに吸収され、宇宙を漂っていたシャアの残留思念が、アクシズ・ショック程の奇跡を経ても何も変わろうとしなかった人類に絶望し、似姿である自身に宿ったと語っている。
ただし、この残留思念はシャアの魂そのものではなく、『シャアが宇宙に遺した絶望』(福井氏曰く、「シャアの落し物」)という、彼の魂の一部分に過ぎない。そして、『シャアの代理』という以外に存在意義を与えられずに創られた、文字通り空っぽな人間であるフロンタルが、その歪んだ想いをその身に宿してしまったことで、彼はシャアに限りなく近い存在でありながらシャア本人ではなく、かといって他の何者かであるわけでもないという、矛盾を孕んだ存在と成り果ててしまっていたのである(マリーダ・クルスはそんな彼と戦場で対峙し、「己を研ぎ澄ました代償にヒトですらなくなった、哀れな怨念の依代」と評している)。その結果、フロンタルの肉体を動かしているのは確かに彼自身の意思であるのだが、それを支配しているのは全く身に覚えのない他人(シャア)の記憶と経験という奇妙な齟齬が生まれてしまう。
バナージがインダストリアル7へ向かう途中、フロンタルとの戦闘で垣間見た彼の心象世界に広がる途方も無い虚無の正体は、まさにこの意思と記憶の不和であり、原作版ではフロンタルはやがてこの『シャアの怨念』に飲まれてより深い虚無へと突き進んでいくことになる。

かたや、OVA版ではシャアの残留思念を宿しつつも、「自らを器と定義して、そのように振る舞う男」という自我も確立しており、バナージを危険視する一方で、“みんな”のために世界に抗おうとする彼に自分と同様の『器』となる素質を見出し、自身の論理で以って引き込もうとしていく。

結末

最終的にメガラニカの氷室で対面したサイアム・ビストに「自分を含め、『箱』の解放の是非は、それを取引材料としか考えられない人間の手に委ねられるべきではない」と要求を拒絶されたことでサイド共栄圏構想は否定され、自身もバナージとの死闘の末に命を落とす。
その亡骸はシナンジュのコックピットブロックと共に宇宙を漂い、激戦をかろうじて生き延びたアンジェロ・ザウパーによって発見された。

バナージとの戦いで敗死し、アンジェロに亡骸を発見されるという結末こそ同じだが、原作とOVA版では最終決戦から結末までの流れが大きく違っている。
原作版ではメガラニカでのバナージとの銃撃戦の最中に左目を撃ち抜かれて頭部の一部を損壊するという明らかな致命傷を負ったにも関わらず、「シャアの怨念」に突き動かされる亡霊のように、彼を追いつめ、シナンジュに搭乗して血みどろの激戦を展開。
シナンジュの左腕部と両足を失いながらも、負のサイコ・フィールドとも言うべき巨大などす黒いオーラを纏って、フルコンディションのユニコーンバンシィを圧倒するという化け物じみた強さを見せつけるが、最後はその虚無もろとも、バナージがありったけの思念を注いだユニコーンのハイパービームトンファーによって引導を渡された。しかし、死の間際にあっても「君は究極のニュータイプになる代償として、ユニコーンガンダムというマシーンに食われ、バナージ・リンクスという個の器は失われる」と、コロニーレーザーを防ぐためにニュータイプの能力を極限まで引き出した代わりに、ユニコーンガンダムと一体化して人間であることをやめてしまうバナージの行く先を予見する呪詛を遺した。

一方、OVA版ではシナンジュをコアユニットとしたネオ・ジオングで出陣、ユニコーンとバンシィの2機を同時に相手取り、圧倒的な火力で追い詰めながら、対話を繰り広げる。
その最中でネオ・ジオングのサイコシャードとユニコーンのサイコ・フレームの共鳴を介し、バナージと共にかつてのアムロとララァのように“刻”(宇宙の記憶)を形象として垣間見る。
フロンタルはこれまでの人類の争いの歴史と、“刻”の終わりに訪れる虚無の世界を突きつけた上で、やがては消えていくだけの存在に過ぎない人類が、過分な可能性を追うことの虚しさと無意味さを提示し、バナージを自分と同じ諦念へと誘うが、なお諦めないバナージの「それでも!」という熱意に呼応してユニコーンが発した“暖かな光”を「ソフトチェストタッチ」によって注ぎ込まれる。
最初はそれを拒否するフロンタルであったが、彼を迎えに来た三人の魂に諭されて自分の「役目」が終わったことを悟ったことで受け入れ、その中の「残留思念」を浄化された。それに連動し、ネオ・ジオングもフロンタルの最後の意志を具現化させたサイコシャードの力によって自ら崩壊し灰塵と化した。

フロンタルの中の“シャアの絶望”はシャア本人に回収され、残った己の意志で以って未来の「可能性」をバナージに託し、その意識は宇宙へと溶けて消えていった。

名台詞

「過ちを気に病むことはない。ただ認めて、次の糧にすればいい。それが、大人の特権だ
シャアの名台詞「認めたくないものだな。自分自身の若さ故の過ちというものを」と対を成す。フロンタルがシャアとは真反対の「強かな大人」であることを象徴する台詞。

「見せてもらおうか…新しいガンダムの性能とやらを!」
シャアの名台詞「見せてもらおうか…連邦のモビルスーツの性能とやらを!」のオマージュ。

「今の私は自らを器と規定している。宇宙に棄てられた者の想い、ジオンの理想を継ぐ者たちの宿願を受け止めるための器だ」
バナージに「あなたはシャア・アズナブルなんですか」と問われて。フロンタルの根底にある考え方。

「私は……君を殺す」
これまたシャアがアムロに対して述べた台詞のオマージュ。しかし、シャアが「ニュータイプという存在を、まだ人が受け入れることが出来ないから」アムロを殺そうとしたのに対し、フロンタルがバナージを殺そうとするのは「ニュータイプなどという無用の幻想を人が信じてしまうから」であり、真反対の意図が込められている。

「また敵となるか、ガンダム!」
NT-Dを発動したユニコーンと相対して。「フロンタルはもしかしてシャア本人なのでは?」と視聴者のミスリードを誘うと同時に、フロンタルにシャアの記憶が宿っていることを示唆する台詞。

「器は考えることはしません。注がれた人の総意に従って行動するだけです。全人類を生かし続けるために」
サイド共栄圏構想を語った際、強者と弱者の立場を入れ替えるだけで結局は現状維持に終始する卑小なその結論を「『赤い彗星』としてそれでいいのか?」と問うたミネバへの返答。フロンタルの説くところは確かに一つの正論ではあるが、その何の熱も感情も感じられない口ぶりに、彼女は「かつて自分の慕った『シャア・アズナブル』は完全に死んだ」と実感した。
シャアが一人の戦士としてアムロとの直接の決着に最後まで固執していたのに対し、フロンタルはそういった個人的動機を一切持ち合わせておらず、淡々とスペースノイドの利益を現実的かつ合理的に追求しているという点でも対照的である。

「もしシャア・アズナブルが今も生きているとしたら、それはもう、人ではなくなっているのではないかな」
ネェル・アーガマ制圧後、ジンネマンとの会話にて。そのあまりにも無機的な言葉は、ジンネマンに「こいつは何物だ?」と思わしめた。フロンタルの本質が伺える一言。

「変わろうとしない者には、変わらないなりの未来を与えておけばいい。『箱』はそのために使わせてもらう。それが、ニュータイプを否定した人類への報いだ」
原作版にて。全ては無駄なのだというフロンタルの抱える虚無と諦観を表した言葉。しかしバナージは、最後の「報い」という言葉に、それまで無機質な印象しか感じなかったフロンタルの本心を初めて垣間見たように感じ、フロンタルの本質が「世界を憎む空っぽな個人が、拾い物の言葉に自分の感情を載せているだけの、偽者ですらないシャアの紛い物」だと直感した。

「ここへ踏み入り、この目で『箱』の正体を確かめたいと願ったのは私ではない。実は私にも分からないのです。作り物の器に注がれたこの思いが、一体誰のものなのか…」
「昔、今と同じことを考えていたような気がする。ニュータイプといえども、肉体を使った戦いには訓練を要する。だから『ガンダム』のパイロットをおびき出して、生身で決着を…」
メガラニカの氷室にて。上はOVA版、下は原作版。『昔』というのは勿論、ア・バオア・クーでのシャアとアムロの生身の白兵戦のこと。それまで示唆されるに留まっていたフロンタルの中の「シャアの残留思念」が明確に姿を現した瞬間。

「人の中から発した光…この温かさを持ったものが…虚しいな…」
OVA版、最終決戦にてネェル・アーガマのクルーやミネバ達の想いを受けNT-Dを発動したバンシィとユニコーンと相対して。可能性をその身に秘めながら、これほどの奇跡を何度目の当たりにしても何も変わろうとしない人類に対する、フロンタルと彼に宿るシャアの狂おしいまでの絶望と虚無感が垣間見える。

「君はもう、“みんな”の中には帰れない」
並外れたニュータイプ能力を発揮しつつあるバナージに対して述べた不吉な言葉。OVA版ではニュータイプであるバナージはオールドタイプである“みんな”と同じ道を進むことはできないと、自身のもとに彼を誘い込もうとする台詞だが、原作版では「認識力の拡大による他者との融和」をニュータイプの根本とするならば、その究極型とは即ち「一つになった意志」であり、いずれバナージはその帰結として究極のサイコマシンたるユニコーンに「喰われる」と予言する台詞となっている。事実、コロニーレーザーからメガラニカを守るために命を賭して限界を超えたニュータイプ能力を発動したバナージは…。

「君に託す。成すべきと、思ったことを」
OVA版、最後の台詞。絶望を払われた男は、次代を担う者に可能性を託して宇宙の闇に去って行った。
ちなみにOVA版のフロンタルが、最終的に「シャアの怨念」に呑まれた原作版とは異なる結末に至ったのは、古橋一浩監督と福井晴敏氏、そして演者たる池田秀一氏が「フロンタルも最終的にバナージを送り出す側の一人の大人として決着をつけさせることで、成仏させたい」としたためとのこと。

脚注

※1.ただし、アニメ版では別人である事を強調した演出や演技が意図的にされている。体格もシャア本人より大きめであり年齢もシャアより上の印象を与える。
言動・容姿共にパッと見た印象はシャアっぽいが、実際のシャアを知る人がよく観察するとシャアとは大きく異なることに気づくというのが、フロンタルというキャラのポイントである。

※2.この時代になると『グリプス戦役』や『第一次ネオジオン戦争』の頃に比べ遥かに強化人間の精度が上がっているのかギュネイ・ガスと同様に精神が安定している。
なお強化人間という設定は近年のクロスオーバー作品などでは曖昧になってる場合が多く、オールドタイプのような扱いをされる事が増えている(設定が定まってなかったのかOVAが完結してない『SDガンダム GGENERATION OVER WORLD』では強化人間のアビリティがあったが、OVAの完結後に発売された次回作の『SDガンダム GGENERATION GENESIS』では廃止されている)

※3.原作の福井氏はフロンタルのキャラクター造形とストーリー上の役割について、「そもそもシャアを彷彿とさせる仮面キャラが『ガンダム』に出るという発想自体が保守的である」とした上で、そうした保守的なキャラクター性を持つフロンタルを、可能性を信じて閉塞した世界を変えていこうとするバナージの最大の障害となる「現実を突き付けて可能性を破壊しようとする後ろ向きな大人」を象徴する存在として描いていると語っている。

※4.ゲームではシャアと共演している第3次スーパーロボット大戦Zなどでそれが顕著に現れており、作中では「迷いを捨てたシャア」とアムロに評されている。池田秀一氏によるフロンタルとシャアの微妙かつ絶妙な差異を持たせた見事な演じ分けは必見。

※5.本作品から約半世紀後の宇宙世紀140年代には、現実に地球連邦がその勢力を失い、相反して経済的な余裕をもったサイドがなし崩し的に独立する宇宙戦国時代と呼ばれる時代に突入するが、この時代には彼らの想定(理想)とは真逆に、力を持ったサイド(スペースノイド)同士が軍事的衝突を繰り返し、あまつさえ特に力を持ったサイドは、所属軍人がそれまでの怨念返しとばかりに、地球で特権階級を貪っていたとはいえ一般市民の虐殺を行うという残酷な結果が待ち受けている。
一面では、フロンタル、バナージ、ミネバ達が信じるほどには、スペースノイドは善良ではなかったのかも知れない。

関連項目

機動戦士ガンダムUC
シナンジュ
バナージ・リンクス マリーダ・クルス アンジェロ・ザウパー
シャア・アズナブル
全裸 空虚
ラウ・ル・クルーゼ-立ち位置や境遇が似通っている。

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