概要
大日本帝国海軍(および同陸軍)の艦船は、太平洋戦争で大半が戦没した。稼働可能な状態で終戦を迎えたものはごく少数である。
残った艦は賠償艦として異国に渡った一部の艦を除き、二度と戦闘を経験することはなく、それぞれに最期を迎えた。
本タグでは、主にその極小数の艦船ならぬ「艦娘」の「戦後」が描かれている。
2021年5月21日、戦中・戦後を通じた活躍で知られ、かねてから登場が待ち望まれていた「奇跡の船」が実装された。第二次世界大戦を生き抜いた日本の艦船の中で、21世紀の現在ただ一隻健在な船である(→宗谷(艦隊これくしょん))。
実装されている戦後の艦娘
2024年8月12日現在ゲーム中に実装されている艦娘の中で、明確に戦後の姿がモチーフとなっているのは以下の5名(実装順)。
- ヴェールヌイ:響がソ連に渡った後の姿。「戦後の姿」をモチーフにした艦娘は長らく彼女だけだった。
- フレッチャーMk.II:米ソ冷戦期に施工されたDDE化改装を受けた後の姿。
- 丹陽:雪風が中華民国に渡った後の姿。艦これでは「戦後日本に返還された」という想定の姿も実装されている。
- 宗谷:海上保安庁に移籍した後の灯台補給船、南極観測船時(巡視船初期)の姿をそれぞれ実装。船名は変わらない。
- ヘネラル・ベルグラノ:フェニックスがアルゼンチンに渡って4年が経った後の姿。
また、ジャン・バールについても無印の時点で立ち絵に砲身の装着された主砲が2基8門描かれている事から戦後1949年竣工時をモチーフとしている可能性がある。
日本艦の第二次大戦終結時の状態とその後
下記のリストには、本作登場艦のみ記す。
無傷~損傷軽微
復員任務に従事後、海保船として再就役
※軍籍にあったため本来であれば賠償艦となるはずだが、なぜか連合国に引き渡されなかった。短期間貨物船として輸送業務を務めた後、海上保安庁に移籍。灯台見回り船、巡視船として戦後日本の多くの歴史的事件に関わる(詳細は宗谷(船)へ)。初代南極観測船として日本の南極観測の礎を築いた功績から、船の科学館にて永久保存されている。
掃海任務に従事後、中央気象台定点観測船を経て海保船として再就役
- 鵜来→さつま
※鵜来が賠償対象とならなかった理由には諸説あるが、他に海防艦3隻(生名、竹生、新南)が接収にあわず、米陸軍に接収されていた志賀を含めた旧海防艦5隻が巡視船として再就役している。
復員任務に従事後、戦時賠償艦として異国に渡り軍艦として再就役
復員任務に従事後、米国に接収され原爆実験の標的艦として沈没
任務に従事後、戦時賠償艦として連合国に引き渡され解体
- 米国に引き渡し
- 英国に引き渡し
※無印は復員任務、◇印は掃海任務に従事。
※択捉のように、内地で終戦を迎え、戦時賠償艦として米国もしくは英国のものになった艦は、日本国内で解体されたケースが多い。
復員任務に従事し、任務終了後解体
※熊野丸の解体が行われた神戸市の川崎重工業では、熊野丸の船体の一部が浮き桟橋として流用されていた。
任務従事中に事故で喪失
※神風と国後は復員任務中に座礁し解体。大東は掃海任務中に触雷沈没している。
終戦直後事故で損傷、工作艦として掃海任務を支援
※冬月はポツダム宣言受諾後の8月20日に門司港で触雷、艦尾切断し航行不能となったため、復員輸送には従事していない。また後述の通り、冬月は任務完了後に防波堤として船体を再利用されている。
米国に接収され海没処分
※潜水艦が多く、潜水空母(特に伊400型)は後の戦略原潜のコンセプトの雛形となり、データ取得後は機密保持のため海没処分にされた。
中破~大破浮揚状態
修理ののち復員任務に従事し、任務終了後解体
※長鯨の解体が行われた尾道市の造船所では、長鯨の船体の一部が浮き桟橋として流用されていた。
工作艦として復員任務を支援し、任務終了後解体
復員任務に従事できず、そのまま解体
防波堤として埋められる
※春風は現在の京都府京丹後市で防波堤として活用されたが、1948年に台風で罹災し解体された。
※涼月は現在の福岡県北九州市若松区で前述の冬月および桃型駆逐艦「柳」とともに防波堤に転用された。涼月・冬月ともに1962年にコンクリートで完全に覆われてしまったものの今なお撤去されることなく現存している。
米国に接収、原爆実験の標的艦として沈没
戦時賠償艦として英国に渡るも海没処分
※妙高はもと乗組員が英国海軍の立会いのもと自沈処分したことで知られている。
中破~大破着底、もしくは座礁状態
これ以降は生存艦として扱わないこともある。
戦後浮揚作業を経て解体
1946~1951年解体
1954年以降解体
解体時期不明
※明石のみほかの艦に比べて損傷が軽微だったもののパラオ現地に放棄された。
※伊勢と日向の解体時期には「1946~47年」とする説と「1950~51年」とする説がある。
※天城は解体前、函館港で1年間のみ船体の一部を浮き桟橋に流用していた。横浜市内に現存するもの(こちらは先代にあたる戦艦天城の船体を流用したもの)とは異なる。
戦後海中で解体
※山汐丸は船体の上部構造物のみ解体した後、三菱重工業横浜船渠に引き取られ、艤装工事用の岸壁(通称「山汐岸壁」)として1956まで使用された。その後船渠拡大のため撤去された……はずなのだが、船渠移転後の2008年、山汐岸壁跡地でビル建設工事をした際に地中から山汐丸の錨が発掘されている。
戦後自然風化により海没
自然風化状態で船体が残存
- 菊月※終戦時座礁状態
- 2016年に結成された「菊月保存会」の活動により2017年9月に第四砲身が日本へと帰還した。
海外艦のその後
下記のリストには、本作登場艦のみ記す。
終戦時予備役、後に老朽化により解体
終戦時航行不能、後に解体
※浮きドックの崩壊事故に巻き込まれ、自力で本国に帰還は出来たものの復帰不能と判断され、1945年7月にスクリューが切られ退役。
連合国に接収され終戦、後に老朽化により解体
戦時賠償艦として米国に渡るもスクラップ処分
※1948年に除籍されるまで在伊米軍が管理していた。解体はイタリア国内で実施。
米国に接収、原爆実験の標的艦となるも座礁転覆して現存
上記原爆実験の標的艦として沈没
上記原爆実験の標的艦となるも生還、のちに海没処分
終戦時現役、後に老朽化により解体
- オクチャブリスカヤ・レヴォリューツィヤ
- リシュリュー
- ジャーヴィス
- ネルソン
- ゴトランド
- ジュゼッペ・ガリバルディ
- フレッチャー
- コロラド
- グレカーレ
- ルイージ・ディ・サヴォイア・ドゥーカ・デッリ・アブルッツィ
- サウスダコタ
- シェフィールド
- ワシントン
- ホノルル
- ヴィクトリアス
- メリーランド
- レンジャー
- タスカルーサ
- サーモン
- ジャヴェリン
- グロワール
終戦時現役、戦後他国に貸与された
†マークのあるものは戦没あるいは事故喪失。それ以外は退役後解体されている。
- ラングレー→ラ・ファイエット(フランス)
- ブルックリン→オイギンス(チリ)†※1
- フェニックス→ディエシシエテ・デ・オクトゥブレ(アルゼンチン)→へネラル・ベルグラノ(〃)†※2
- ヘイウッド・L・エドワーズ→ありあけ(日本)
※1 オイギンスは退役後にスクラップ処分のためインドへと回航中、ピトケアン島沖で事故沈没。
※2 へネラル・ベルグラノはフォークランド紛争で英潜水艦コンカラーにより撃沈。
※米英海軍では戦時中に大量建造した艦艇を戦後に持て余してしまったため、他国海軍(含海上自衛隊)への譲渡・貸与例がしばしば見受けられる。
陸揚げされた状態で現存
※ドラムは退役後モービルの戦勝記念公園で公開中。当初は海上に係留されていたが、1998年にハリケーンによる損傷を受けた事を機に現在のように陸上の船台へと移設される事となった。
航行可能状態で健在
※現在アイオワはロサンゼルス港に、イントレピッドはマンハッタンに、マサチューセッツはフォールリバーにそれぞれ係留され博物館となっている。
番外
五月雨/ガルワングル環礁に座礁し放棄された後の状況についての資料がなく、終戦時点では水上に原型をとどめていた可能性は否定できない。現状は残骸が完全に沈没している事が確認されている。
早霜/現在もセミララ島の浅瀬に残存する艦の残骸が、座礁放棄された早霜であるとみられる。現地治安不安定につき未確定ではあるが、この島に放棄された戦闘艦がほかに1隻もないため早霜でほぼ間違いない。
ローマ/1943年、イタリア降伏後に元同盟国のドイツに攻撃され、艦体断裂の後沈没。
アクィラ/イタリア降伏後に元同盟国のドイツに接収され艤装工事が続けられていたが、1945年にイタリア側の攻撃により大破。自沈処分となるも戦後に浮揚し解体された。
グラーフ・ツェッペリン/沈没後、浮揚作業を経てソ連赤軍が標的艦として利用。
陸奥/沈没後、戦後に引き上げられた艦体の一部が放射線測定器用資材として再利用されていたことがあった。俗に「陸奥鉄」と呼ばれている。
ゴトランド/スウェーデンは18~19世紀のナポレオン戦争を最後に自ら直接参戦した戦争はなく、当然ながら第一次・第二次両大戦にも参戦していない。そのため彼女にとってはそもそも戦後がないあるいは常に戦後とすら言えるかもしれない。なお、彼女は冷戦期まで現役であった。
ジャン・バール/艤装工事途上の1940年に書類上就役扱いとなった上に未完成のままカサブランカ沖海戦に参戦しているが、正式に艤装工事が完了し竣工したのは1949年になってからである。そのため解釈次第では戦後生まれの艦娘としてカウントする事も可能である。
第二次大戦終結時所在
北海道周辺 ※1 | 占守/国後/択捉/大東/宗谷 |
大湊 | 福江 |
新潟 | 響 |
横浜 | 山汐丸 |
横須賀 | 長門/潮 |
舞鶴周辺 | 酒匂※2/雪風/初霜/呂500/八丈/長鯨/伊201 |
能登半島周辺 | 第二十二号海防艦 |
日本海 | 鵜来 |
阪神港 | 伊503、伊504※3 |
呉周辺※4 | 伊勢/日向/北上/榛名/鳳翔/青葉/利根/龍鳳/大淀/天城/葛城/鹿島※5/伊47/竹/伊203/熊野丸/伊36 |
佐世保周辺 | 隼鷹/春風/対馬/涼月 |
門司 | 冬月 |
九州付近海上 | 伊58 |
沖縄諸島周辺 | コロラド/迅鯨 |
朝鮮半島周辺 | 屋代/倉橋 |
香港 | 神威 |
シンガポール | 妙高/高雄/神風 |
比・マニラ湾 | 木曾/曙/初春/沖波/秋霜 |
比・コロン湾 | 伊良湖 |
比・レイテ湾 | タスカルーサ(要検証) |
クラ湾 | 長月 |
サイパン島 | ドラム |
パラオ島 | 明石 |
ソロモン諸島 | 菊月 |
ウルシー環礁沖 | 伊400/伊401 |
トラック諸島 | 伊14 |
英・ポーツマス周辺 | ウォースパイト、シェフィールド |
英・スカパ・フロー | ロドニー |
英・デヴォンポート | ヴァリアント |
仏・トゥーロン | コマンダン・テスト、モガドール、グロワール※6 |
コペンハーゲン | プリンツ・オイゲン |
伊・タラント | ルイージ・ディ・サヴォイア・ドゥーカ・デッリ・アブルッツィ/ジュゼッペ・ガリバルディ |
伊・ラ・スペツィア | グレカーレ |
バルト海 | オクチャブリスカヤ・レヴォリューツィヤ(要検証)、ゴトランド |
グレートビター湖 | イタリア |
カサブランカ | ジャン・バール |
地中海 | ジャーヴィス、ジャヴェリン |
日本近海 | アイオワ、サウスダコタ、マサチューセッツ、ヴィクトリアス、ネヴァダ |
馬・ペナン島近海 | ネルソン |
米・ハワイ周辺 | サラトガ、ラングレー、フェニックス |
米・サンディエゴ周辺 | フレッチャー、レンジャー |
米・ブレマートン | ワシントン、メリーランド |
米・ノーフォーク周辺 | ブルックリン、ホノルル、サーモン※7 |
エニウェトク環礁周辺 | イントレピッド、ヘイウッド・L・エドワーズ※8 |
南アフリカ近海 | リシュリュー |
(各地) | まるゆ |
※太字は第二次大戦終結時にすでに除籍されてはいたが、艦体そのものが残存していた艦を示す。
※1:ここでは、千島列島を除いた北海道本土をさす。
※2:酒匂の終戦時所在には舞鶴説のほか、能登半島説もある。
※3:伊504は終戦翌年の1946年4月16日に神戸で連合国側に拿捕されたとの情報もあるが、同艦はその日に紀伊半島沖で伊503とともに海没処分となっているとの情報もあるため、実際の接収場所、時期は不明瞭。
※4:ここでは広島湾、安芸灘およびその周辺海域をさす。
※5:鹿島には新潟で終戦を迎えたとする文献もある。
※6:グロワールについては仏伊国境周辺のリヴィエラ地方で行動していたため、ラ・スペツィア周辺にいた可能性もある。
※7:サーモンは終戦時点で大西洋艦隊練習潜水艦となっており、同艦隊司令部所在地であるノーフォーク周辺に所在していたものと思われる。
※8:ヘイウッドの終戦時所在にはサイパン及びその近海の可能性もある。
集合イラスト
余談
モチーフになった艦は沈められてしまったものの「艦娘としては生存して戦後を迎えた」という設定で描かれたイラストにも、このタグがつけられることがある。
中には艦娘が「戦後」に提督化したものも・・・
イラストは鬼怒の例。
ルンガ飛行場が深海棲艦化した飛行場姫の「戦後」をイメージしたイラスト
- ソロモン諸島のホニアラ国際空港は、旧日本海軍により設置されたルンガ飛行場が始まりで、のちに米国により接収されヘンダーソン飛行場となったのち、国際空港に転用された姿である。深海勢ではあるが、これも生存組として数えられよう。
関連タグ
生存組のタグ (50音順)
あかよど/伊勢日向/うしぼの/きたきそ/マニラ湾空襲組(きそぼの)/木曾まる/クロスロード組(長酒)/最初と最後の空母/妙高雄/ゆきしも
ひこかし:鹿島と飛行場姫のコンビタグ。