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スクウェアの編集履歴

2019-09-07 21:05:12 バージョン

スクウェア

すくうぇあ

正方形のこと。またはかつて存在したゲーム制作会社。現在のスクウェア・エニックスの前身。

概要

現在のスクウェア・エニックスの前身。「ファイナルファンタジー」や「聖剣伝説」等のヒットでRPGジャンルにおいてエニックスと共に一時代を築きあげた。ソフトのジャンルはRPGが多数だが、90年代までは麻雀やシューティングゲームなども開発していた。2003年にエニックスと合併。


主なソフト

PCソフト


ファイナルファンタジーシリーズ


サガシリーズ


聖剣伝説シリーズ


フロントミッションシリーズ


他ゲーム


2003年以降のゲームはスクウェア・エニックスの記事にて。


任天堂とスクウェアの関係

ファーストとサードパーティー

かつてはPCゲームを主に製作していたが、ファミリーコンピュータディスクシステム家庭用ゲームに参入し、ファイナルファンタジーのヒット及びシリーズ化等を経て任天堂の重要サードパーティの一つとなる。FF3の大量発注に追い付かなくなった際には任天堂からバックアップを受けて乗り切っており、後に任天堂と共同開発した「スーパーマリオRPG」は開発費高騰に悩んでいたスクウェアに対し任天堂が開発費を負担した上でソフトを作らせる救済案としての性格も強かった。つまり、サードパーティーとして任天堂は目に掛けていたというわけである。しかし、同時にこれを切っ掛けに親密だった両社が互いにギクシャクしだし、果てにスクウェアのプラットホームをSONYプレイステーションに移して以降、任天堂との関係に暗雲が立ち込めた。


ただし、ハードを移行したから関係が悪くなったと言う事ではなく任天堂の山内溥社長(当時)は「サードパーティはハードを選ぶ自由があるから仕方ない」とスクウェアとの間で了承はしていた。


ここまではまだ穏便に済む話で良かったのである、ここまでは


ところが裏では当時のスクウェアが当時のエニックスをPS陣営に誘う際(※1)にNINTENDO64は駄目だ」と吹聴したという情報が任天堂の耳に入った事で山内社長は激怒。これが任天堂とスクウェアの関係が長く断絶した最大の理由であったとされる。当時の業界関係者は「任天堂に後ろ足で砂をかけて出ていったようなもの」と述べており、当時の任天堂のスクウェアへの拒絶っぷりは社長や広報室長、果てはニンテンドウ・オブ・アメリカ(NOA)のトップ(当時)に至る世界各地にある任天堂の法人さえも日本本社の意向に沿って拒絶していた。


後に合併するエニックスはPSにドラクエ7をリリースする際にきちんとした理由(発売時期等にも気を使ったとされる)と今後も任天堂のゲーム機にもソフトをリリースする事を表明していたため特に任天堂との関係はこじれるような事はなく、その後ドラゴンクエストモンスターズを発表しゲームボーイのリバイバルブームに乗れていた。


一方この時のスクウェアは牽引力のあるファイナルファンタジーシリーズを武器に怖いもの知らずだったのだろう。プレイステーションに活躍の場を移して以降は鳴り物入りのCD-ROMを活用したFF7を筆頭に破竹の勢いでブイブイ言わせ、世間にはハード普及の成功はスクウェアが鍵を握っているというジンクスまで飛び出すほど華やかな次世代機での道を順風満帆に歩んでいた。


スクウェア「ニンテンドウ64より、ずっとすごい!!


とまるで自社のバハムートラグーン某キャラの様な有様である。この時のスクウェアはこの先自社に待ち受けている危機と、失言のしっぺ返しが後々自社に手痛く響くとは思いもしなかったであろう。


さらに世間の目には映っていたのとは裏腹にスクウェアでは暗雲が漂っており、既にFF7の時点で開発費がSFCの頃よりも膨れ上がり、FF10の頃には開発に纏わる研究開発費等がかさみ、経営悪化に蝕まれていた……そして、止めとばかりに致命的な出来事が襲いかかる。


映画事業の失敗による経営の危機

かつてヒット作も無かった頃のスクウェアを窮地から救った「ファイナルファンタジー」 が今度はスクウェアを窮地に陥れた。それが2001年に公開された世界初のフル3DCGによるSF映画「ファイナルファンタジー」の興行収益の赤字による経営難である。


先行でアメリカで上映されたのはいいが、内容がかなりの不評であった事まで日本国内にもネットによって先行で伝わってしまい、上映前の段階でマイナスイメージがついた上に、いざ上映されると前評判を挽回するどころかさらに拍車がかかってしまい、興行収益が振るわなく、そして当時日本語吹き替えがなく字幕のみで、せっかくの凝った映像に観客が集中できなかった点も不評の一因であった。


冗談抜きに(1位ではないものの)ギネスブックに採り上げられるほどの大損害で、それが当時のスクウェアの経営に大打撃を与えてしまったのである。


その不評ぶりは、当時の地上波の指折り数えるロードショー番組すら扱わなかった事からも伺え、実際は日本テレビが協賛していたのだが同時期に公開された千と千尋の神隠しの方をプッシュしてしまっていた。


さらにファイナルファンタジーシリーズ一本化の方向転換で一部スタッフ(モノリスソフトブラウニーブラウンのスタッフ)が去っていった事で新規作品があまり育たない状態になりFF以外の既存作品の停滞の事例も重なっていた。


他にも関連会社のデジキューブで任天堂の製品を取り扱いたくても扱うことができず、コンビニを中心とした物流システムだったが後年は商売としてはあまり上手く行かなくなっていきデジキューブは倒産の憂き目に遭う。


この一件でかつてのパートナーである任天堂に関係修復を求めたものの、任天堂はとは違い優しくも甘くも全くなかった。むしろスクウェアは拒絶選択肢のみを突きつけられた言わば絶望しか道の無いヨヨの状態である。


任天堂

そう、かんけいないね

「自分が目の黒いうちはウチの敷居は跨がせん」(※2)

このままながめているのもいいか

興味ないね


この頃の任天堂はポケットモンスターの口コミから始まった大ヒットと社会現象による過去の遺物と思われかけていたゲームボーイのリバイバルで携帯ゲーム機の復活による活気の中心にあり、据え置きゲーム機では不振だが、携帯ゲーム機ではまだまだ一強の地位にあったゲームボーイカラーへのソフトリリースをしたくてもやはり叶わず、バンダイワンダースワンでの過去作移植リリースにとどまった。


ちなみに経営難に関してはSCEIからの援助を受けて立ち直っているが、任天堂との関係修復に関しては急務かつ模索していたとみられる。先述の山内氏の「サードパーティにあるハードを選ぶ自由」をスクウェア自ら選択肢の一つを潰した果てがこの有様だったのである。


なお、法的問題ではないもののサードパーティが任天堂を本気で怒らせたらどうなるのかが業界全体に知れ渡った恐らく唯一のケースだったといえる。


そして和解へ

しかし、山内溥社長の引退・彼のその後の任天堂の経営にはノータッチの姿勢の意思とエニックスによる合併を経てようやく任天堂とスクウェアの和解への道が開かれ(※3)いわば、エニックスが仲裁に入って和解にこぎつけた様な形となる。


また、スクウェア・エニックスの和田社長(当時)はスクウェア・エニックス発足時に自ら役員を引き連れて京都に出向き、過去のスクウェアの失言と態度の件を山内氏に丁重に詫びたとのことである。(※4)


これを機にゲームボーイアドバンスファイナルファンタジータクティクスアドバンスで本格的に任天堂のゲーム機に復帰する事となり更にその後、引退した山内氏が設立した基金「ファンドキュー」の支援で『ファイナルファンタジークリスタルクロニクル』が開発されており、旧スクウェアと任天堂の提携強化が進んでいる。


これらの一件は日本のビデオゲーム業界史上、有名なファーストとサードパーティーの間に起きた確執劇として知られるようになった。


その後の顛末はスクウェア・エニックスを参照。


脚注

  • ※1
    • 実はエニックスだけではなく、複数のサードパーティーに吹聴していた事が後に明らかになっている。実際どういった形で任天堂に泥をかける発言が伝わったのかは不明だが、少なくともサードパーティー関係者経由でしかも複数という事は…伝わらないワケがない。
    • この当時のスクウェアは他社からのヘッドハンティングが非常に多く、しかも他社で開発中のスタッフまで引き抜いていたくらいである。スクウェア離脱組はスーパーマリオRPGの頃から存在し、その後ほとんどが任天堂を主要な取引先(セカンドパーティ)に選んでいる。
    • ナムコ傘下として設立されたモノリスソフトも最終的にそのポジションに落ち着いた。また、雑誌「ゲームラボ」が当時掲載していた噂を扱うコーナーで「スクウェア社内ではソニー派と任天堂派で対立しているらしい」という不確かな噂を紹介していたが果たして…?
  • ※2
    • 任天堂元社長・山内溥氏が実際に発言したらしい。スクウェアの営業は本当に門前払いを食らっていた時期が続いていたといわれる。
    • 先述のスクウェア子会社のデジキューブは経営難に陥った頃に株主総会で「任天堂に土下座してても売上の良い任天堂ソフトを扱わせてもらうべきだ」という趣旨の突き上げを食らった際、デジキューブ社長が「土下座したくらいで扱わせてもらえるならいくらでもやってますよ!」という趣旨の回答を返していたことから山内氏がどれだけ怒っていたかは想像に難くない。この発言の時点では裏で交渉はあったようだが、やはり門前払いされていた様子。
    • なお、デジキューブの流通システムは店舗側に不利な縛りがあったのが衰退の一つでもある。任天堂も長い経営の中で独自の流通網を持っている為デジキューブに卸すメリットは無かったとも言われている。
    • ここまでファーストから徹底的に拒絶されたサードパーティーは日本でも旧スクウェアぐらいと思われる。また、スクウェアが救済を求めた際は一応は任天堂との話し合いに漕ぎ着けたが、任天堂側が提示した条件をその時は飲む事ができず結局は破談に終わっている。
  • ※3
    • 実はエニックスとの合併前に任天堂とスクウェアの間にペーパーカンパニーを挟んだ関係修復の計画(これは当時、山内氏のポケットマネーから出資されていたゲーム開発の出資制度「ファンドキュー」の認可目的だったとされる)があったらしいが、エニックスとの合併によってその意味が無くなりその計画が白紙に戻ったとされる。その名残はファイナルファンタジークリスタルクロニクルの発売元が任天堂であった事にのみ残っている。
  • ※4
    • 失言や態度に関してはスクウェア側も経営が危ぶまれた時には既に後悔しており(当初は、まだまだ任天堂には強みのあった携帯ゲーム機に参入したくてもできなかった事もある)、合併前は時既に遅し・覆水盆に返らず状態であった事をスクウェア時代の社長が発言している。
    • 先述の和田氏と幹部が京都に直接出向くほどこの一件は深い溝で隔たれたものだったと言える。なお、和田氏はスクウェアの失言による山内氏の怒りの様相を「京都の地を踏めなくなっていた」の一言に例えている。

確執の時から20年以上過ぎ、いよいよ本当の競演の日へ…

2015年11月、Nintendo Directにてスマブラ3DS/WiiUクラウドFF7から奇跡の参戦との情報を経て、遂に任天堂の顔であるマリオと対面する日が同年12月に来た。


ちなみに2006年に放送された「HIDECHAN!'s Cafe」というラジオでの小島秀夫との対談で野村哲也は「(スマブラに)オファーが来れば喜んで差し出す」と言っていた。また「任天堂のゲーム機でキングダムハーツで一応出ているんですけどね」と半ば冗談なコメントも発言していた。


スーパーマリオRPGやマリオバスケでスクウェアとタッグを組んだ「マリオバスケ 3on3」などでサボテンダーなどファイナルファンタジーシリーズのキャラは出ていたものの、意外な事に任天堂の作品にファイナルファンタジーシリーズの主人公が直接出演するのは実は初めての事である。


クラウド「こんな日が来るとは思わなかったな。」


ネコピーチ興味ないね(※)」


クラウド「Σ(゚д゚lll)えっ?」


ニャニャニャ!ネコマリオタイムでのDLCファイターのクラウドの紹介回で実際にネコピーチが発言したあくまでもネタ発言である。いくら現在和解しているとはいえ任天堂キャラクターにそれを言わせるとは…。


なお、クラウドの参戦ムービーには過去のスクウェアの出来事を揶揄しているとされるものもあり、「FF7の戦闘突入時の再現で任天堂キャラVSクラウドの構図が任天堂とスクウェアの対立」、「ミッドガルのステージをオーディンがクラウドとシュルクの間を一刀両断がモノリスソフトのスクウェアからの別れ」を表しているとされる。


大乱闘スマッシュブラザーズSPECIALでクラウドが続投することも決定した。


泥を塗る発言をした人物についての流言飛語について

これに関しては、当時在籍していたFFシリーズのプロデューサーであった坂口博信氏がプレイステーションに魅力を持った事によってやらかしたと噂された事もあるが(PSへの魅力を持った事はほぼ事実)、そもそも彼が発言したという確証はどこにもない。


おそらく当時のスクウェアにおけるプロデューサーとしての発言力が強かった事からくるネット上での推測による噂にすぎないと思われる。過去には「ドラクエを“けちょんけちょん”にする」という思わせぶりな発言も伝えられたが、これは初代『FF』開発時、スクウェア社内での発言で、件の騒動とは全く時期が合わない。


後にスクウェアの鈴木社長(当時)が「ハードの選択と言う事ならば仕方ないと(任天堂は)言ってくれた」「しかし、その後の対応がマズかった。我々はNINTENDO64はダメだと公言してしまった」と発言しており、スクウェア側の失言である事だけは確かであるが、個人名は挙げておらず、誰が問題となる発言をしたのかは依然として不明である。


なお、この断絶の真相に限りなく近いとされる理由を明かしたのはスクウェア側のみで任天堂側は両社間だけの問題としているのか一切言及せずに現在に至る。


そもそも企業倫理にまつわるモラル無き失言である為、任天堂が激怒するのは無理もないのだが。


このような経緯もあってか※1のペーパーカンパニー計画は当時のプラットフォームであり、再建の援助をしてくれたSCEまでも敵に回す事を回避する為の苦肉の策だったとの見方もされている。後にSCE(当時)はスクウェア・エニックスの株を売却し主要株主からも離れている。


余談

フルCG映画の失敗で窮地に陥ったスクウェアだったが、まだ3DCG映像作品は諦めておらず、合併後に旧スクウェア組が中心となって「ファイナルファンタジーVII アドベントチルドレン」が制作された。


2001年の映画とは裏腹に今作は完成前から国際映画祭に招待される程の大好評を博し、商業上映していないにも関わらず400万本を出荷する大ヒットを記録しており、雪辱を果たしたと言える。


その後、漫画作品四姉妹エンカウントにおいて任天堂キャラとFFキャラの不適切な表現があった際にスクエニが作者と出版社に抗議した。これはあくまで推測にすぎないが、過去の任天堂との間に受けた確執の影響がどんなものだったか痛感している故に、組み合わせにおける不適切なネタに対して過敏になっていたのではないかとの見方もある。結果第9話は単行本未掲載となった。


一方、この件で任天堂側が抗議したという話は特に出ていない。


2019年にはFF7・FF9・FF10・FF10-2・FF12もHDリマスター版としてニンテンドーSWITCHでリリース予定。オンライン専用のFF11・FF14は兎も角として(FF13は理由不明)、FF8が何故含まれていないのかは不明と言われていたがRPGamerはその理由について『最新機種(SWITCHPS4)に移植しても許容できないほど3Dグラフィックが醜い。中途半端にリアルなグラフィックは解像度の上昇には耐えられない』とコメント。


ようするに予算や解像度の作業にコストがかかってしまうことから見送ったとの事。また、オリジナルのソースコードが失われているとの話もあるが、諸問題が解決したのかFF8リマスターも2019年にリリースされる事となった。


断絶期もしくは和解に至った頃の作品が任天堂のゲーム機に出るのは何とも感慨深いものである。


関連タグ

スクウェア スクウェア・エニックス 任天堂

スクウェアソフト:1992年以降発売の製品に使われていたブランド名

モノリスソフト ブラウニーブラウン アルファドリーム ラブデリック(後のSKIP) ミストウォーカー:スクウェア社員が独立して立ち上げた会社。


エレクトロニック・アーツ:同社の日本進出と、スクウェアの海外進出の為に一時期提携していた。


ファイナルファンタジー7:任天堂との確執を引き起こした直接の原因というイメージが強く残ってしまっていた作品。実際の確執の原因は先に述べている通り。


ヨヨ:よりにもよって当時のスクウェアはこのポジションに近かったといえる。細部は異なるがかなり似たところがあった。


興味ないね:まさに当時のスクウェアに対する任天堂の反応だったと言える。スマブラではクラウドの上アピールとして採用。


エスーシャ新次元ゲイムネプテューヌVⅡ):劇場版FF製作のエピソードとモデルとしたクラウドを含めて作られたモチーフキャラ。流石に任天堂との関係悪化までは設定に採用されていない。モチーフキャラなのか一時期、スマブラの他社組に似ていると言われていた。

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