枯れた技術の水平思考とは、技術理念の一つである。
概説
任天堂のゲーム開発部の巨人・横井軍平氏の打ち立てた製作哲学。
自著・ 『横井軍平ゲーム館』 にて次のように語った。
ゲーム&ウオッチは、5年早く出そうと思ったら10万円の機械になっていた。量産効果でどんどん安くなって、3800円になった。それでヒットした訳です。これを、私は"枯れた技術の水平思考"と呼んでいます。技術者というのは自分の技術をひけらかしたいものだから、最先端技術を使うということを夢に描いてしまい、売れない商品、高い商品が出来てしまう。値段が下がるまで、待つ。つまり、その技術が枯れるのを待つ。枯れた技術を水平に考えていく。垂直に考えたら、電卓、電卓のまま終わってしまう。そこを水平に考えたら何が出来るか。そういう利用方法を考えれば、色々アイディアというものが出てくるのではないか。 |
つまり既に完成された技術の新規利用のこと。
「枯れた技術」を別の分野に流用し、全く違う価値観を探り当てようという思想である。
枯れた技術は裏を返せば「既に完成されているため信頼性が高い」事も意味しており、一から全て組み上げるよりも安定している面がある。またメリット・デメリットも既に明らかに成っている為、対応も容易である。
尚、「枯れた技術」という字面から時に誤解されがちで在るが、この言葉は「今の時点で安定して使える(見込みの有る)もので有れば何でも使う」という点が重要で有り、決して「役目を終えた古い技術のみに頼る」という意味では無い。
本当に役目を終えている代物を使うと成ると、再現の為の研究や再開発の費用が発生、メーカーでの生産ラインの再構築などで、寧ろ高く付く場合さえ有る(ジョークグッズなので方向性が異なるが、これ等はその典型と言える)。
例としてニンテンドースイッチのCPUであるTegraも、様々な分野で現役バリバリのチップ、それもスイッチ用のものは2017年時点での最新モデルのX1がベースである。
一見すると誰でも出来そうな事に思えるが、これを捻り出して実行出来るかが技術者の神髄を問われる個所と成る。言うは易く行うは難しである。
横井の言う通り、人間はついつい「最新技術・便利な性能・流行性」に心を奪われがちに成るもので、これに甘えて物を作った所で、結局は時代に流されて消えていくのが関の山である。
横井の理念は、既にある有用な技術の風化を防止しつつ、発想力を鍛える事でより面白みのあるモノ作りを提示していると言える(その為『NINTENDO64』関連では非常に複雑な思いが有った様子)。
横井氏のこの理念は、今もってなお任天堂に脈々と継承されており、多くのゲームに反映されている。逆に、最新技術を次々と投入するSONYは正に好敵手と言える。
「枯れた技術の水平思考」の日本における例
- 光線銃
- 太陽電池を電池としてでは無く、光に反応する性質に着目しセンサーとして使用。一方その光の発信源は銃口に付けられた豆電球である。
- ゲーム&ウォッチ
- ヨコイズムの筆頭。電卓の液晶表示技術をそのままポケットサイズのゲームに応用し、爆発的なヒットを飛ばした。
- ファミリーコンピュータ
- コントローラーに十字キーを採用。ゲーム筐体の様な本格的なジョイスティックでは価格が上がる所を、既にゲーム&ウォッチで実績が有った感圧式ボタンに変更する事でコストダウンに成功した。
- ゲームボーイ
- ニンテンドーDS、Wii
- タッチパネルとモーションセンサーによる直感操作の採用で新時代を駆ける。既に珍しく無く成った技術を別角度から採用する事で、画像技術と処理速度で勝負する他社のゲーム機とは違う路線を打ち出した。
- ラブテスター
- ヨコイズムの原点と成った大人向けの玩具。男女が手を繋ぎ、余った双方の手でテスターの端子を握る事で汗を感知し、微弱な電流を流してその通電性を基準に男女の親密度を計測するというもの。ジョークグッズの一種だが、「汗が電気を通す」という分かり切った事実を遊びに転用した事が、既存の発想を転換する「ヨコイズム」の出発点とも成った。
- ポケモンGO
- ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド
- アサシンクリード等と違い自由に壁を登れる仕組みや、小規模なシミュレーションゲーム等に視られる科学エンジンを用いた環境への介入を、オープンワールドにおいて組み合わせて用いる事で劇的な効果を生んだ。
- マリオメーカー
- InstagramやYoutubeと言ったサービスや改造マリオの人気から他人とマリオのステージを共有すれば面白く成るのではないのかと予想し、制作、発売。とても人気が出た為、続編がニンテンドースイッチから発売された。
もちろん任天堂以外でも……
- 魚群探知機
- 対潜用アクティブソナーという索敵兵装を漁業に転換して革命を起こした。それまで運否天賦でしか成り立たなかった漁業は、探知機の開発によって安定した漁獲量を得る事に成功し、日本の食卓にいつでも豊富な海産物が並ぶ様に成った。
- 0系新幹線
- 界磁添加励磁制御
- 国鉄と東洋電機製造が1980年代半ばに共同開発した電車の制御方式。古くから多くの電車に採用されていた抵抗制御をベースに回生ブレーキを搭載したもの。当時最新の制御方式だった電機子チョッパ制御に比べて機器が小型で済むうえに、パワーエレクトロニクスを用いていないため製造コストが安価。同じく最新式だった界磁チョッパ制御に使用されていた複巻電動機よりも構造が単純な直巻電動機を使用している。さらには抵抗制御から改造することも可能。そのため、当時赤字で苦しんでいた国鉄は、205系、211系、213系などの新型電車を低コストで多数導入することに成功。国鉄分割民営化後のJR各社でも好評であり、より省エネ効果が高くて整備コストが安価なVVVFインバータ制御が普及する1990年代初頭まで採用していた。
- 783系特急形電車
- 221系近郊形電車
- JR西日本が開発した近郊形電車。制御装置および台車などの下回りは、国鉄211系・213系近郊形電車をベースとしている。当時国鉄型・JR型の通勤・近郊形電車で多く採用されていたステンレス鋼ではなくて旧来の普通鋼を採用しているが、これはステンレス鋼よりも製造コストが安かったためである。なお、屋根については腐食対策でステンレス鋼を使用しているものの、実は国鉄100系新幹線電車で既に採用していたものを応用している。これらによって低コストで生産可能となり、1989年から1992年の4年間で474両も製造された。また、車体デザインも近畿車輛の提案で、既に登場していた近鉄5200系と、快速マリンライナー用のグリーン車クロ212形とをかけ合わせたものとなっている。しかし、デザイン性が高く評価され、JR他社の同世代の新型近郊形電車を抑えて、第30回ローレル賞を受賞している。
- 逆転裁判シリーズ
- 「一枚絵と選択肢」で構成されるという、言わば80年代のアドベンチャーゲームのスタイルで在るが、そこにキャラクターボイスや各種のエフェクト等と言った現代では当たり前と成った演出を盛り込む事によりインパクトがある見た目を実現。
さらに海外でも……
- ポストイット
- 強力な粘着剤を開発する工程で生まれた失敗作の弱い粘着剤を、何度も貼って使える付箋に利用する逆転の発想で世界的なヒット商品と成った。
- iPhone
- Google(検索エンジン)
- 学界で広く既知とされてきた「引用が多い文献ほど権威がある」という考えを、そのまま検索エンジンのプログラムに応用する事でより信頼性の高い検索結果から順に抽出に成功。特許技術として採択され、現在では検索エンジンの標準仕様として普及している。
- Amazon
- ネット通販と卸業界という体系をフル活用し、各事業者の仲卸という形態で無数の商品を取り扱う事に成功。また口コミや商品評価を利用者に書き込ませ、市場の変動を積極的に狙う等、ネット通販をただの購入手段から「電子上の巨大市場」へと押し上げた。
- YB-60
ソビエトロシアでも…
- RPK
- T-10重戦車
- 戦後ソ連が開発した最後の重戦車。これ以前に、IS-4、IS-6、IS-7などの新型重戦車が試作・製造されたが、いずれも新機軸を採り入れた結果、重量過多となって駆動系に技術的な問題を抱えたほか、IS-3よりも製造コストが高くなるという欠陥品であった。そのため、既存のIS-3を基に堅実な技術で開発されたのが本車である。新型の122mm砲による大火力を備え、重装甲でありながらIS-3のように極端な車体・砲塔の小型化をしなかった結果、居住性が改善された。そして馬力に余裕のあるエンジンの採用により、それまでソ連重戦車が抱えていた駆動系の問題も解決され、速度と機動力が向上した。まさにソ連重戦車の完成形とも言える出来となり、1539輌も製造された。
- T-72主力戦車
- T-90主力戦車
- Tu-95
- ソユーズロケット