ピクシブ百科事典

アイネスフウジン(ウマ娘)

うまむすめのあいねすふうじん

アイネスフウジンは、『ウマ娘プリティーダービー』に登場するウマ娘である。
目次[非表示]

概要

誕生日4月10日
身長167cm
体重微増(ちょっと食べ過ぎた?)
スリーサイズB88/W58/H84

CV:嶺内ともみ
「はろはろ、トレーナー。今日はなにをするの?」

料理や裁縫、掃除など、なんでもこなす家庭的で家族思いのウマ娘。
よく食べよく走るをモットーにしており、携帯食「タフネスバー」をいつも持ち歩いている。
休日やトレーニングの後はアルバイトに勤しんでいる。
(公式ホームページより。)

「〇〇なの」という口調が特徴的。


その日、20万人もの大観客が見つめる中、ゲートは開いた。
ダービーを逃げて勝つのは難しい。しかし、桃色の勝負服の君は自分のやり方を変えたりしない。
他を出し抜いてやろう、なんて逃げじゃない。臨んだのはハイペースな消耗戦。
迫るライバルを振り切ってゴール板を駆け抜けた時、全てを出し尽くした体にはただの1歩分の気力も残っていなかった。
それは君の勝利のための、たった1つの冴えたやり方。
勝者の名は、アイネスフウジン。
その日、府中のターフに響き渡った歓声は全てのファンの脳裏に今もなお響き渡っている――
(ナレーション:津田健次郎)

アニメ

うまよん
アニメで追加加入した逃げ切りシスターズのメンバー。その後漫画でも最終回の描写から、メンバーになっていた様子。
漫画ではアルバイトに精を出していた最中に見てしまった、他のウマ娘の素顔を誰かに言いたいと学園内の切り株に叫ぶ姿などが描かれている。

OVABNWの誓い
ウイニングチケットをリーダーとする「チームW」のメンバーとなる。

ゲーム

アプリ版では育成キャラクターとしては初期実装されておらず、他ウマ娘の育成シナリオにおける対戦相手として登場する。
レース展開に左右されにくい逃げ馬の実力者であり、育成が不十分の場合は1位をもぎ取られる事も多々ある。特徴的な外見に加え、レース中盤まで先頭を走りやすいので結構目立つ。

なお、逃げ切りシスターズのメンバー中唯一未実装の為、逃げ馬をテーマにした紹介CMにメンバー中唯一登場できなかった。(代役はマヤノ

競走馬アイネスフウジン

(※馬齢表記は当時のものを用いる)
1987年生まれ。父はシーホーク。母の父はテスコボーイという血統。騎手はデビューから引退まで一貫して中野栄治騎手。当時、中野騎手は騎乗スタイルの美しさから和製ピゴット(レスター・ピゴット、英国の名騎手でニジンスキーなどの主戦騎手)と評され腕前こそ高い評価を得ていたものの、減量苦などから騎乗数も減り勝ち星も減り、引退も考えていたと言われているが、管理する加藤修甫調教師から「お前ダービーを勝ってみたいだろ。ウチにいい馬がいるんだけど、乗ってみないか?」と言われて主戦騎手となったと言われる。

1989年9月の新馬戦で2着でデビュー。2戦目も2着だったが、3戦目で初勝利。
続く朝日杯3歳ステークス(現朝日杯フューチュリティステークス)は5番人気ながら、マルゼンスキーが立てたレコードタイム(1分34秒4)に並ぶ記録でGⅠ初勝利を飾る。
この朝日杯勝利が評価され、最優秀3歳牡馬に選出された。

1990年には共同通信杯を勝利するも、弥生賞(GⅡ)ではメジロライアンに敗れて4着。
皐月賞(GⅠ)はハイセイコーの仔ハクタイセイに敗れて2着。(メジロライアンは3着。)
この敗戦で「中野を降ろせ」という声もあがったが、加藤調教師は「中野のせいではない。ダービーでも乗せる!」と庇った。


↑日本ダービー(ナカノコールは5:18から。)
上述にもある通り、20万近くの大観衆が詰め掛けた第57回東京優駿(日本ダービー)では、メジロライアンとハクタイセイに次ぐ3番人気となった。これについて中野は「もし馬券が買えるなら、借金してでもアイネスフウジンを1番人気にしてやりたい」と言った(実際には騎手は馬券を購入することは出来ない)。
レースは少し出遅れるものの果敢に先頭に立つと、メジロライアンの追撃を振り切り、そのまま先頭でゴール。
この時のタイムは東京競馬場改修後の2004年の日本ダービーでキングカメハメハに破られるまでレコードタイムだった。なお、先んじて1999年の日本ダービーでアドマイヤベガがタイ記録をマークしている。
そしてレース後、ウイニングランに現れたアイネスフウジンと中野を讃え、大観衆は「中野コール」(ナカノコール)を贈った。これが勝利騎手への大歓声の先駆けとされる。この日の東京競馬場には先述の通り19万人を越える入場者を記録しており、この日本ダービーはかのオグリキャップらによって盛り上がっていた競馬ブームの最高点に達したという声もある。

しかし、この激走の代償は大きく、故障のためそのままダービーを最後に引退となった。
種牡馬としては、帝王賞(大井競馬場で開催されるGⅠ)などを勝利したファストフレンドを輩出した。
2004年に腸捻転により17歳で死去。食欲旺盛で人懐こい性格だったため、引退後もファンに愛されていた。

同期との対決では、上記の通りメジロライアンとは、弥生賞・皐月賞・東京優駿の3度走って2勝1敗(メジロライアンは皐月賞では3着)。
菊花賞馬メジロマックイーンとは1度も対戦していない。

関連イラスト

センシティブな作品
アイネスフウジン⑫
センシティブな作品センシティブな作品


アイネスフウジン②
アイネスフウジン③
センシティブな作品センシティブな作品



関連タグ

ウマ娘プリティーダービー

同世代(1987年生まれ)

メジロライアン(ウマ娘) メジロマックイーン(ウマ娘) メジロパーマー(ウマ娘) ダイタクヘリオス(ウマ娘) イクノディクタス(ウマ娘)
逃げ切りシスターズ

関連記事

親記事

ウマ娘 うまむすめ

兄弟記事

pixivに投稿された作品 pixivで「アイネスフウジン(ウマ娘)」のイラストを見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 464753

コメント