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宝塚記念の編集履歴

2022-12-03 13:45:19 バージョン

宝塚記念

たからづかきねん

JRA(日本中央競馬会)が阪神競馬場で開催するGⅠの重賞競走。

「灼熱のグランプリへ。」

  • JRA2013年CM「THE LEGEND」シリーズ・宝塚記念編より

概要

阪神競馬場・芝2,200mコースで開催されるJRAGⅠレースのひとつで、冬季開催の有馬記念と並ぶ夏のグランプリレース

有馬記念と同じくファン投票で出走馬を選出する。


1960年、「関西地区の競馬を華やかに盛り上げよう」という趣旨の下、上半期の競馬の総決算的レースとして阪神競馬場・芝1800m戦として創設された。以降、2000m(1961年)及び2200mへの距離延長(1966年)や、グレード制導入によるGⅠへの格付け(1984年)などを経つつ現在に至っている。


基本的に6月第4日曜日の開催で(年によっては5月末・6月初旬・7月初旬に開催されたことも)、上半期最後のGⅠレース。発走時のファンファーレは宝塚記念オリジナルでJRAのファンファーレでは年に1回しか使われないものの一つである(他に「名鉄杯」もオリジナルファンファーレで名鉄電車のミュージックホーンをアレンジしたもの)。

「夏」と書いたが、競馬シーズンとしては「春競馬」の締めくくりとして扱われるため「春のグランプリ」という呼ばれ方をする(そのため、同様の理由で「秋競馬」の締めくくりとして扱われる有馬記念と合わせて「春秋グランプリ」とも呼ばれる)。宝塚記念が終わると主要4場(東京・中山・阪神・京都)での開催は一旦お休みとなり、ローカル場を舞台とする「夏競馬」のシーズンが始まる。


概要の台詞は杉本清・元関西テレビアナウンサーの実況が元ネタ。この後「あなたの夢はなんですか?私の夢は○○です」と続き自分の本命馬を表現していた。ただ本命にされた馬にとっては負けフラグ。この中でも、1998年天皇賞(秋)においてサイレンススズカが無念の予後不良後となった後に行われた1999年の第40回開催における「あなたの夢はスペシャルウィークグラスワンダーか…私の夢はサイレンススズカです。夢叶わぬとはいえ、もう一度この舞台でダービー馬やグランプリホースと走ってほしかった」という台詞はスポーツ実況屈指の名言として有名になっている。


なお、3歳馬も出走出来るが、2021年現在3歳で優勝した競走馬はいない。

その理由として、有力馬の3歳シーズンは日本ダービー優駿牝馬などのクラシック競走が目標となり、ダービーやオークスからでは間隔が短く馬の疲労が抜けきれてないことが殆どであり、基本的にはそのまま休養に入る。

3歳馬の最高記録は2002年ローエングリンが記録した3着である。


日本ダービーやエリザベス女王杯と同様に、日本で最も堅い決着が多いGIの1つ(あくまで堅めであり全く荒れないわけではない)。


2017年より春古馬三冠競走の最終戦に位置づけられている。

競走条件

出走資格

サラ系3歳以上(出走可能頭数:18頭)

JRA所属馬(ファン投票選出馬・JRA選出馬)

地方所属馬

外国調教馬(最大8頭まで、優先出走)

出走馬の選定方法は以下のとおり。


特別登録を行った馬の中からファン投票上位10頭が優先出走できる。

上記以外の馬(外国所属競走馬を除く)は「通算収得賞金」+「過去1年間の収得賞金」+「過去2年間のGI競走の収得賞金」の総計が多い順に出走できる(地方所属馬も同様)

負担重量

定量(3歳53kg、4歳以上58kg、牝馬2kg減)


歴代優勝馬・鞍上

馬名   鞍上  備考
昭和時代
第1回1960年ホマレーヒロ近藤武夫
第2回1961年シーザー伊藤修司
第3回1962年コダマ栗田勝
第4回1963年リユウフオーレル宮本悳
第5回1964年ヒカルポーラ高橋成忠
第6回1965年シンザン栗田勝
第7回1966年エイトクラウン内藤繁春史上初の牝馬制覇
第8回1967年タイヨウ内藤繁春
第9回1968年ヒカルタカイ野平祐二
第10回1969年ダテホーライ宇田明彦
第11回1970年スピードシンボリ野平祐二
第12回1971年メジロムサシ横山富雄
第13回1972年ショウフウミドリ松本善登
第14回1973年ハマノパレード田島良保
第15回1974年ハイセイコー増沢末夫
第16回1975年ナオキ佐々木昭次
第17回1976年フジノパーシア大崎昭一
第18回1977年トウショウボーイ武邦彦
第19回1978年エリモジョージ福永洋一
第20回1979年サクラショウリ小島太
第21回1980年テルテンリュウ西浦勝一
第22回1981年カツアール樋口弘
第23回1982年モンテプリンス吉永正人
第24回1983年ハギノカムイオー伊藤清章
グレード制導入
第25回1984年カツラギエース西浦勝一
第26回1985年スズカコバン村本善之
第27回1986年パーシャンボーイ柴田政人
第28回1987年スズパレード蛯沢誠治
第29回1988年タマモクロス南井克巳
平成時代
第30回1989年イナリワン武豊
第31回1990年オサイチジョージ丸山勝秀
第32回1991年メジロライアン横山典弘馬場改修のため京都競馬場開催。
第33回1992年メジロパーマー山田泰誠
第34回1993年メジロマックイーン武豊
第35回1994年ビワハヤヒデ岡部幸雄
第36回1995年ダンツシアトル村本善之阪神・淡路大震災のため京都競馬場開催。ライスシャワー予後不良
あなたの夢は誰でしたか?
第37回1996年マヤノトップガン田原成貴
第38回1997年マーベラスサンデー武豊
第39回1998年サイレンススズカ南井克巳サイレンススズカの宝塚記念競馬 サイレンススズカ
第40回1999年グラスワンダー的場均グラスワンダーの宝塚記念
第41回2000年テイエムオペラオー和田竜二この後、古馬中長距離GⅠ「年間グランドスラム」達成。
第42回2001年メイショウドトウ安田康彦テイエムオペラオーのGⅠ連勝を阻止。
第43回2002年ダンツフレーム藤田伸二
第44回2003年ヒシミラクル角田晃一単勝2億円を当てた「ミラクルおじさん」が有名になった。
ヒシミラクルの宝塚記念
第45回2004年タップダンスシチー佐藤哲三
第46回2005年スイープトウショウ池添謙一グレード制導入後初の牝馬グランプリ制覇
スイープトウショウ
第47回2006年ディープインパクト武豊
第48回2007年アドマイヤムーン岩田康誠
第49回2008年エイシンデピュティ内田博幸
第50回2009年ドリームジャーニー池添謙一
第51回2010年ナカヤマフェスタ柴田善臣宝塚記念メンバーをマグカップに入れてみたナカヤマフェスタ選手のゴール!!
第52回2011年アーネストリー佐藤哲三【捧げもの】第52回宝塚記念優勝馬と鞍上。佐藤哲三騎手
第53回2012年オルフェーヴル池添謙一前年の皐月賞日本ダービー菊花賞有馬記念とあわせて5冠達成
金色の王者オルフェーヴル
第54回2013年ゴールドシップ内田博幸ごーるどしっぷ
第55回2014年ゴールドシップ横山典弘2着:カレンミロティック 3着:ヴィルシーナ ゴールドシップ、史上初の2連覇達成
宝塚記念
第56回2015年ラブリーデイ川田将雅ゴールドシップ3連覇ならず→120億円事件
第57回2016年マリアライト蛯名正義
第58回2017年サトノクラウンミルコ・デムーロ
第59回2018年ミッキーロケット和田竜二和田17年ぶり悲願の中央GⅠ制覇
2273 宝塚記念 ~ゴール直後の男泣き~
令和時代
第60回2019年リスグラシューダミアン・レーン有馬記念も制し史上初の牝馬グランプリ春秋制覇。
第61回2020年クロノジェネシス北村友一※新型コロナウイルス感染拡大の為、無観客開催
第62回2021年クロノジェネシスクリストフ・ルメール※前年末の有馬記念と合わせてグランプリ3連覇、史上2頭目の宝塚記念2連覇
第63回2022年タイトルホルダー横山和生2分9秒7のレコードタイムを樹立

関連項目

JRA ファン投票

有馬記念:宝塚記念と有馬記念を同年に優勝すると、「春秋グランプリ制覇」と言われる。


帝王賞:宝塚記念の3日後、6月第4水曜日に大井競馬場で開催されるダートJpn1。


春古馬三冠大阪杯 天皇賞(春)

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