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バンブーメモリー(ウマ娘)

ばんぶーめもりー

バンブーメモリーは、『ウマ娘プリティーダービー』に登場するウマ娘である。
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プロフィール

誕生日5月14日
身長157cm
体重増減なし
スリーサイズB75/W58/H81

CV:藍原ことみ
「これからビシバシ特訓してください!ヨロシクオナシャーッス!」

熱血スポ根体育会系ウマ娘。
鬼の風紀委員長として怖れられていて、レースでは真っ向勝負で打ち負かすことを信条としている。
超単純で短絡的な性格をしているため、親切だがいつもうまくいかず悩んでいる。
女の子っぽいことは苦手。
(公式ホームページより)

容姿

「夢」と書かれた鉢巻きを付けている。
勝負服では風紀委員らしく「風紀委員」と書かれた腕章と、冠名にちなんで竹刀を持っている。

競走馬バンブーメモリー

1985年生まれ。
生産地のバンブー牧場は、1982年日本ダービーを優勝したバンブーアトラスや、その産駒で1989年菊花賞を優勝したバンブービギンを輩出している。
調教師武豊の父である武邦彦

1987年11月にこの年ルーキーだった武豊を背にデビュー。
しかし、デビューから約1年は条件馬であり中々上がれなかった。

1989年のシルクロードステークス(オープン)で3着になると、翌週の安田記念では名手岡部幸雄を背に10番人気ながら優勝。連闘(2週連続で走ること)でGⅠを勝利する離れ業を見せた。(2018年の安田記念では、モズアスコットが同じく連闘で勝利している。)
続く宝塚記念はイナリワンの5着に敗れた。
夏のGⅡ高松宮杯(現GⅠ高松宮記念)は2着。
秋はスワンステークス(GⅡ)から始動し1着になるも、マイルチャンピオンシップではオグリキャップにハナ差で敗れ2着。
平成三強が勢揃いしたジャパンカップはまったく見せ場のないまま15頭立ての13着に惨敗。

1990年では連覇を目指した安田記念(騎手は河内洋)で武豊が乗ったオグリキャップの6着に敗れた。
夏の高松宮杯は武豊を背に1着。天皇賞(秋)は同期の皐月賞ヤエノムテキに敗れ3着。
マイルチャンピオンシップはパッシングショットに敗れ2着。(ちなみに3着はスイープトウショウの祖母サマンサトウショウ。)
そして、この年からGⅠに昇格したスプリンターズステークスでは武豊を背にパッシングショットやダイタクヘリオスを下して1着。

1991年も現役を続行するが、3回目の出走となる安田記念では前走京王杯スプリングカップ(GⅡ)から頭角を現したダイイチルビーとダイタクヘリオスに敗れ3着。
宝塚記念メジロライアンメジロマックイーンに勝ったその後ろでまさかの最下位(10着)。
以後CBC賞(GⅡ)9着、毎日王冠(GⅡ)6着、スワンステークス8着、マイルチャンピオンシップ8着と一度も掲示板にも載れないまま引退した。

引退後は種牡馬になるも活躍馬は出ずバンブー牧場で余生を送っていたが、2014年に老衰のため29歳で死去した。

関連タグ

ウマ娘プリティーダービー

バンブーメモリーと対戦経験のある馬がモデルのウマ娘
太字の競争名はバンブーメモリーが先着したレース。
1歳上(1984年生まれ)
イナリワン(ウマ娘):'89宝塚記念☆、'89ジャパンカップ
ゴールドシチー(ウマ娘)'89宝塚記念

同世代(1985年生まれ)
オグリキャップ(ウマ娘):'89マイルチャンピオンシップ☆、'89ジャパンカップ、'90安田記念☆
スーパークリーク(ウマ娘):'89ジャパンカップ

2歳下(1987年生まれ)
メジロライアン(ウマ娘):'91宝塚記念☆
メジロマックイーン(ウマ娘):'91宝塚記念

1986年生まれの競走馬は1頭もウマ娘になっていない。

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