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京浜急行電鉄

けいひんきゅうこうでんてつ

東京都と神奈川県東部、三浦半島に路線を有する大手私鉄。正式名称は、「京浜急行電鉄株式会社」
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概要

東京下町から三浦半島の山岳地帯までを疾走する、赤を主体とした塗装の電車が目印。あまり顧みられることはないが、関東地方初の電気鉄道事業者である(日本初は京都市電)。別名「ハマの赤い稲妻」「路地裏の超特急」など。
ネット界では俗にいうテレビ東京と同じ愛され方をしている。一方、沿線住民からの評価は完全に二極化しており、絶対的支持か、死んでも乗らないかのどちらかである。
昭和後期より関東他社局の通勤車両がステンレス無塗装主流となっている中、21世紀の新造車でさえ全塗装にこだわる姿勢が特徴だった。しかし時代の趨勢には抗いきれず、現在導入が進む新1000形はステンレス無塗装にラッピングによる赤白帯になり、旧来からのファンの一部に変更を惜しまれている。
日本の通勤車両の中でもスペックがかなり高く、地下鉄型車両を凌駕する起動加速度と特急型車両並の高速域性能を両立している。今でこそ120km/hでの営業運転は他社局の新規路線にリードを許しているものの、それでも最もスピードを出す京急川崎〜横浜間の表定速度(ダイヤ上のドア閉めからドア開けまでの平均速度)は104km/hに達しており、10kmストップアンドゴーではおそらく日本一である。
お客様の目線に近い事業運営も特徴の一つで、運用経費よりも利便性や輸送能力を優先する姿勢、多種多様なファンイベントやコラボ企画なども意欲的に行っている。
Pixiv的には、公式萌えキャラ「けいきゅう♪ドレミたん」の存在も見逃せない。けいきゅんってのもいるけど。

けいきゅんドレミたん



KQクオリティ

鉄道ファンにとっては

  • 逝っとけダイヤ」…事故などのダイヤ異常時における輸送量維持を目的とした、無ダイヤ状態での臨機応変な運転変更。行き先・種別・接続が分単位で変更になり、次の駅でいきなり降ろされたりするがプロ乗客はうろたえない。なぜなら後ろに何本も渋滞しているからだ。運悪く乗り入れていた他社車両も巻き添えを食って馬込宗吾に帰れなくなる。
  • 本線高速入替」…営業列車の隙間を縫いつつ、8両ないし12両編成が軽自動車のような機敏さで縦横無尽に本線を逆走して車両の入れ替えを行う。UST(浦賀サイドターン)など。
  • 京急スピリッツ」…線路内落下物で緊急停止するや否や、ダッシュで飛び掛って自ら撤去しにいく運転士。車や土砂に激突しても、防護して退避駅に到着するまで気絶しなかった重傷の運転士。赤信号で待たされ、指令所に無線で文句をいう運転士。
  • 真っ赤な誓い」…運転士の目線が語る、隣接路線への露骨な対抗意識。というか過去にテレビ番組で「負けたくない」と公言しちゃった。ここではオレが皇帝(エンペラー)だ。キレイゴトでごまかさないタイプと見たーーーッ!
などなど、独自の運転方針を持つことから結構人気が高い。

なお、各所の高架化・C-ATS整備・国交省通達などで解消されてしまったが、最近までは
  • ノンストップ増結」…「カラの電車」(車庫から出てきたばかりの回送車)の増結時は一時停止しない。そのまま相手の満員電車に突っ込む。
  • 縦列待避」…背後に快特が迫ってるので、仕方なく普通車6両二本を1番線に詰め込む。直後に2番線に快特(ウイング号)が到着し、島式ホームはカオス状態となるがプロ客はうろたえない。2分で3本の列車が一斉に消化され、駅に静寂が戻る。
  • 変態退避」…背後に快特が迫ってるので、仕方なくお客さんを乗せたまま留置線に入り込んで待避する。空港線からの不慣れな客はそんなところに4分ほど監禁され、静寂の中の異様な空気にうろたえる。
  • ランナーを止めず電車を止める」…箱根駅伝開催時、空港線の京急蒲田(空)第一踏切で選手が足止めを喰らわないように、往路はダイヤ変更を実施、復路はそれに加え選手の切れ目を縫って列車を通す芸当をこなす。
  • 神奈川新町ストーキング」…切り離したばかりの前8両(営業)と後4両(回送)がほぼゼロ距離で同方向に発車。
…もっとひどかったんだよ。

※別にこれらが京急唯一の技だとは言っていないので、他社推しの対抗書き込みは止めましょう。

京急蒲田駅は高架化によって、トンネル反対側青砥駅のような感じの2層式ホーム(2面6線)に生まれ変わった。近鉄でいえば布施駅。2層と言っても実際はビル7~8階分の高さであり、その堂々たる佇まいをして、通称蒲田要塞と呼ばれている。
KQクオリティはここでも健在で、1番線と4番線の両方で、24本に増加した本線⇔空港線の列車を捌き切る。品川からの直通列車は糀谷と蒲田の間を逆走して急坂を滑り降りる構造となっており、糀谷の上りホームで待機する列車との正面衝突ごっこが楽しめる。いや楽しめない。高架化と同時に「✈快特」を京急蒲田通過に改定したことで大田区の猛抗議を受けたものの華麗にスルーしたことは全国ニュースにもなった。

滅多なことでは運転見合わせをしない鉄道でもあり、かつては崖崩れが起きても翌日には元気に運転していた(なおこの時の復旧作業の早さには、現場周辺住民の協力があったことも大きいとされる)。
人身事故からの運転再開も異常なほど早く、運転士および車掌は専用の手袋とビニール袋を素早く用意して負傷者を救護する。乗客本位の運行理念のため、電車はそのまま運行を再開、運転士および車掌だけが途中で交代して現場検証と事情聴取に向かう。
近年自然災害によって運行見合わせとなった例は、東日本大震災の津波警報による抑止、2012年9月の崖崩れで5駅間を2日間部分運休にした件などが挙げられるが、ほかには2011年9月21日私鉄各線やJRが強風で14時〜16時台に運転見合わせになる中、17時頃までギリギリ粘って運転を見合わせた時くらい。2011年の時には金沢文庫駅で「ウチ(京浜急行)が最後まで走っていたんですが、規定の風速を超えてしまい運行できないんです」と悔しそうに駅職員が対応している姿が見られた(ただし、西武鉄道とはチキンレースの関係とも言われる)。
その一方自然災害に強い路線の評判が仇となり、振替客の殺到というデメリットを招くことも多い。近年は特にその傾向が顕著である。2009年10月8日朝のラッシュ時に首都圏の鉄道のほとんどが台風で麻痺し、運転見合わせの中自社基準で警戒風速に達していないため運行を続けていた京急に乗客が殺到。ついに9時20分「JRからの振替受託による混雑でホームから人がはみ出て危険な状態」という、いかにも京急らしい理由で全線に抑止の指令が出された。
東日本大震災から明けた次週の月曜日は、殺到を見越して夕方の運休が昼過ぎに予告された。

「先頭車は絶対電動車」「バネ下重量の過度な軽量化禁止(※)」という掟がある。その理由は先頭車をできるだけ重くして「脱線しても転覆しないように」「閉塞検知を確実に早く踏んで信号誤作動を防ぐため」「加速進段中の滑走(フラット、自動車流にいうなら「スリップ」)発生時でも動軸に速度計が付いていれば速度計以上の速度が出ている可能性は低い」であり、高速運転と安全の両立のための備えである。
過去にはゲンコツ電車などの例外もいたが、現在は乗り入れ他社にも厳密に適用される。
  • ※:これをしばしば「ボルスタレス禁止」と表現されるが、あくまで「バネ下重量に一定の重量を保つ」と「蒲田の空港線分岐の急曲線」という条件が合わさった結果ボルスタレスを採用しなかっただけのこと。物理的な問題である後者が解決された今後においてもボルスタレス台車を採用しないかは不確定である。なお、下にある「関西にいる、宿敵と書いて『とも』と呼ぶ関係」の阪急電鉄はボルスタレス台車採用実績がある。なお、ボルスタレスは枕バネ構造の一種であり軸受・軸案内構造とは直接関係しないのでこの点も注意(日本におけるボルスタレス台車の元祖はキハ181系のDT40系台車だが、軸受は国鉄伝統のウィングペデスタル方式である。ついでに言うとこの台車決して軽くない。ボルスタレス構造としたのは2軸駆動化の為プロペラシャフトが台車の前後をぶち抜く構造にする必要があったため)。

ゴジラシリーズには、比較的協力的な姿勢であり、京急のみが毎回破壊、運休となっている。(ほぼ同じ区間を走る国鉄、JRは、非協力的である。)

路線

京急本線(泉岳寺~浦賀)
京急空港線(京急蒲田~羽田空港第2ビル)
京急大師線(京急川崎~川崎大師)
京急逗子線(金沢八景~新逗子)
京急久里浜線(堀之内~三崎口)
このうち、大師線のみ本線との直通運転が無い。

ライバル

JR東日本およびその一味との乗客の取り合いもあり、横浜〜川崎間で料金、速達の競争を行っている。特に互いを視認できる併走区間(横浜駅〜鶴見付近)では京急がJR車両を確認すると加速する、という、俗に「電車でD」とも呼ばれるデッドヒートを展開するような高速走行が展開されている。
このような「同じルートを複数の鉄道会社間で競争する」という状況は関東地方では割と珍しく、それだけに車両におけるサービス面でも力を入れている。例えば特急料金不要の車両にクロスシートを積極的に導入するなど、これまた人口密度の高い関東地方ではあまり見られない光景が見られる。
現在、横浜〜品川間では京急の20円程度に対してJRは100円もの運賃割引で対抗しており、わずかにJRのほうが安い。京急側が引き下げないのは基本安い料金をさらに下げた分をJRでそれ以上に下げるため。埒があかないので結局あきらめた模様。そのかわり着席サービスと空港連絡重視で対抗している。
JR東日本グループとの競争は、ほかにも羽田空港ステージと三浦半島ステージでも見ることができる。東京モノレールやリムジンバスとの競争はメディアを巻き込み熾烈さを増しつつあるが、後者についてはすでにJR側に諦めムードが蔓延しており、いまいち盛り上がりに欠ける様子。
一方、ほかの私鉄との関係は利益競合しないためか良好で、直通先の京成電鉄、芙蓉グループ仲間の東武、沿線開発のパートナーで主要株主の一つである西武とは、広告や合同イベントをたびたび行っている。関東圏だけでなく空路を挟んで全国規模で相互広告や合同イベントが展開される。

直接のライバル関係ではないが、しばしば関西私鉄と対比される。アルミ車体車の塗装、車両の高加減速性能、アナウンスや方向幕の略語使用など。特に“特急の特別料金不要・クロスシート車・国鉄との伝統の一戦・台車軽量化否定組”といった要素から阪急電鉄との比べられることがしばしばある(西の阪急東の京急)。

歴史

大本の大師電気鉄道は標準軌で開業。当時は六郷橋(現在の港町と京急川崎の間の踏切周辺)~川崎大師を結ぶ路面電車で、競合は人力車だった。すぐに京浜電気鉄道と名称変更し、品川と横浜への延伸を目指す。あくまで路面電車の延伸と言い張っていたが、多くの区間では路地裏に専用線を敷いて、時速40~70km/hで快走していたという。都電との相互直通を見据えて馬車軌間に変更するが、品川(現・北品川)⇔高輪(現・品川駅前のR15路上)のごく短い区間に片乗り入れしていたのを除き、ほとんど直通は行われなかった。
その後、設立時点で倒産しかけてた湘南電鉄に資本投入し、標準軌鉄道に再度改軌して直通運転、後に合併して現在の路線に至る。太平洋戦争の開戦時に、戦時措置として東横電鉄・小田急電鉄と合併させられ、東京急行電鉄大東急の一部となるが、戦後すぐに独立して現法人の京浜急行電鉄となる。
その複雑なダイヤ構成、車両増結、退避のテクニックにおいて関東地方屈指の実力を持つ。待機線のある駅が増えたので最近は見ないが、昔は待機線のない駅で下り電車が上り線に逃げ込んでむりやり退避させるなどの無茶もやらかしていたようだ。
なお、この複雑なダイヤ構成は運転主任というベテラン運転士上がりの職人集団を擁する京急だからこそ出来る職人芸であり、如何に鉄道の技術が高い日本といえど、易々と他社が真似をできるものでない事は留意願いたい。
直通路線先も豊富であり、都営浅草線京成電鉄との密着度も高い。なお都営浅草線は日本初の官民相互乗り入れ地下鉄、ならびに日本初の電子式ATS発祥路線であり、当然ながら京急もスタメンである(乗り入れは京成のほうが先)。

ダァシエリイェス

京急では自社線内での到着駅自動案内放送を一切採用せず、定型文や英語放送を除いて車掌自身がワイヤレスマイクで車内放送を行う。これは自社車両だけではなく、他線で自動案内を行っている都営車や京成車の場合でも同様で、わざわざ機能を切っているようである。
なおドアを閉める車掌は「ドアを閉めます(ダァシエヤス)」と宣言するため、表題の表記は駅員による注意喚起である。

余談

鉄道企画が多いことで有名なTV番組「タモリ倶楽部」では、現在企画協力に参加した回数が最も多い鉄道会社としても有名。

18m車両ではあるが、12両編成(216m+α)での運転は大手私鉄最長、旅客用の電車に限ればJRグループを除いて私鉄最長である。

蒲田も新子安も京急のほうが元祖である。どちらも鉄道省(後の国鉄・JR)が後から設置したのだが、京急がわざわざ名前を変えた。

現在のアルファベット略称は「KK」、古くは「KHK」だったが、パスネット時代の印字は「KQ」であり、公式が悪ふざけだった。

運転されている車両

他社への乗り入れ協定上、車両形式は千の位が0、1、2である。

営業用車両

600形(3代目)
800形(2代目)
1000形(2代目)
1500形
2000形
2100形

事業用車両

デト11形
デチ15形
デト17形

営業運転を終了した車両

営業用車両

1000形(初代)
700形(2代目)
230形
120形
140形
800形(初代)→1000形(初代)に編入
700形(初代)→600形(2代目)
600形(初代)→400形に編入
300形
500形

事業用車両

デト20形
デト30形
デワ40形
クト1形
ホ50形
チ60形
リ70形

関連タグ

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