ピクシブ百科事典

目次[非表示]

概要

プロフィール

誕生日5月19日
身長164cm
体重理想的な仕上がり
スリーサイズB92・W58・H88
CVLynn

気さくで明るく、キレイで優しい。一見ステキなお姉さまウマ娘。しかしセンスは少し古臭く、世間とほんの少しずれているよう。本人も気にしていて、そのせいか最近の流行りにはとても敏感である。
公式ポータルサイトumamusume.jpより)
「AnimeJapan2016」でウマ娘18人が発表され、17人がその日のうちにモデルとなった競走馬を特定される中で、マルゼンスキーだけは特定が難航し、ジェンティルドンナ説も有力視されていた。

下記に記す通り、モデルとなったマルゼンスキー号は1974年生まれであり、ウマ娘のモデルとなった競走馬の中では最も世代が古く、最も新しい2013年生まれのサトノダイヤモンドとは実に39歳差で、次に古いミスターシービーですら6歳年下、シービーの父親に当たるトウショウボーイとは1つ上にあたり、当時の競馬マスコミには(後に伝説となる1977年の)有馬記念でのトウショウボーイやテンポイントとの対戦を期待する記事も見られた。

そういった由来があるため、ウマ娘たちの中ではお姉さん枠の一人に数えられる一方、死語を口走ったり、周囲とのセンスのギャップに狼狽えたりしている。スペシャルウィーク曰く「温かくて安心する」 「お母ちゃんみたい」とのこと(※ スペシャルウィーク号はマルゼンスキー号の孫)。

ソロ曲

マルゼンスキー
マルゼンスキー


私の本性は 真っ赤なスーパーカー
『 禁断 Burning Heart 』
作詞・作曲・編曲:Cygames (本田晃弘)

ゲーム

マイルと逃げに適性があり、短・中距離もそこそこ行ける。
基本的に逃げ脚質で育成をする、固有スキルは逃げ同士の競り合いでも発動するので使い勝手がいい。
育成の目標はマイルと中距離が多い、一度長距離があるが出走すればいいので問題はない。
総じて育成のしやすさ固有スキルの良さとバッチグーな頼れるお姉さんである。

ちなみに、目標レースのうち、スプリングステークスたった5人だけの競走となるが、これはマルゼンスキー号の強さに恐れをなして回避馬が相次いだことで、スプリングステークスではないが8戦中4戦が5頭立てのレースだった(最低でも5頭いないと競走不成立となる)ことに拠る。
また、東京優駿(日本ダービー)では史実の中野渡清一騎手の言葉を受け、大外枠固定となっている。

更に、目標レースになっていないクラシック7月前半の「ラジオNIKKEI賞」に勝利すると特別なイベントが発生。やる気アップに全ステータス+3、スキルpt+60に加えて「注目株」になる。これはマルゼンスキーが伝説を残した「日本短波賞」のレースを元にしたもの。
ラジオNIKKEI賞の前身である日本短波賞は、かつてダービーに出走が叶わなかったクラシック世代の馬の目標レースとして使われていたことから「残念ダービー」という俗称がある。
ウマ娘でのマルゼンスキーはダービーへの出場が叶うため、わざわざ“残念ダービー”に出場する必要はないので、あえて目標には設定されていないのだろう。

アニメ

気さくで明るく、キレイで優しい。一見ステキなお姉さまウマ娘。しかしセンスは少し古臭く、世間とほんの少しずれているよう。本人も気にしていて、そのせいか最近の流行りにはとても敏感である。
チーム<リギル>所属。その圧倒的な実力からスーパーカーの異名を誇り、自身の再来と呼ばれる後輩のグラスワンダーにとっては良い先輩になっている。
アニメ公式サイトanime-umamusume.jpより)

第1話でチームリギルの一員として画面に登場しているが、台詞付きで登場したのは第5話。
ゴールドシップ(ウマ娘)×メジロマックイーン(ウマ娘)スペシャルウィーク(ウマ娘)×マルゼンスキー、トウカイテイオー(ウマ娘)×シンボリルドルフ(ウマ娘)という関係性が描かれる。

スペちゃん…?


競走馬マルゼンスキー

1976~77年に活躍。朝日杯3歳ステークス(現・朝日杯フューチュリティステークス)優勝など8戦8勝を記録した無敗馬。あまりの強さから「怪物」や「スーパーカー」などと呼ばれた。

1976年12月12日 中山競馬場

脚部の形状に不安要素を抱えていたため強い調教もできず、レースでも全力を出せなかったにもかかわらず圧勝を続け、その実力が遂に未知数だったことから、日本競馬史における最強候補の一角に挙げられることも多い。

彼が生まれた1974年当時は、海外で受胎し日本で出産した馬は「持込馬」と呼ばれ外国産馬と同様の扱いを受けたため、クラシック三冠レース、天皇賞には出走できなかった。
それ以外のレースも出走条件(混合)でなければ出走できなかった上、マルゼンスキーの強さを恐れて出走馬が集まらずレースそのものが不成立になりかけたこともある。

日本ダービーの際には中野渡清一騎手が「賞金もいらない、大外枠でいい、他の馬に迷惑をかけないから出走させてほしい」と語ったこともある。

ダービーの代わりに出走した77年「日本短波賞」では、逃げてから途中で一旦レースを止め、後続が追いついた瞬間に再加速し、再び2着を7馬身も突き放すというとんでもない強さを見せつけて勝利した。2着馬はこの年の菊花賞馬プレストウコウであり、決して弱い馬だけを相手にしたわけではない。

1977年6月26日 中山競馬場

9戦目となる有馬記念への出走直前、故障によって引退。レースで活躍する機会に恵まれないまま、1978年から種牡馬となる。
産駒のホリスキーレオダーバン菊花賞優勝、サクラチヨノオー日本ダービー優勝等、1980年代にノーザンテーストとリーディングサイヤーの座を争った。
孫世代ではライスシャワーが菊花賞・天皇賞優勝、ウイニングチケットが日本ダービー優勝、スペシャルウィークが日本ダービー、天皇賞春・秋、ジャパンカップ優勝等の成績を残している。
1990年にJRA顕彰馬に選定される。
1997年、23歳の時に心臓麻痺で没。

グラスワンダーは1997年の朝日杯3歳ステークスをレコード勝ちし、マルゼンスキーとの比較で、「史上最強の3歳馬」と評価された。

ウマ娘のモデルとなった持込馬
ニシノフラワー ビワハヤヒデ エイシンフラッシュ


モチーフ

モチーフとなる馬として最も古い年代であることから死語を連発するキャラクターになっているが、内容は1970年代から1990年代まで約30年ほどの幅広い期間から選ばれている(これは競走馬マルゼンスキーの存命期間とほぼ同じ)。

また異名の「スーパーカー」に由来する演出も多いが、ゲームでは逐一1970年ころの当時のスーパーカーをモチーフとした演出になっており、かなりこだわって作られているようである。赤い衣装はおそらくランボルギーニ・カウンタックにちなむ。


余談

アプリ「ウマ娘プリティーダービー」でのガシャ演出が
どう見ても「ひとっ走り付き合えよ」で有名な仮面ライダーだったせいか
このような動画が作られることに。

第65回大阪杯にてレイパパレという馬が勝ち、マルゼンスキーのCV担当Lynnは百万馬券を的中させたがこのレイパパレ、血統を見てみると母方がマルゼンスキーの血筋
彼女はレース後にレイパパレの血筋を辿りマルゼンスキーを見つけて驚いていた

関連イラスト

マルゼンさん
マルゼンとスペ
ウマ娘リリース記念 マルゼンスキー
ナウなヤングにバカウケ


マルゼンスキー
気づいたら
マルゼンスキー
スーパーカー


センシティブな作品
vacation
マルゼンスキー
センシティブな作品


センシティブな作品センシティブな作品
彼女にとって超ナウいゲーム
マルゼンスキー




関連タグ

スペシャルウィーク(ウマ娘) ライスシャワー(ウマ娘) ウイニングチケット(ウマ娘)
サクラチヨノオー(ウマ娘) カレンチャン(ウマ娘)
ニシノフラワー(ウマ娘) ビワハヤヒデ(ウマ娘) エイシンフラッシュ(ウマ娘)

関連記事

親記事

ウマ娘 うまむすめ

兄弟記事

pixivに投稿された作品 pixivで「マルゼンスキー(ウマ娘)」のイラストを見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 1134613

コメント