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マルゼンスキー(ウマ娘)

うまむすめのまるぜんすきー

メディアミックスプロジェクト『ウマ娘 プリティーダービー』に登場するキャラクター「ウマ娘」の一人。モチーフは1970年代後半の日本中央競馬において、英クラシック三冠馬・ニジンスキーから受け継いだ驚異のスピードとパワーで8戦8勝を記録し「スーパーカー」の異名を誇った表彰馬・マルゼンスキー。
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1日の始まりは元気よくね!さあ、今日も全力でがんばルンバ!

プロフィール


キャッチコピー昭和レトロな、スーパーカーお姉さん
誕生日5月19日
身長164cm
体重理想的な仕上がり
スリーサイズB92・W58・H88
靴のサイズ左右ともに26.0cm
学年高等部
所属寮一人暮らし
得意なことドリフト
苦手なこと徐行運転
耳のことユーロビートを聴くとかっ飛ばしたくなる
尻尾のこと朝シャンでサラサラにするのがマイブーム
家族のこと真っ赤なスーパーカーは、父のお古
ヒミツ①助手席だと車酔いしやすい / ②ナタデココを飲み込むタイミングで迷いがち
自己紹介ハァーイ、マルゼンスキーよ!君も見にきたんでしょ? 異次元の走り。ふふっ♪ 首ったけになっても…知らないゾ♪
CVLynn

颯爽としているが、どこか言葉遣いが古いお姉さん。
走りに純粋な歓びを感じるスピード狂で、道路では愛車のスーパーカーでレース場では自らの脚でかっ飛ばす。
圧倒的なポテンシャルを持ちながらも偉ぶることなく、皆から慕われている。
公式ポータルサイトumamusume.jpより)

(リニューアル前)
気さくで明るく、キレイで優しい。一見ステキなお姉さまウマ娘。しかしセンスは少し古臭く、世間とほんの少しずれているよう。本人も気にしていて、そのせいか最近の流行りにはとても敏感である。

ソロ曲

センシティブな作品


私の本性は 真っ赤なスーパーカー
『 禁断 Burning Heart 』
作詞・作曲・編曲:Cygames (本田晃弘)

概要

メディアミックス作品『ウマ娘プリティーダービー』に登場するウマ娘。実在した競走馬であるマルゼンスキーをモチーフとする。

「AnimeJapan2016」でウマ娘18人の原案が発表され、その日のうちに17人がモデルとなった競走馬を特定される中で、マルゼンスキーだけは特定が難航し、ジェンティルドンナ説も有力視されていた。
マルゼンスキー号は1974年生まれであり、ウマ娘のモデルとなった競走馬の中では最古参。最も新しい2013年生まれのサトノダイヤモンド号とは実に39歳差で、歳の近いミスターシービー号ですら6歳年下。
シービーの父親に当たるトウショウボーイ号やテンポイント号、グリーングラス号の三強――いわゆる「TTG」との対戦を期待されていた世代だが、故障で引退を余儀なくされたという経緯がある。

関東馬に分類されるものの、現役当時は美浦トレセン開業前で、東京競馬場の厩舎に所属した。そのためか本作ではトレセン学園に隣接する美浦寮ではなく、一人暮らしをしている。
ウマ娘たちの中ではお姉さん枠の一人に数えられる一方、後輩たちに通じない死語を口走ったり、周囲とのセンスのギャップに狼狽えたりしている。スペシャルウィーク曰く「温かくて安心する」「お母ちゃんみたい」とのこと(スペシャルウィークの母方の祖父がマルゼンスキー)。
トウカイテイオーによると父親はバレエダンサーとの事。マルゼンスキー号の父・ニジンスキー号の名前は同名のバレエダンサーに由来している。

その異名に因んでかスーパーカー(後述)を所持しており、『うまよん』やアプリの一コマ漫画などで走り屋を思わせる描写が見られる。小さい頃から運転に憧れていたこともあり、運転免許を取得してからはドライバー生活を謳歌している。
助手席に他のウマ娘や仲のいい理事長秘書を乗せたがるのだが、自分が助手席に乗る側だと酔ってしまうとの事。
運転は相当激しく同乗したトレーナーも気持ちが悪くなったり合宿の時にバスに乗ろうとするほど(その後マルゼンに怒られるが)
同乗者でもスーパークリークは普通に乗れる、メジロブライトは生来ののんびり屋で激しい運転でも寝てしまう
ライスシャワーは渋滞や赤信号に良く引っかかる為、結果的に安全運転となる。

タッちゃん

マルゼンスキーが乗り回している真っ赤な愛車。元は父が乗っていたものらしい。
「相棒」と呼ぶほど愛着を持っており、メーカーのイベントで配布されるミニカーを貰いに行こうとしたことも。整備に出している間は、タッちゃん恋しさにやる気を下げてしまう。

諸々の描写から、イタリアのランボルギーニ社が1970年代に開発したミッドシップ・スーパースポーツカー「Countach」と見られている。
上下に開閉するシザードア、4灯のリトラクタブル・ヘッドライト、低い車高と流線形のシルエットで知られるスーパーカーの代表格で、[フォーミュラオブルージュ]の固有スキル演出や、育成ストーリーのカットインにシルエットが登場するため、型番はLP400やLP500あたりが有力視されている。
車体の後部にエンジンを積んでいるため定員は2名。後方視界はかなり悪く、安全に駐車するために「カウンタック・リバース」なる運転術が編み出されたりもしている、クセのある名車。クルマ事情に明るいトレーナーの間では、自動車税について案じる声もちらほら……。

容姿・デザイン

たっぷりとした鹿毛のロングヘアーで、後頭部には黒いリボンをなびかせている。原案ではウェーブのかかったヘアスタイルだが、アニメ版のデザインを経てゲーム版ではゆるめの縦ロールに近い。瞳の色は緑がかったライトブルー。
普段使いの耳飾りは黒地に濃紺のラインが入ったシンプルなリボン。

  • 勝負服

マルゼンスキー


マルゼンスキー号の勝負服(橋本牧場、橋本聖子の実家としても知られる)に使われていた「赤服・黄袖」をベースとしたカラーリング。
セーラー服の上から折り返し袖のボレロジャケットを着込み、右の上腕にはベルトが巻かれている。スカートの裾周りには黄色3本のラインが入り、尻尾の上には大きな黒リボン。ショートパンツは全体の印象に合わせたもので、両サイドが大きく開いており、細いベルト状の裾はリベット付き。
ニーハイソックスは両脚ともエンブレムのあしらわれたソックスガーターで留められ、足元はトップの大きく開いたブーツ。

  • 私服

マルゼンスキー


うまよん』で登場したコーディネートを概ね引き継ぎ、ノースリーブの花柄ワンピースに、赤いカーディガンを古式ゆかしいプロデューサー巻きで羽織っている。耳飾りも花がデザインされたものに付け替えている。
なお、ワンピースは陰になった部分にうっすらとチェック柄が見て取れるため、イラスト等でひと手間加えたい場合は取り入れても良いだろう。
ゲーム版では育成中の一部イベント(「思い出の味でフィーバー☆」など)にてバックストラップの白いパンプスも確認できる。

漫画版

ウマ娘シンデレラグレイ

中央に所属するウマ娘として登場。会長であるシンボリルドルフ同様現役を引退してるらしく、本作では登場しないエアグルーヴに代わりルドルフの補佐を務めている。
日本ダービーに参戦できなかったことを心残りにしているらしく、オグリキャップに共感を抱いていた。シリアスな描写が多いスポ根寄りの作風に引きずられてか、バブリーな言動は殆ど見せない。

アニメ版

気さくで明るく、キレイで優しい。一見ステキなお姉さまウマ娘。しかしセンスは少し古臭く、世間とほんの少しずれているよう。本人も気にしていて、そのせいか最近の流行りにはとても敏感である。
チーム<リギル>所属。その圧倒的な実力からスーパーカーの異名を誇り、自身の再来と呼ばれる後輩のグラスワンダーにとっては良い先輩になっている。
アニメ公式サイトより)

Season1

第1話でチームリギルの一員として画面に登場しているが、台詞付きで登場したのは第5話。
ゴールドシップ×メジロマックイーンスペシャルウィーク×マルゼンスキー、トウカイテイオー×シンボリルドルフという関係性が描かれる。

スペちゃん…?


スペシャルウィークがジャパンカップに出走する際には、応援に駆けつけた同期たちに邪魔にならないよう言い含めながらも、どこか羨ましげな眼差しで見守っている。

ゲーム版

リリース初期より☆3の育成ウマ娘として登場。
先輩ポジションは変わらず、持ち前の陽気さと面倒見のよさで後輩たちに慕われている。走者としてのハングリーさにはやや欠けるきらいがあるものの、楽しく走れば結果がついてくる天性の素質で、デビュー前から大きな期待を寄せられている。ストーリーではいくらか親しくなった頃に、風よりも速く駆けるウマ娘に生まれたことを幸運に思っていることを教えてくれる。ダンススキルも抜群で、先生からもお手本として挙げられるほど。
難なくドリフトをこなすなどドライバーとしても腕利きで、助手席に人を乗せるのが大好き。担当トレーナーのことは「君 / ちゃん」付けで呼んでおり、何かにつけて愛車の助手席に座らせては、交通ルールのギリギリを攻めるランデブーを半ば一方的に楽しんでいる。
本人の話しぶりでは雰囲気の似た母がいるらしく、母の教えを受けながら日々変わりゆくトレンドを追い求め、時に周囲を置き去りにしている。家事は一通り仕込まれており、料理も得意。一人暮らしの自宅には後輩が遊びに来ることもあるそうだが、特に来客の予定が無いと家事のモチベーションが上がらないらしい。
スマホは電話やメールを使う程度で、アプリをあまり使いこなせておらず、壁紙も初期設定のまま。トレーナーには「流行りのセンスが怪しい」と思われながらも、独特のナウいスタイルを生温かく見守られている。

ウマ娘ストーリー

「 それで、あなたはどんな言葉をかけてくれるの? 」

地元の後輩たちの期待に背中を押される形で「天下のトレセン学園」にやって来たマルゼンスキーは、選抜レースでの快勝を経ても担当契約のスカウトを断り続けていた。
ただ走るのが好きなだけで、これといった夢も目標も持たない自分自身に漠然とした場違い感を抱いていた彼女は、同じく野心に欠けるのんびりしたトレーナーと出会い、意気投合。程なくしてデビューを迎え、楽しげに走る背中で後輩の憧れを受け止めるようになっていく。
ただ、学園の生徒には珍しい一人暮らしに、とある悩みを抱えているようで…。

育成ウマ娘

  • ☆3[フォーミュラオブルージュ]マルゼンスキー

初期ステータス

スピードスタミナパワー根性賢さ
966886100100
+10%+0%+0%+0%+20%
バ場適性AダートD
距離適性短距離マイル中距離長距離
BABC
脚質適性逃げ先行差し追込
AEGG
成長率補正は賢さ+20%・スピード+10%

固有スキル
  • 紅焔ギア/LP1211-M
最終コーナー以降で前の方にいるとギアを変えて加速力が上がる

  • 「前の方」とあるが、逃げウマとしては5位以内と位置指定は非常に緩め。史実で「本来は逃げ馬ではない」と言われたことに由来するのだろうか。
  • スキル名の元ネタはランボルギーニ社の車に用いられた型番。同社のカウンタックシリーズをはじめとするエンジン後方縦置きの車種に付けられる略称“LP”に、排気量や馬力を指す数字部分には1976年の朝日杯3歳S(芝1600m)におけるマルゼンスキー号の1400m通過時のラップタイム“1:21.1”、駆動方式の部分に位置する“-M”はミドルペース(=さらに加速する)を表すという考察が有力。

マイルと逃げに適性があり、短・中距離もそこそこ行ける。
本人は逃げ以外の脚質適性が壊滅的だが、自前の逃げ用スキルや固有スキルは逃げでなくとも活用機会があり、魔改造して先行ウマ娘に仕上げるのも手。いずれにせよ固有を生かすためには素のスピードが何より重要なので、スピード育成はしっかり意識したい。
固有スキルは最終コーナー以降ならどこでも発動させられるため、逃げはもちろん先行ウマ娘に継承させてもよし、順位をトリガーとして発動を遅らせるべく差し・追込ウマ娘に持たせてもよし、とかなり優秀。
最終直線が長いコースで普通に使う分には、発動タイミングが早すぎてあまり意味がないが、順位調整でスパートのタイミングに合わせて発動させる“紅焔ゴルシ”がキャンサー杯で話題になったりもした。
育成しやすく固有スキルも強い、バッチグーな頼れるお姉さんである。

しかし固有が優秀な反動か、はたまた活躍した時期が大きくズレているせいなのか、タイキシャトルミホノブルボン以外の継承相性はかなり悪め。継承元にする場合、重賞を多く勝たせて相性を引き上げておきたい。

  • 目標レース
育成シナリオの目標はマイルと中距離が多い。長距離レースはマルゼンスキー号が故障・引退で出走の叶わなかった有馬記念のみだが、これには「出走」すればいいので特に障害にはならないだろう。因子継承で中距離適性を上げ、目標レースで好走できれば、ファン数稼ぎの面でも圧倒的に有利になるので入れておきたい。

スプリングステークスたった5人だけの競走となるが、これはマルゼンスキー号の強さに恐れをなして出走回避が相次ぎ、8戦中4戦が5頭立てのレースだった(最低でも5頭いないと競走不成立となる)というエピソードに拠る。

また、東京優駿(日本ダービー)への出走では中野渡清一騎手の嘆願(後述)を織り込む形で、大外枠・18番固定となっている。

更に、目標レースになっていないクラシック7月前半・ラジオNIKKEI賞に勝利すると特別なイベントが発生。やる気アップ、全ステータス+3、スキルpt+60に加えて「注目株」になる。
これはマルゼンスキー号が伝説を残した1977年・日本短波賞が前身となっているレース。クラシックレースに出走が叶わなかった、出走しても成果を上げられなかった馬の目標レースとして使われる「残念ダービー」と呼ばれるレースの中でも、出走条件に「東京優駿の1着馬を除く」とあったことが特筆される。
『ウマ娘』でのマルゼンスキーはダービーへと挑む機会を掴んだため、わざわざ“残念ダービー”に出場する必要はないと、あえて目標には設定されていないのだろう。

  • ☆3[ぶっとび☆さまーナイト]マルゼンスキー
初期ステータス
スピードスタミナパワー根性賢さ
100699387101
+15%+0%+0%+0%+15%
バ場適性AダートD
距離適性短距離マイル中距離長距離
BABC
脚質適性逃げ先行差し追込
AEGG
成長率補正はが賢さ・スピードとも+15%

固有スキル
  • グッときて♪Chu
スキルで持久力を回復するとレース後半で前の方にいる時にレッツラゴー!と速度を上げる

  • 回復スキルを発動させ、かつ走行距離が50%以上&順位が3位以内の時に速度上昇

固有二つ名

スーパーカー
無敗で8連勝以上し、平均7バ身差以上で勝利する

  • 育成のしやすい逃げでなら「無敗で8連勝以上」は楽に達成できるが、「平均7バ身差以上」が過酷。何戦かは「大差」で勝利して貯蓄を作らないと厳しいだろう。

外部出演

Shadowverse


『シャドウバース × ウマ娘 プリティーダービー』コラボにて「ヴァンパイア」クラスのリーダースキンとして登場。
また、月下の跳躍というカードのイラスト違いプレミアムカードとしてマルゼンスキーの別イラストバージョンも登場した。

競走馬「マルゼンスキー


さようなら マルゼンスキー
語り継ごう
おまえの強さを
(1978年、引退式にて掲げられた横断幕より)

1976~77年に活躍。朝日杯3歳ステークス(現・朝日杯フューチュリティステークス)優勝など、8戦8勝を記録した無敗馬。
とくに朝日杯では13馬身の大差圧勝かつ3歳1600mのレコードタイムをたたき出しており、あまりの強さから「怪物」、また持込馬(※後述)だったため当時の高級外車ブームとかけて「スーパーカー」などと呼ばれた。

1974年生まれ。父は英国三冠馬・ニジンスキー、母父は米国で31戦25勝のレジェンドであるバックパサーという、そもそも日本で走っているのが不思議なほどの超絶エリート。
脚部の形状に不安要素を抱えていたため強い調教もできず、レースでも全力を出せなかったにもかかわらず圧勝を続け、その実力が遂に未知数だったことから、日本競馬史における最強候補の一角に挙げられることも多い。

海外で受胎し日本で産まれた「持込馬」はあくまで「生産国:日本」ではあるが、彼が生まれた1974年当時は、1971年に馬の輸入が自由化されて以降の過渡期に国内生産者を保護する施策として「持込馬」が外国産馬と同様の扱いとなっていた期間(~1983年)であった。
そのため出走条件が馬の出自を問わない「混合」のレースでなければ出走できず、クラシック三冠レースや天皇賞からは閉め出されていた。さらに、数少ない「混合」レースに登録すれば、マルゼンスキー号の強さを恐れて出走馬が集まらず、レース自体が不成立になりかけたこともあった(「1着馬から一定以上の差でゴールした馬は調教不十分とみなされ、数々のペナルティが課される」というルールを避ける意味も大きかった)。
日本ダービーを前に、中野渡清一騎手が「賞金もいらない、大外枠でいい、他の馬に迷惑をかけないから出走させてほしい」と訴えたエピソードは有名。

ダービーの代わりに出走した77年・日本短波賞では、逃げてから途中で一旦レースを止め、後続が追いついた瞬間に再加速し、再び2着を7馬身も突き放すというとんでもない強さを見せつけて勝利。その2着馬もこの年の菊花賞馬となったプレストウコウであり、決して弱い馬だけを相手にしたわけではない。

1977年6月26日 中山競馬場

9戦目にあたる有馬記念への出走直前、故障によって引退。レースにおいて絶対的・圧倒的なパフォーマンスを見せながら、「ライバルとの名勝負」という機会には恵まれないまま1978年から種牡馬となる。
彼の出走が叶わなかった1977年の有馬記念(テンポイント)は、「TTG」ことトウショウボーイ・テンポイント・グリーングラスが壮絶なデッドヒートを繰り広げた伝説のレースとして知られ、この3頭から6馬身差をつけられた4着が前述のプレストウコウだったことから、「この場にマルゼンスキーが居たら」と多くの人々に惜しまれた。
後年、中野渡は「マルゼンスキーがこの有馬記念に出走できていたら」という問いに対して、「おそらく出走できていたら、トウショウボーイとテンポイントの(さらに)前を走っていただろう」とコメントしている。

逃げ馬に分類されることも多いが、他の馬と次元が違ったため結果的にずっと先頭を走っていただけで、本来は逃げ脚質ではないという意見もある。中野度も「この馬は逃げ馬じゃないんだ」と語っていた。

種牡馬として、産駒のホリスキーレオダーバン菊花賞を、サクラチヨノオー日本ダービーを勝利する等、1980年代にノーザンテーストとリーディングサイアーの座を争った。
孫世代では、直系においてネーハイシーザー天皇賞・秋、母の父においてはライスシャワーが菊花賞・天皇賞・春ウイニングチケットが日本ダービー、メジロブライトが天皇賞・春、スペシャルウィークが日本ダービー、天皇賞春・秋、ジャパンカップ等の成績を残している。

また、父ニジンスキー、母父バックパサーという似た血統構成の持込馬・ヤマニンスキーが種牡馬として導入され、ヤエノムテキ皐月賞・天皇賞・秋)やライトカラー(優駿牝馬)などの活躍馬を輩出し、マルゼンスキーの代替種牡馬としてのみならず、内国産種牡馬の一角として大きな存在感を示した。

競走成績こそGI級勝利は朝日杯のみだったが、生涯全勝かつ種牡馬成績で顕著な功績を残したことが評され、1990年に顕彰馬に選定された。

1997年8月、心臓麻痺で死去。
グラスワンダーは同年、1997年の朝日杯3歳ステークスをレコード勝ちし、マルゼンスキーとの比較で、「マルゼンスキーの再来」「史上最強の3歳馬」と評価された。

余談

キャラクターのモチーフ

1970年代の競走馬がモチーフであることからか、流行の感覚がだいぶズレているウマ娘マルゼンスキーだが、その内容は70~90年代まで、約30年ほどの幅広い期間から拾われている(これは競走馬マルゼンスキー号の存命期間とほぼ同じ)。

異名の「スーパーカー」に由来する演出も多いが、ゲームでは逐一1970年代当時のスーパーカーをモチーフとした演出になっており、かなりこだわって作られているようである。
ガチャでの登場演出も、スーパーカーの幻影を纏ったマルゼンスキーがトンネルを駆け抜けるというもの。加速の際には5速のシフトレバーとタコメーターが映る点も見逃せない。
ちなみに彼女が所有している設定のカウンタックも1974年から1990年まで生産されており、マルゼンスキーの存命期間とほぼ同じだったりする。

ウマ娘化されている競走馬では、父としてサクラチヨノオー、母父としてスペシャルウィークライスシャワーウイニングチケットメジロブライト、母の母の父としてカレンチャンが登場している。

赤の血統



担当声優と十万馬券

第65回大阪杯にてレイパパレが勝ち、マルゼンスキーのCVを務めるLynnは十万馬券を的中させた……のだが、レース後にレイパパレの血筋を辿ったところマルゼンスキーを発見。血統との巡り合わせに感嘆している(レイパパレの母父がウイニングチケットのため、さらに2代遡るとマルゼンスキーに行き当たる)。

車ネタ

カーポートマルゼンとは関係ない、多分。

マルゼンさんについてく…ついてく…



また、ゲームでの固有スキルの演出から某バイクに乗らない仮面ライダーを想起したファンも少なくない模様。

マルゼンスキードライブ



関連イラスト

マルゼンさん
マルゼンとスペ
ウマ娘リリース記念 マルゼンスキー
ナウなヤングにバカウケ


マルゼンスキー
気づいたら
マルゼンスキー
スーパーカー


センシティブな作品
vacation
マルゼンスキー
センシティブな作品


センシティブな作品センシティブな作品
彼女にとって超ナウいゲーム
マルゼンスキー



関連タグ

子に当たる競走馬がモデルのウマ娘

孫(母の父)に当たる競走馬がモデルのウマ娘

ひ孫(母の母の父)に当たる競走馬がモデルのウマ娘

同一の血統を汲む競走馬がモデルのウマ娘

架空の名前だが運命的なものを感じたウマ娘


架空の競走馬だが運命的なものを感じるかもしれない…ウマ

  • ミドリマキバオー
    • 「モデルはタマモクロスではないか」との予想が広く知れ渡っているが、連載当時から断言はされて居らず、血統構成ならチケットの方が近い(マルゼンスキー系とトニービン系…ただし大人の事情なのか単に作者つの丸のギャグセンスなのか、マキバオー劇中ではマルゼニスキータマーキンというとんでもない名前になっている…)。


持込馬をモデルとしたウマ娘


走るジェネレーションギャップ

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