ヒーロー列伝
ヒーロー列伝
「無双の閃光」
昼となく夜となく見せた自在の脚質は、
世界の人びとの眼に焼きついた。
この先に挑む道。
どんな光で魅了してくれるのか。
JRAヒーロー列伝No.94「イクイノックス」より
概要
欧字表記 | Equinox |
---|---|
性別 | 牡 |
生年月日 | 2019年3月23日 |
父 | キタサンブラック |
母 | シャトーブランシュ |
母父 | キングヘイロー |
毛色 | 青鹿毛 |
馬主 | シルクレーシング |
生産 | ノーザンファーム(北海道安平町) |
厩舎 | 木村哲也(美浦)※2021年7月29日から10月31日までは岩戸孝樹厩舎(美浦) |
主戦騎手 | クリストフ・ルメール |
通算成績 | 10戦8勝(うち海外1戦1勝) |
イクイノックス(Equinox)は、2019年生まれの日本の競走馬(22世代)。父キタサンブラック、母シャトーブランシュ、母父キングヘイローという血統を持つ青鹿毛の牡馬。本馬は母シャトーブランシュの3番仔で、父のキタサンブラックにとっては初年度産駒にあたる。
名前は天文学用語の「分点」を意味し、「昼と夜の長さがほぼ等しくなる時」を指す。つまり日本で言えば春分の日・秋分の日のことである(なお、彼の誕生日は春分の日から少しだけずれている)。父の名にブラック(黒)、母の名にブランシュ(白)があることからその中間という意味合いが込められている。
イクノディクタスなどイクノ冠名の馬と字面が似ているため、よくイク「ノイ」ックスと間違われる(実況にまで間違われたことがある)が、イクイノックスなので注意。
余談だが彼の右目はディクタスの血を引いていないが輪眼である。
1歳上の半兄にヴァイスメテオール(父:キングカメハメハ、馬名はドイツ語で「白い流星」の意)がいる。ヴァイスメテオールは弟と同じ木村哲也厩舎に所属し、2021年のラジオNIKKEI賞(GⅢ)及び2022年のメトロポリタンステークス(リステッド競走)を制したが、2022年6月1日の調教中に跛行を発症。右前球節部分の開放骨折と診断され、予後不良となるという非業の最期を遂げた。
身体的特徴
イクイノックスは青鹿毛だが、デビュー時点では黒鹿毛で登録されていた。入厩後の馬体検査時に青鹿毛であると判断され、2021年11月26日に毛色登録が変更された。
青鹿毛の馬体に映える顔の太い流星が特徴であり、その流星の形状から一部では「エクレア」と呼ばれている。
また、寂しがり屋の面があったらしく、他馬と一緒でないと食事しなかったほど。
戦績
2歳(2021年)
8月28日、新潟競馬場の新馬戦(芝1800m戦)でクリストフ・ルメールを鞍上に迎えてデビュー。後の2歳女王サークルオブライフ、JBCクラシックの勝ち馬であるウィルソンテソーロを相手に2着に6馬身差を付ける圧勝劇を飾る。
なお、この時は管理調教師の木村哲也が自厩舎所属騎手だった大塚海渡に対する暴言・暴行等のパワーハラスメント事件を起こしたことにより裁判所から罰金の略式命令を受けており、JRAから調教停止処分を受けた為、岩戸孝樹厩舎が10月31日まで管理を代行していた。
木村調教師の処分が明けた後、イクイノックスは木村厩舎に戻り、東京スポーツ杯2歳ステークス(GⅡ)に出走してこれを勝利。
キタサンブラック産駒初の重賞勝利となった。その後は放牧に入り休養。2歳戦は終了した。
3歳(2022年)
届かぬ冠、枠の不運
3歳を迎えるとほぼ同時に、馬主であるシルクレーシングから皐月賞へ直行することを発表。近年では前哨戦を使わないことも多いが、東スポ杯2歳Sからの直行は異例のローテであり、実力を測りにくいため馬券師たちを悩ませた。また、皐月賞直前の厩舎へのインタビューによれば、この時期は体が逞しくならない=いわゆる馬体の成長は順調と言えず、疲れやすいという虚弱体質気味であった。皐月賞の他に東京優駿(日本ダービー)出走も見込んでいたため、前哨戦を行うと疲労が溜まってタービー出走ができなくなる可能性があったため、相談の末、前哨戦なしで皐月賞へ直行し、疲労でタービー出走を断念しないようにすることを選んだという。
レースでは大外枠(8枠18番)に入り、前に馬がいて我慢が効かなくなるなどのアクシデントもあった。最後の直線で一旦は先頭に立ったが、外で彼をマークしていたジオグリフが交わし2着に入った。
続く東京優駿(日本ダービー)ではまたも大外枠となり、進路を思うように定められなかったのか、内と外を行ったり来たりするレースを展開。それでもレコード決着の中強烈な追い込みを見せ、ドウデュースの2着に入った。
ここまで4戦中4連対、内1着が2回と安定した成績を保っており、また敗れた2戦も「負けて強し」の印象が残る内容だった。
しかしダービーでのレコード決着が響いたのか左前脚の腱にダメージを負ってしまい、夏場は休養。秋初戦だが、体質面を考慮して菊花賞を回避し、古馬との対決となる天皇賞(秋)へ出走することになった。
天皇賞(秋)~天才の一撃~
そして迎えた10月の天皇賞(秋)。
同期の皐月賞馬ジオグリフの他、前年のダービー馬シャフリヤールやオークス馬ユーバーレーベン、さらにパンサラッサやジャックドールといった錚々たるメンバーの中で1番人気に推される。イクイノックスは父が同レースを勝った時と同じ7番となった。
「パンサラッサ逃げる逃げる!」
「イクイノックス迫る!迫る!縮まる!並んだ!!届いた!!!捉えた!!!」
- NHK 小宮山晃義局員による実況
猛烈な大逃げを打つパンサラッサに観客が「サイレンススズカかよ!?」とどよめく中、イクイノックスは冷静に中団から追走。後半に馬群の外へ持ち出したところで、ルメール騎手はパンサラッサが遥か彼方にいることに気づき(馬群の影にパンサラッサが隠れた結果直線まで見えなかったらしい)、大急ぎで追い出す。
最後は逃げ続けるパンサラッサを2番手集団からジャックドール、後方は外からイクイノックス、内からダノンベルーガの3頭が追撃する構図に。
パンサラッサはしぶとく粘るが、イクイノックスだけは上がり3ハロン32秒7という凄まじい末脚で差しきり、見事に1着。
キタサンブラック初年度産駒にして初のGI制覇を成し遂げ、同時に平地G1での1番人気敗北の連続を16でストップさせた。
3歳馬の秋天制覇は前年のエフフォーリアに続き史上5頭目、またキャリア5戦での秋天制覇は史上最短である。
この勝利もあって父キタサンブラックの種牡馬価値は上がり、種付け料は500万円→1000万円と倍増。
また、父のキタサンブラックの馬主北島三郎氏からも祝福のコメントが寄せられた。
次走は体調を見ながらジャパンカップか有馬記念へ出走する見込みと発表された。
有馬記念~現役最強の証明~
その後、ジャパンカップを回避する一方、馬主から発表されていた通り有馬記念に出走。
ファン投票ではクラシックの健闘と天皇賞の覚醒ぶりから、春秋グランプリ制覇を狙うタイトルホルダーに次ぐ2番人気、オッズでは天皇賞に続いて1番人気を背負った。
また今回初対決となるタイトルホルダーは、父キタサンブラックが一度も先着できなかったドゥラメンテの産駒であり、世代を超える対決も注目された。
クリスマスの12月25日に開催された本番ではタイトルホルダーが引っ張る展開になったが、本調子でなかったのか最終直線でいつもの粘りを欠いていた。イクイノックスは道中掛かったもののルメール騎手は上手く手綱を操り、第3コーナーを大外から一気に捲ったかと思うと、後続を突き放して堂々の1着。父子での秋天・有馬制覇、それも前年の年度代表馬エフフォーリアと同じく3歳で勝利と相成った。
父子での有馬制覇は5例目(シンボリルドルフ→トウカイテイオー、ハーツクライ→リスグラシュー、ディープインパクト→ジェンティルドンナ&サトノダイヤモンド)だが、イクイノックスの場合父親が引退間際に獲ったタイトルを初年度産駒が3歳で獲ったため、史上最速の父子制覇である。
そして秋天のシャフリヤールに続いてエフフォーリア、タイトルホルダーに先着したことで前年クラシック馬全頭に対して先着という結果も出した。
鞍上のルメール騎手はこれが有馬記念3勝目。なお、この前に制した2回の有馬記念(2005年のハーツクライ、2016年のサトノダイヤモンド)もクリスマス開催であり、勝利インタビューでは満面の笑みと共にこの事実に触れて「二度あることは三度ある」とコメントしている。
なお、イクイノックスはゴール後も掛かっていたらしく、ルメール騎手はボルドグフーシュ(2着)を駆る福永祐一に握手を求められたが、「ゴメン今無理!この馬止まらない!」と答えたという。その後何とかイクイノックスは落ち着きを取り戻したようで、馬上で握手を交わす2人の姿が写真に捉えられている。
ちなみに余談だが、福永はイクイノックスの母父であるキングヘイローの主戦騎手を務めた人物(クラシック期まで。古馬戦線以降は柴田善臣に交代)で、調教師試験合格に伴い2023年2月末で引退予定となったことから、この有馬記念が騎手として現役最後のグランプリ制覇及び旧八大競走完全制覇のチャンスだった。
しかし、キングヘイローが勝った2000年の高松宮記念よろしく(このレースでは福永は2着のディヴァインライトに騎乗)、キングヘイローの血を引く馬にそれを阻まれることとなった。これも何かの因果だろうか。
この年は古馬GⅠを2勝したのがイクイノックスとタイトルホルダー2頭のみで、かつ直接対決でタイトルホルダーを下したこと、クラシック二冠で連続2着、連対率100%という実績も評価されてか、2022年JRA賞においては、最優秀3歳牡馬及び年度代表馬に選出された。
4歳(2023年)
ドバイシーマクラシック~怪物、ここにあり
4歳を迎え古馬となったイクイノックスは、初戦としてドバイ・メイダン競馬場で開かれるドバイワールドカップデーの競走群の一つ・第25回ドバイシーマクラシック(GⅠ・芝2410m戦)を選択、予定通りドバイに到着して調教を行い、日本時間3月26日深夜の本番へ向かう。
レース本番では惜敗続きから香港ヴァーズを勝ってGⅠホースの仲間入りを果たしたウインマリリン、連覇を狙う前年覇者シャフリヤール、昨年のBCターフ覇者レベルスロマンスなどが出走。一方で出走馬には明確な逃げ馬がおらず、先行争いが注目されていた。
そんな中、好スタートを切ったイクイノックスは押し出されるようになんと先頭に立つ。1000m通過1:01.2(日本式ではほぼ1分フラット)のミドルペースで後続を引っ張り、余裕たっぷりに直線に入ると、ルメール騎手が肩ムチを軽く入れた程度で後続をぐんぐんと突き放し、追い込んできたウエストオーバーに3.1/2馬身の差を付けて逃げ切り1着でゴールイン。ルメール騎手はほとんど追わず、直線の途中で思いきり後方を確認し、ゴール前に馬の首を撫でてガッツポーズを決めるという余裕っぷり。勝ちタイムは2:25.65。2年前にミシュリフが記録したコースレコード及びレースレコードを1秒も縮めるという、異次元のパフォーマンスをやってのけた。
あまりのパフォーマンスで感動を通り越して恐怖を覚えたファンもおり、「逃げたというより差し馬のまま先頭を走った」「公開調教かよ」などと言わしめるほどの圧勝劇となったため、ニコニコ動画では本レースの映像に「恐怖映像」だの「天災の一撃」だのというタグがつく始末。
また、今まで「キタサンブラック産駒なのにドゥラメンテに似ている」と言われていたが、これによりファンには「やっぱキタサンブラックの子」という印象を与えることになった。
とはいえ、もともと皐月賞や有馬記念でペースが緩んだ時に引っ掛かっていく行きっぷりの良さを見せていた馬だけに、序盤を緩く進めがちな欧州馬の中にあっては先頭に立つのも全く不思議なことではない。特に鞍上ルメール騎手はハーツクライやオーソリティで同じような戦法を取って勝利を収めているため、ある意味それら先輩の後を追う(そのまま途轍もない勢いで追い越して行った気がしないでもないが)勝利ともいえるだろう。
他にもそれまでの戦法から一転して逃げ切り勝ちを決めるというのは、2006年のドバイシーマクラシック覇者ハーツクライを彷彿とさせる。「ルメール騎手鞍上」「日本がWBC優勝を飾った年」「3月25日」「前年有馬記念優勝」と共通点も多い。なお、ルメールもWBCが話題になっていることもあってか、ゴール後には馬上でペッパーミル・パフォーマンスと左打ちの打撃モーション(おそらく侍ジャパンの顔となった大谷翔平を意識したものと思われる)ジェスチャーをする場面があった。
ルメール騎手自身も勝利後のインタビューで「ハーツクライから自分の第2の騎手人生が始まったと思っています」とコメントし、「今回の相手でこんな競馬ができてうれしく思います」と勝利を喜んだ。
海外でもこの勝利は話題となり、競馬の本場イギリスのメディアは「日本には正真正銘の怪物がいる」と報じている。
モスターダフ(4着)に騎乗していたグロウリー騎手は「別次元の馬。僕がバーイードに騎乗していたとき、他の騎手はこんな感じだったのだろう」とコメントし、ウエストオーバー(2着)の陣営は「彼(イクイノックス)がどこへ行くにしても、我々は彼から遠ざかりたい」と語った。
同レースの快勝はLWBRRで129ポンドと評価され、同年のトップに立った。その後、LWBRRの更新はあれど、彼の1位は揺るがなかったことから、これ以降、彼は(現役の競走馬の中では)世界最強馬として実況等でも語られるようになった。
帰国後、ノーザンファーム天栄で放牧。馬主側から放牧先での調整も含め、体調に問題ないことから、国内初戦は宝塚記念への参戦を発表した。
更に6月5日、秋はジャパンカップを最大目標とすることも発表。ドバイSCはジャパンカップの褒賞金対象競走(詳しくは当該記事参照)の一つであり、もしイクイノックスが勝てばジャパンカップの1着賞金5億円に加え、褒賞金200万ドルも手に入れることができる。
宝塚記念~これが世界最強の走り~
予定通り宝塚記念への出走が決まったイクイノックス。
人気投票では貫禄の1位、しかも対抗馬と目されていたタイトルホルダーやドウデュースが回避した事も影響したのか、前年のタイトルホルダーの投票数すら上回り歴代最高投票数となった。
美浦トレセンの坂路が改修中で使用不可だったこともあり、輸送負担を減らすため阪神競馬場に近い栗東トレセンに入厩。その後、目標を帝王賞から宝塚記念に切り替えた同厩のジオグリフと合流。栗東トレセンに滞在しながら調整を進めた。
そして迎えた宝塚記念。ヴェラアズール、ダノンザキッドなど出走17頭中8頭がGⅠ馬という豪華な顔ぶれの中、直近のGⅠで魅せたパフォーマンスもあって単勝オッズ1.3倍の1番人気に推された。
一方で以下のような不安もあった。
- 斤量が増えることによる走りのへ影響(経歴だけ見れば、斤量57キロの経験はあったが、58キロは今回初となるため)
- ドバイシーマで逃げる競馬となったことで折り合いをつけることが難しくなって今回は隙が生まれるのではという考察
- ルメールの宝塚記念での成績の悪さ(ただし、騎乗した馬の経歴を後から振り返った際、その時の人気と実力が比例していたかと言われると見解が分かれるところもある。しかし、それは他の馬にも言えることでもある)
- 阪神競馬場でのレースが初であるため、コースとの相性が未知数な点
そのため今回は付け入る隙はあるだろうという声も多かったが、ドバイでの余裕の勝ちっぷりなどから「さすがにイクイノックスは外せない」「1着は逃しても馬券内は固い」というのが大方の馬券師の見方で、1.1-1.1倍という複勝オッズにそれが反映されていた。
レースではユニコーンライオンが先頭に立ち馬群を引っ張る展開に。スタートで出足がつかなかったイクイノックスは後方2番手に待機。後方で控える形の展開となるが、第3コーナーからじわじわと位置を上げると大外に持ち出し、第4コーナーで物見をしながらも一気に先頭目指して加速。直線で伏兵スルーセブンシーズが猛烈な追い込みをかけてきたが、ここでルメール騎手がムチを一発入れるとイクイノックスはさらに加速。
スルーセブンシーズをクビ差押さえ、見事二大グランプリ制覇を達成した。
出だしの遅れや展開、コース相性など全体的に不利な立ち回りが続いた中、今度は最後方からの追込スタートの上でほぼ地力で押し切った。
また、これにより4歳シーズンまでの世代混合戦勝利数が4勝に到達、トップタイだったタイキシャトルも追い抜いてJRA史上最速の混合戦4勝達成、しかもそのすべてを差し/先行/逃げ/追込と全く別の戦術で勝利し、「天才」にして「世界最強馬」に相応しい強さを見せつける事となった。
余談だが、ドバイGIを勝った日本馬が次走を連勝したのはジャスタウェイ以来であり、青鹿毛馬の宝塚記念勝利は史上初である。
天皇賞(秋)~全てを蹴散らす天賦の才~
宝塚記念後、夏は全休し、連覇のかかる第168回天皇賞に目標を定める。
このレース、23世代はクラシック戦線に集中し全頭回避、21世代は主力馬が軒並みアメリカ遠征や香港のレース出走を優先するローテの観点から不参加、牝馬路線はエリザベス女王杯に集中、さらにスターズオンアースが挫石により回避したことで出走馬は歴代最少タイの11頭。
しかしながら、1頭を除いて重賞勝ちを経験している馬であり、ドウデュースを含むGI馬4頭に加え、G1連対馬3頭も登録という高レベルのメンバーが集まるドリームレースの様相を呈していた。
さらに、2023年の天皇賞(秋)には今上天皇徳仁陛下および皇后雅子様の行幸啓が決定し、2012年以来11年ぶりの天覧競馬となることが決まった。
レース直前の時点で圧倒的一番人気は単勝オッズ1.3倍のイクイノックス。その次にドウデュース、プログノーシスと続いた。
ゲートが開くとジャックドールが先陣を切り、その後ろをガイアフォースがピッタリ追走。イクイノックスが三番手に控える形。
今年はパンサラッサが不在で、ジャックドールの藤岡騎手は去年の反省もあってかハナを取ることに専念したが、他の騎手も去年パンサラッサの大逃げが放置された教訓からか必死に追走。
その結果、ジャックドールが叩き出した最初の1000M通過タイムは57秒7。昨年のパンサラッサとほぼ同じハイペースでかっ飛ばしているにもかかわらず、後ろの馬もピッタリついてくるという異常事態となった。
最終コーナーを回って最後の直線。イクイノックスはまたしてもノーステッキのまま先行する二頭を交わし去ると、ハイペースの中先行したにもかかわらず、そのまま持ち味の末脚が炸裂。2着のジャスティンパレスが猛追するも、時すでに遅し。2馬身半の差をつけて大勝利を飾った。
ゴール後、掲示板に映し出されたタイムは1:55.2。2011年のトーセンジョーダンのレコードを0.9秒更新しただけでなく、芝2000mの世界レコードを記録した。
ちなみに父キタサンブラックは秋天を最遅レコードで勝っており(誤解の無いように言っておくと、台風の影響による凄まじい不良馬場の中で出遅れてからの逆転勝利という凄いレースではあった)、父が最遅レコード、産駒が最速レコードという妙な親子記録を作ることになった。
レース前の時点では、「ボーナスの出るジャパンカップが最大の目標で、ここは叩きではないか」「馬券内は固くても、他馬に集中マークされて1着は逃す可能性もある」という声もあったが、終わってみれば公開調教ならぬ「天覧調教」とでもいうべきあまりにも圧倒的な勝利であった。
ジャパンカップ~この強さに二言はなし~
高速馬場でのレコード勝ちとなったため、体調面を考慮してジャパンカップを断念するのではという不安の声もあったが、馬主側からジャパンカップ参戦を正式に発表(第43回ジャパンカップ)。予定通り登録もされ出走した。
この年に牝馬三冠を達成したリバティアイランドや、前年度覇者ヴェラアズール、タイトルホルダー、ディープボンド、同期のドウデュースと二冠牝馬スターズオンアースも参戦。
さらにはパンサラッサまで参戦したため、かなり豪華なメンバーとなった。
特にリバティアイランドは斤量的な有利もあり、「イクイノックスが負けるとしたら今回しかない」という声も多かった。
全馬スタートはそろい、パンサラッサが予想通り大逃げを打つ。二番手にタイトルホルダーが構え、イクイノックスはタイトルホルダーを見据える好位に着けた。
前年の天皇賞のごとく先頭に立ったパンサラッサ。最初の1000m通過は57秒6という驚異のハイペースで先頭を突き進み、最終直線に入ってもまだリードをキープしていた。
しかし、ここでイクイノックスの末脚が炸裂。肩ムチ1発だけで、タイトルホルダー、パンサラッサを一気にかわし、二着のリバティアイランドに四馬身もの差をつけて見事優勝。父キタサンブラックと父子制覇及び父が一度も先着できなかったドゥラメンテの代表産駒3頭を纏めて討ち取る成果を果たした。
また、この勝利によって、レースとしての賞金5億円に加え、褒賞金200万ドルを獲得。日本調教馬として初めて獲得賞金が20億円を超え、アーモンドアイを超え獲得賞金歴代1位となった。※
なお、このジャパンカップの走りについて、JRAは日本産馬としては最高値、日本調教馬まで広げてもエルコンドルパサーと1ポンド差の133ポンドを与えた。
2023年JRA賞においては、最優秀4歳以上牡馬及び史上初の親子揃って2年連続の年度代表馬に選出された。
同年の有馬記念で、ジャパンカップの3-5着馬が馬券内を独占したこともあり、2024年1月20日に発表されたワールドベストホースランキングにおいて、ジャパンカップでの走りがさらに高く評価され、135ポンドという破格のレーティングを獲得した。これは前述の1999年にエルコンドルパサーが獲得した134ポンドを超え、日本調教馬史上最高評価を得たことになる。
ちなみに2023年のジャパンカップも、2023年のロンジンワールドベストホースレースに選出されている。
天才は新たな戦いへ
ジャパンカップ後はそのまま引退するという説が濃厚であったが、所有するシルクレーシングの米本昌史代表は「まずは馬の様子を見て無事を確認して。いろいろな評価をいただけると思うので、これから考えたい」「有馬記念も、ここ(ジャパンカップ)が最後ということも含めて、全てが選択肢になると思います」と話しており、一旦、ノーザンファーム天栄へ放牧したことから、今後に関しては一時保留となっていた。
大事を取って引退か、はたまた有馬記念に挑み優勝した場合に達成するであろう記録も含めた大偉業達成を狙うのか…競馬ファンは今後の動向を注目していたが、11月30日、イクイノックスは有馬記念には出走せずに現役を引退し、社台スタリオンステーションにて種牡馬入りすることが報じられた。
米本代表によるとノーザンファーム天栄での健康状態チェックの結果、
- 秋天及びジャパンカップの疲れが見られたため、有馬記念へは中3週では万全の態勢での出走が難しい
- 社台スタリオンステーションより素晴らしい種牡馬入りのオファーを受けており(後に取引額がディープインパクトのシンジケートに匹敵する50億という破格の待遇であることが判明)、検討の結果このオファーに応えることがベストだと判断した
という結果、引退・種牡馬入りを決定したという。なお、引退式については開催したいという気持ちがあるため、JRAと協議して決めていきたいとのこと。そして12月16日の中山競馬場にて最終レース終了後、引退式が行われた。同時に競走馬登録を抹消。
通算成績10戦8勝2着2回(完全連対達成)、獲得賞金総額22億1544万6100円。勝ち鞍も新馬戦を除いてすべて重賞かつGⅠは古馬混合戦。新馬以外の条件戦は一切使っていない。
クラシックでの苦い敗北も味わいつつも、その卓越した実力で数多くの記録を打ち立て、日本はおろか世界中の競馬ファンから注目を集めたイクイノックス。彼は、今後種牡馬として新たな戦いに進むこととなる。また、イクイノックスに先着したジオグリフとドウデュースに対してそれぞれ2度はリベンジを果たしている(ジオグリフは(2022日本ダービーは先着止まりだが)2022秋天及び2023宝塚にて、ドウデュースは2023秋天及びJCにて)。
種牡馬としての最大の特徴は、サンデーサイレンスの曾孫であること。産駒から見ればサンデーは4代前とだいぶ遠くなるため、サンデー系の繫殖牝馬と交配しやすく、またきつくない範囲でサンデーのクロスを作ることが可能となっている。
そのためか、初年度の種付け料はなんと父・キタサンブラックと同額の2000万円であることが公表された。なお、既に満口になったという。その相手の中にはアーモンドアイも含まれているらしく、無事産まれてきた場合サンデーサイレンスの4×3(所謂『奇跡の血量』)をもつ15冠ベイビーということになる。他にも新馬戦で下したサークルオブライフ(2023年10月に競走馬引退)とも交配している模様。
ちなみに初年度種付けを終えたあとは背腰の甘さが改善されていたらしい。
「無双の閃光」の名の下に、数多くの勝利と記録を重ねてきたイクイノックス。その伝説が子どもたちに引き継がれ、そして新たな1ページが書き加えられ続けることを期待しよう。
※2024年にウシュバテソーロに約23万2100円と僅かに上回られ現在は2位。
評価
3歳シーズンまでは凄まじい末脚で一気に抜き去る差し馬の印象が強く、逃げ・先行型の父・キタサンブラックと違なる立ち回りから「キタサンブラック産駒なのに(同期の二冠馬で差し馬だった)ドゥラメンテに似ている」と言われることもあった。
とはいえイクイノックスの母父キングヘイローも(気性難のせいでなかなか実力を発揮できなかったが)凄まじい切れ味の持ち主だったため、その影響が強いのかもしれない。
逆にドゥラメンテの代表産駒であるタイトルホルダーも、差し馬だった父と違って優れたスタミナとスピードを活用した逃げ戦法を得意とするので「ドゥラメンテ産駒なのにキタサンブラックに似ている」と言われることもある。
そうかと思えば、4歳シーズンではドバイSCでまさかの逃げ切り勝ちを決め、次の宝塚記念では後方から一気の追込という脚質の自在性を見せたため、一部では「令和のマヤノトップガン」と呼ぶ声もある。
ただし気を付けておきたいのは、脚質は全て相対的なものということである。ドバイSCの逃げ切りを例にすれば、この時は先行争いをしようとしたら、結果的に馬群を飛び出し、逃げの体制に入っただけであり、作戦として逃げの勝負しようとしたわけではない。そして、レースは1頭で作るものではない。ルメールからも距離の違いがあるとはいえ、レース展開に合わせて勝負しているとコメントしており、脚質の自在性というのは勝ったことによって生じる結果論に近い。そのため、馬群に対する位置だけを基に「どうくるか分からない変幻自在の馬」などと短絡的に語ることには注意するべきである。
…というのが、4歳の天皇賞(秋)の前の評価であった。
それまでは、強いかもしれないけどレース巧者=脚質の自在性を武器にどの展開でも勝負できる馬という評価が主流で、常に連対=勝ち負けが当たり前と考えているのは少数派であった。その背景だが、3歳時に古馬との対決となった2戦の勝利は斤量の恩恵があったという見解、宝塚記念で伏兵スルーセブンシーズと競りあっての勝利という展開のせいで、強い馬という決め手を欠いていた。
それでも、単純に力圧しで勝ててしまう桁外れのポテンシャルも恐ろしいが、それで常に勝てるわけでないことも歴史が証明している。実際、かの『英雄』・ディープインパクトも桁違いの能力を持っていたが、後方待機からの強烈な追い込み、いわゆる末脚勝負を主体としていたため、3歳時の有馬記念では、その点を研究し対策を立ててきたルメール騎手の騎乗もあって、ハーツクライに敗北している。そのため、本来は立ち回りを変えようとしても馬が対応できないほうが多く、結果的に本来の脚質と異なる内容で好走できたという例はあっても、レースごとに立ち回りを変えても勝負できる見込みがあるイクイノックスは如何に規格外かがわかる。実際、4歳の天皇賞(秋)の勝ち方に関するコメントにはあくまでもマイペースのレース運びに終始したと答えており、その結果、ルメール騎手の判断力に対応してどこからでも攻めていける操縦性が組み合わさるというものになり、「常軌を逸したスーパーホース」という評価へ変貌。対策も困難な事がイクイノックスと戦う馬の戦い方を悩ませる要因になっている。
また、ルメール騎手は度々「どの位置からでも勝てる馬」、「誰でも乗れます」という主旨のコメントを残していたが、23年ジャパンカップの優勝騎手インタビューの際には「賢いし、乗りやすいし、おとなしい。ポニーみたい。誰でも乗れると思いますよ」と改めてイクイノックスを絶賛した。...もっともあれだけの強さを秘めた馬なので、それを聞いた競馬ファンから「お前のようなポニーが居てたまるか!」と総ツッコミされたのは言うまでもない(昔どこかの番組で最強のポニーと呼ばれた存在がいたような...)。
そのため、唯一の懸念点はクラシックの頃から言われている虚弱体質だが、最後まで克服できたとは言えなかった(それでも4歳時には大分改善してはいたが)。4歳の天皇賞(秋)レコード勝ち後、ジャパンカップも勝利し、有馬記念も勝利して秋古馬三冠も手土産にして引退するのではという期待もあったものの、ジャパンカップ後の放牧先で疲れが見られたらしく、調整が難しいとして(他にも大事を取って種牡馬入りしてほしいという声もあり)、有馬記念出走は断念している。
とはいえ、GI5連勝という点だけでも歴代の最強馬の一頭として語られる存在になりつつあったが、23年ジャパンカップでの勝利により、GI6連勝を達成。また、4歳の天皇賞(秋)レコード勝ちとジャパンカップでの圧勝によって、少なくとも記録では最強馬としての地位を築きつつある。
また、4歳の引退は避けられなかったとしても、せめて有馬記念に挑み、優勝して最後の花道を飾ってほしかったという声もあるが、その背景は以下の通りである。
少なくとも、優勝すれば、この3つの内容が確定していたうえ、獲得賞金も正真正銘の1位になった可能性が高く(あまり知られていないが、国内の獲得賞金額という条件で見た場合、キタサンブラックとテイエムオペラオーを超えていない可能性がある)、特に秋古馬三冠という称号を手にしていれば、誰からも有無を言わさず、最強を証明できたはずと思いをめぐらすファンも少なくない。
なお、父キタサンブラック、母の父キングヘイローともに成長力に溢れた馬で、木村哲也調教師をして「どこまで強くなるのか分からない」と言わしめる計り知れないというコメントも残されている。この言葉は世界レコードによる天皇賞連覇、そして三冠牝馬らを相手に楽勝したジャパンカップという結果で証明される事となった。
後にルメール騎手、戸崎騎手、川田騎手のリーディングジョッキー座談会が行われた際に川田騎手は乗りたかった名馬として同馬を指名。同馬を『日本の近代競馬の一番強い馬』と評価、勝ち方についても、『どんな競馬をしても最終的にはイクイノックスにつかまる』として、勝てませんと言及した。その際、同馬の主戦だったルメール騎手から『スローペースで逃げをうち、直線で一気にスパートかけて、その時点で10馬身差以上あればイクイノックスに勝てるかもしれない』と語られた(逃げ切り狙いを挙げた戸崎騎手は勝ちの目があることを喜んでいたが、川田騎手は『それができる馬がいない』とツッコんでいた。そもそも根本的問題としてその戦法をとるために競走馬に要求される各能力の水準が高すぎるうえ、ドバイSCで自ら逃げて圧勝していることから、ルメール騎手がイクイノックスに騎乗してた場合、スローペースで逃げようもんならむしろハナを奪われる可能性が高く、故に対抗馬の騎手も、ルメール騎手を出し抜く騎乗技術と判断力を要求されるということになるため、川田騎手の反応も頷ける)。