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シャクティ・カリン

しゃくてぃかりん

シャクティ・カリンとは、TVアニメ『機動戦士Vガンダム』のヒロイン。同時に宇宙世紀という物語の、「終劇」の役割を担う少女である。
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「人間の罪は死をもってしか償えないのでしょうか?」

「祈りでは、人の業を消すことができないのでしょうか?」


CV:黒田由美(現・市原由美)/小林愛(一部のGジェネ

概要「見てください!」

TVアニメ『機動戦士Vガンダム』のメインヒロイン。

「見てください!」

やや薄い褐色の肌をした、11歳の少女である。

ニコニコミュニティにて2

主人公であるウッソ・エヴィンとは幼児期からの「おとなりさん」であり、作中以前の数年間は共に両親が失踪していたためふたりでカサレリアでの生活を構築していた事から、彼の日常生活における重要な「パートナー」にもなっている。

実は、ザンスカール帝国の女王マリア・ピァ・アーモニアの実の娘であり、マリアの弟であるクロノクル・アシャーの姪にあたる。


カテジナ・ルースと共に本作の幕を下ろす役目を与えられており、現行では『機動戦士Vガンダム』が宇宙世紀の最も後年代を舞台とした作品となる(『Gセイバー』や『ガイア・ギア』を除く)都合上、宇宙世紀を網羅するような作品(ゲーム等)では、作品全体の幕引きも実質的に担っている。


本編の次回予告黒田由美氏がシャクティ・カリンとしてナレーションを担当しており、あらすじを一通り語った後、次回のサブタイトルを予告し、 見てください! の一言で締めるという流れになっていた。

…が、『機動戦士Vガンダム』の次回予告ではその話の劇中で死亡する事になるキャラクターも基本的に伏せない(=シャクティが死ぬキャラを発表している)ので、後半に向けてどんどん陰鬱になって行く物語の展開と相まって、次回予告を観ているせいでシャクティと云うキャラクターに対して素直に感情移入ができず、むしろ嫌悪感に近い様な複雑な気持ちを抱いた視聴者まで現れてしまうと云う事態を招いてしまった(これは矢尾一樹氏が主人公のジュドー・アーシタとして次回予告ナレーションを務めた『機動戦士ガンダムΖΖ』でも同様の批判があった)。

『グレートメカニックG 2023 SUMMER』「Vガンダム30周年特集」として収録された富野監督へのインタビューの最後で、担当者から「最後に1つだけ、予告でなぜシャクティに『見てください』って言わせたんですか?作品からするとあまりにベタですよね?」と問われた富野監督は「うるせぇ(笑)。可愛いだろ。」と、冗談混じりに返答して「ということで、皆さんちゃんと見てください!とインタビューを締めくくっている。


生い立ち

出生~サイド2移住までの期間は、クロノクル・アシャーの記事に譲るが、実父は母のマリア・カリン売春婦としてとっていた“客”の一人である事だけ、付記しておく。

叔父と姪

4歳頃までのシャクティはマリアおよびクロノクルと共に、サイド1コロニーで生活していたが、フォンセ・カガチマリアに対するイニシアチブを握る(人質とする)ため、金銭で雇った男女の誘拐犯に攫われ地球に降下している。この際カガチは、「マリアに思考を読まれて娘の居所を掴まれるかもしれない」という可能性を考慮し、自身は出奔先を知らないままにするほどの念の入れようであった。

この時点でまだ4歳だったシャクティは前後の記憶があやふやで、子守唄の『ひなげしの旅の向こうに』の歌詞をうっすらと覚えている程度であったため、上記誘拐犯を“実の父母”として認識し、宇宙に出てザンスカール帝国に保護されるまでは、写真に残っていた実母マリア・ピァ・アーモニアの事を“父母”に教えられたとおりに「叔母」だと認識していた(カサレリアの家でウッソが見つけた「幼い頃の自分を抱くマリア」の写真を指して「マリア叔母さん」と呼んでいる)。


家族関係としては、“父役”はカサレリアに来てすぐ病死しており、“母役”も宇宙世紀0150年(シャクティ8歳)時点で姿を消しているため、シャクティが思慕しているほどには、誘拐犯は彼女を大切にはしていなかったと推察される。(“父役”にとって病症はアクシデントであったであろうが、“母役”の行動は端的に言って依頼金の持ち逃げである。)

なお、シャクティにヤナギランに対しての思い入れを教え込んだのはこの“母役”だが、どのような思惑を持っていたのかは不明。

しかし結果論ではあるが、この“父母”の愛情の希薄さが、ウッソにとっては父のハンゲルグ・エヴィンと母のミューラ・ミゲルが与えてくれる本物の愛情を比較認識するための重要なファクターとなり、彼の性格形成に大きな影響を及ぼしている。

(ただし、これがウッソにとって幸運であったか否かは、あえて議題としない。)


上記の“母役”の出奔と同じくして、シャクティはハンゲルグ一家から同居を提案されているが、彼女はあくまで“母役”が返ってくるのを待つと主張し、援助を受けながらも自分の家での生活を続ける道を選択したのだった。

そしてそこから更に1年後にハンゲルグ・エヴィンが、2年後にミューラ・ミゲルが身を隠すと、自然の成り行きでウッソとの共同生活を開始。

互いの家の維持管理目的もあり、数日毎に自分の家とウッソの家での生活を交互に繰り返す、“パートナー”となって約1年が経過する。

ウッソとシャクティ

───宇宙世紀0153年4月5日を境に、11歳にして彼女の運命は激動に晒されることとなる。


人物

  • ヒナゲシ
  • 花言葉:いたわり、豊穣

シャクティ・カリンは身体能力こそ低いが、非常に優れた感知能力(後述)を有しており、知識面でも的確な包帯術や野外での簡易手術が可能なレベルである。

また、家庭的な面と母性を特に強調されており、パートナーであるウッソ・エヴィンと孤児の赤ん坊のカルルマン・ドゥカートゥス、そして愛犬のフランダースとウッソの相棒であるハロを含めて、ひとつの「家族」を形成していると言える。


性格は非常に大人しく、趣味はフランダースと一緒にカサレリアの森を散歩する事、そして花(ヤナギラン)の世話と、とても純朴で心優しい少女である。

物語開始当初は言葉を発するのにも躊躇する場面も見られたが、自分よりも更に年下の少年少女を守るためには行動力を見せることもある。

更に、物語中盤において、ザンスカール帝国の女王マリア・ピァ・アーモニアの一人娘であるという自らの生い立ちの運命を知ってからは、徐々に芯の強さも備えるようになった。

シャクティさん

なお容姿については、小説版において「優れている事」「高い気品を有している事」が幾度か言及されており、作中としてもかなりの美少女である。


物語の序盤で、シャクティの精神は戦争に対する恐怖から極度に疲弊して行き、自分とウッソの平穏な暮らしを破壊したカミオン隊の人々に対しては嫌悪感を示していた。


「おかしいわ…この人たち、皆おかしいわ…」


その後は「戦禍に巻き込まれかねない」とウッソに説得されて、やむを得ずカサレリアを離れる事になるのだが、ホームシックによりカサレリアに何度か戻ろうとしていた。

ウッソへの依存心からか、第10話では彼が独断行動でボトム・ファイターで飛び立った際には機体のコクピットに同乗したりもした。

しかし、戦争による過度のストレストラウマによって追い詰められていたシャクティの精神はついに限界を迎え、第11話ではPTSDを発症してパニック状態に陥り、泣きながら無言で戦場の土にヤナギランの種を撒き続けるといった奇行に走ってしまうのであった。

ヤナギランはシャクティにとっては「育ての母親の象徴的な存在」であり、彼女がカサレリアでウッソに語っていた様に「目印となるヤナギランを植えておけば自分がどこにいても母親が必ずや見つけてくれる」のだと、ずっと信じていたのである。


第15話で、シャクティは『宇宙引越公社(Public Corporation of Space Transport / PCST)』のシャトルに乗って宇宙へと上がるウッソとは離れてカサレリアに戻るつもりでいたのだが、シャトルに密航したオデロ・ヘンリークウォレン・トレイスに置いてきぼりにされたスージィ・リレーンを放っておけず、第16話でアーティ・ジブラルタルから宇宙へと出港するリガ・ミリティアの旗艦であるリーンホースへ、スージィだけでなく赤ん坊のカルルと愛犬のフランダースも連れて3人と1匹で密航をする。
もう一度Tenderness

しかし、第18話のカイラスギリー艦隊との戦闘でリーンホースが被弾した際に空いた穴からシャクティ達は宇宙空間へと吸い出されてしまい、続く第19話で3人と1匹でノーマルスーツのまま宇宙を漂流しているところをベスパの哨戒艇シノーペに保護されてカイラスギリーへと連行された。

この時に受けた精密検査とDNA鑑定の結果、クロノクル・アシャーの姪、すなわち女王マリア・ピァ・アーモニアの娘であるという素性が判明する。

タシロ艦隊と共にサイド2のザンスカール本国であるアメリア・コロニーに帰還したクロノクルはシャクティを秘かに女王マリアのもとへと誘う。

7年ぶりに再開する母と娘。

マリアは今日まで母親らしい事が何も出来なかった自分の非をシャクティに詫びる。

しかし、戸惑うシャクティはマリアを「実の母」だとは受け入れられずに拒むのだった。


「私のお母さんは…カサレリアのお母さんだけが、私の本当のお母さんです…」


しかし、マリアの人となりを知るにつれ次第に心を開き、いつしか「母の助けになりたい」とまで考えるようになる。

この頃からザンスカール本国の迎賓館に勤務するスタイリストがコーディネートしたと思われる黄色のブラウスにライトグリーンのドレスという姫様らしい服装となり、髪形も整えられて若干短めの感じに変わった。

お姫様ver.

髪留めに装飾の赤いリボンを付けたりもしていたが、長い期間カサレリアの自然のなかで育ったためか『王女様』の雰囲気はない。


第27話で、アメリア・コロニーで行われていたギロチン処刑の式典をリガ・ミリティアのMS部隊が襲撃したドサクサでシャクティ達3人と1匹はオデロ達と合流し、リーンホースJr.へと避難する。

第28話でリーンホースJr.が逃げ込んだマケドニアコロニーで、敵を欺き油断させる為の擬装ではあったがオリファー・イノエマーベット・フィンガーハットの結婚式が執り行われることになった。

この際にシャクティは、捕虜収容所のシーツを使って簡素ではあったがマーベットが結婚式で着るウェディングドレスを作ったり、式でマーベットが放った『花嫁のブーケ』を受け取ったりと、束の間の平和が描かれたシーンによって彼女本来の「家庭的で優しい少女」の面が強調されていた。


その一方、シャクティが自身を「女王の娘」として自覚した後は次第に内に秘めた芯の強さを見せるようになっていき、ガチ党のプロパガンダではない本来の『マリア主義の意図を正確に受け止めて、教訓とするような一面が見られた。

これによって、シャクティはいつしか「女王の娘で艦隊司令の姪である自分が何か行動を起こせば、ザンスカール帝国を内部から変えて戦争を終わらせられるのではないか」といった極端なことまでを考え始めていた。


「女王の娘で、クロノクルの親戚なら、頼み事くらい出来るはずだわ!」


この辺りは「11歳の世間知らずな少女」としての思考の限界とも言えるが、これはマリアがウッソとシャクティに対して「シャクティの代になれば、ギロチンを使った恐怖政治もやめさせられる」と未来を託すような発言をしたり「傀儡同然の自分の立場ではガチ党の権力には逆らえない」と自らの置かれた脆く儚い状況を伝えている事も大きかった。

結果的に、シャクティは叔父であるクロノクル・アシャーの器量を見誤り、彼を盲信してしまったことによって「突発的で無謀な行為」を劇中で二度も繰り返してしまう事になる。


第37話では精神的に逞しく成長したシャクティの「芯の強さ」が垣間見られるシーンがあった。

停戦協定中の地球の北海において、協定を破りホワイトアークを襲撃したドゥカー・イクが率いる独立部隊との戦闘中に、海の匂いを「生き物が死んで腐った臭い」だと嫌悪して吐き気を催し、アザラシやクジラの白骨死体が大量に打ち上げられた島に恐怖し怯えて動けないといった、スペース・ノイド特有の「地球の自然環境への拒絶感」を示すエリシャ・クランスキーマルチナ・クランスキーの姉妹に対して、見かねたウォレンが「生き物が死んで腐るのは当たり前だ」と諫めるが、シャクティは怪我をして血を流した自身の腕を見せながら姉妹にこう諭した。


シャクティ 「ウォレンの言うとおりだわ。私達はクジラやアザラシとおんなじなんですよ。こうして血が出るってことは、そうでしょ?死んだら腐るんです。」


エリシャ 「血が出ているわ…!」


シャクティ 「当たり前です。怪我したんですから…」


マルチナ 「でも!この海岸の骨は気持ち悪いのよ!」


シャクティ 「それはっ!…それは、この地球が、動物がきれいに死ねない環境になったからなんですよ。ちゃんと生きていれば、きれいに死ねるのに、そうでなくなっちゃったから…。」


エリシャ 「きちんと生きれば、きれいに死ねる…?」


ウォレン 「そう思うよ」


シャクティ 「でも、今の地球は、そうじゃないから、きれいに生きていける環境を作るために、戦っているんじゃなくって?」


エリシャ 「ひょっとして、そう戦うってことは、きれいに生きるってこと!?」


マルチナ 「姉さん…?」


ウォレン 「辛いことだけどね…」


これによって、シャクティはクランスキー姉妹を立ち直らせ、やがて姉妹がカサレリアで暮らす決意をする「きっかけ」を作ったのだった。


終盤の第44話においては、シャクティはザンスカール帝国軍歴戦の軍人であるタシロ・ヴァゴ大佐をもたじろがせる程のカリスマ性を見せている。


「わかりました。シンボルがほしいのなら演じもしましょう。でもその前に、私をアドラステアか、エンジェル・ハイロゥに連れていきなさい!」


こうして、シャクティは第46話でタシロ大佐のパートナーであるファラ・グリフォン中佐の駆るMSゲンガオゾによって、モトラッド艦隊旗艦であるバイク戦艦アドラステアに送られる事になった。

シャクティは、艦隊司令である叔父のクロノクルと再会し、彼に「自分が女王マリアの意思を継ぐ交換条件」としてエンジェル・ハイロゥの破壊を要求する。

しかし、艦隊司令の立場に固執するクロノクルには最早シャクティの声は全く届かなかった。


「エンジェル・ハイロゥは怪しい機械です。あんなものを地球に降ろそうとする、カガチの考えが解らないのですか!?」


「あれは女王マリアが承認した、地球クリーン作戦なのですよ?」


「エンジェル・ハイロゥには、狂気があります!」


「あの巨大リングからは穏やかな波動が放出されて、人々が戦いを忘れることができるのですよ?」


「女王マリアは、カガチの人形になっているようですし…貴方は……貴方は何を企んでいるんです!?」


「姫さまは、お疲れのようだ。ゆっくりと休むといい…」


「……!!」


「なに!?ぅわっ…!」


「おかしいですよ!」


咄嗟にクロノクルの銃を奪ったシャクティは威嚇目的で発砲するも、彼女の高すぎるニュータイプ能力故なのか、放たれた銃弾はクロノクルの腕に僅かに当たってしまう。

騒ぎを察知し、部屋のドアを開けてこの泥沼の状況を見たカテジナ・ルースによりシャクティは制圧され、しかも口論の末に怒りの腹パンをカテジナから喰らわせられて気絶してしまうのだった。


この事件より少し後、母のマリアはザンスカールの宰相フォンセ・カガチに対してクーデターを起こしたタシロ・ヴァゴ大佐によってシャクティの目の前で拉致され、挙げ句に彼の愛人でもあったパートナーのファラ・グリフォン中佐が第47話で戦死したことにより状況は悪化する。

ウッソのV2ガンダムによってファラの駆るゲンガオゾは撃墜され、タシロは戦場を包む違和感の原因が「マリアが艦内から発した祈り」であることに気付き、冷静さを欠いた彼の精神は徐々に異常をきたして行く。

続く第48話、V2ガンダムにより窮地に追い詰められた戦艦シュバッテンの艦橋内で、自棄を起こし半狂乱となったタシロによってマリアはウッソの目の前で射殺されてしまう。


このタシロが起こしたクーデターの最中、シャクティは、自己保身に走った叔父のクロノクル・アシャーによって切り札として宰相フォンセ・カガチに引き渡されていた。

一方、既に地球では女王マリアの“祈り”によるエンジェル・ハイロゥの試運転で発生したサイコ・ウェーブの効果で人々の「退行現象」が各地で確認され、事態は急変して行く。


「このリングの中央で、祈れば良いのですね?」


「はい…そうすれば、このエンジェル・ハイロゥが、その姫様の祈りを拡大して戦場に放射いたします」


「そうすると、戦いをする人たちは敵意を忘れてくれるのですね?」


「そうです。老人には権力など必要ありません。人類の真の平和のために…」


「その説明は充分に聞きました。祈りましょう…」


シャクティは母ゆずりの強力なサイキッカーとしての能力をカガチによって見出され、彼の狡猾な虚言によって騙されてしまい、母である女王マリアの代わりに、超巨大サイコミュ兵器である要塞エンジェル・ハイロゥを制御するコア・ユニットであるキールームに立つことになった。

シャクティ

ここに至って、シャクティはそれまで持っていたニュータイプとしての能力をついに開花させ、エンジェル・ハイロゥのキールームで戦争を止めるべく“祈り”を捧げるのだった。

しかし、彼女の平和への“祈り”はカガチの悪意によって歪められ、エンジェル・ハイロゥのサイコ・ウェーブは「人類を退行させて緩やかに死に至らしめる波動」として、戦場ではなく地球へ向けて放射されていたのだった。


第49話でシャクティはウッソによって救出されるが、シャクティがキールームを離れてもエンジェル・ハイロゥのサイコ・ウェーブ放出は止まることはなく、要塞内で「サイコ・ウェーブの増幅ユニット」としてコールドスリープ状態にされている2万人のサイキッカー達の“願い”を感じ取った彼女はキールームに戻りたいと懇願する。

続く第50話、サイキッカー達と心を通わせ、「エンジェル・ハイロゥを建造した人達の本当の願い」に気づいたシャクティから「私がキールームを離れたせいでサイキッカーたちが苦しんでいる」という話を聞いたウッソは彼女と共にエンジェル・ハイロゥに向かう決意をする。

出撃に際し、V2アサルトガンダムジャンヌ・ダルクで最後の補給を受けるが、この時にシャクティはウッソの父であるハンゲルグ・エヴィンの心の内を覗いてしまう。


「おじさんは、私を死なせたがっている…私が本当の敵だと思っているわ…」


ザンスカール軍からの激しい攻撃を掻い潜り、ウッソのV2アサルトガンダムはエンジェル・ハイロゥのセンター・サークルまで辿り着き、シャクティを無事にキールームへと送り届けた。

シャクティはコントロール・ルームのスタッフ達に指示を出すと、再びキールームに立って2万人のサイキッカー達に向けて“新たな祈り”による説得を開始した。


「私に従って、このように疲れる祈りをなさる皆様方。もともとの平和とは、魂がそれぞれの家に戻ることでありましょう。」

「父が、母が、そしてそれぞれの連れ合いが、寄り添うことの出来る世の中でありましょう。」


シャクティの“新たな祈り”を受け入れたサイキッカー達の思念は、驚異的なサイコ・フィールドによる斥力を発生させてエンジェル・ハイロゥを構成する幾重ものリングを分解、上昇させる。


天使たちの昇天

そして、最終話となる第51話。

シャクティと2万人のサイキッカー達は、無意味な争いを続ける戦場の人々を「暖かい安らぎの光」である『ウォーム・バイブレーション』を放出させて癒しつつ、争いを止めた人々が乗る兵器をエンジェル・ハイロゥのリング片で優しく包み込んで地球上から大気圏外へと離脱させ、それぞれの故郷やまだ見ぬ新天地に送り届けるという奇跡的な超常現象までをも発現させた。


しかし、それは生命維持装置のないキールームで大気圏を離脱すればシャクティは生存できない事を意味していた。


一方、戦死したオデロ・ヘンリークシュラク隊、そしてリーンホースJr.の老人達のにより導かれ、最後の倒すべき敵を退けたウッソはキールームのシャクティを救出すべく、分解して上昇するエンジェル・ハイロゥのセンター・サークルをV2ガンダムで追おうとするが…。


「テキ、キエタ!ウマクヤッタ、ウッソ!」

「ど、どうなったの!?」

「テキカン、ジョウショウスルゾ。ドウスル?」

「えっ!シャクティは!?」


最後の敵を退けた光の翼ビームシールドを併用した防御により、機内のミノフスキー粒子を急激に大量消費したV2ガンダムはパワーダウンを起こして失速してしまう。


「パワーがダウンしている!?だ、駄目なの?」

「ダメミタイ…」

「ガンダムよぉ!天に昇れぇ!!」


しかし、失速したV2ガンダムは、ただゆっくりと地上に落下して行くだけだった。


「こんなことじゃっ!こんなことじゃあ…!」

「ハロ…」


その時、遥か上空から輝く何かがV2ガンダムに向かって降りてくる。


「何!?」

「ハロ?」

「あれは…!キールームの…リングだ!!」


ウッソの願いを受け入れたサイキッカー達の“祈り”により、精神力を使い果たし静かに眠るシャクティは光り輝くキールームのリングに包まれてV2ガンダムの掌へとゆっくり降下し、無事に生還したのであった。


ひなげしの旅のむこうに


こうして、エンジェル・ハイロゥを巡る壮絶な戦いを終えたシャクティとウッソ、そしてホワイトアーク隊の仲間達はカサレリアへと帰還した。


その年の冬───。


カサレリアでホワイトアークの帰還を待っていたハイランドの家族達も合わせて、物語のエピローグでは皆で和気藹々とカサレリアで平和な生活を営んでいる様子が描かれている。

オリファー・イノエの子を宿し、順調にお腹が大きくなったマーベット・フィンガーハット、戦死したオデロ・ヘンリークの墓参りをするエリシャ・クランスキー…皆それぞれが悲しみに別れを告げて新しい生活を送っていた。

そして、少しだけ一人歩きするまでに成長したカルルの側には川で洗濯をするシャクティの姿があった。

住人が増えたカサレリアは、以前よりも活気と温かさで溢れていた。

そこへ、ワッパに乗った一人の旅人が現れる。


「人が…いらっしゃるのですか?」


「はい!なんの御用でしょう?」


フランダースが唸り、旅人に吠えようとするがシャクティは制止する。


「静かに!」


「ワッパのオートコンパスが壊れてしまって…方向がわかりません…ウーイッグはどちらでしょう?」


「ああ…ここからもう少し南ですけど、家にコンパスのスペアがありますから、差し上げます!」


「教えてくださるだけでいいんです。…お金は、ありませんから…」


「目も御不自由なようですし、いいんですよ!すぐもって来ます!」


シャクティは家にオートコンパスを取りに戻り、旅人にカルルが覚えたての言葉で話しかけた。


「こっにちわっ!」


「こんにちは…お名前、何ていうんですか?」


「かりゅりゅ!」


「カルル?…いい名前だ…」


「かりゅりゅまん!」


旅人は、ふと何かを思い出した様だった。

そして、カサレリアに雪が降ってくる。


「…雪?」


家から戻ってきたシャクティは、旅人が乗っているワッパのオートコンパスを交換する。


「メモリーはいつも使っているものですから間違いなくウーイッグにいけますよ!…?…どうなさいました…?」


最終回


「い、いえね…冬が来ると、訳もなく悲しくなりません?」


「そうですね…」


「ありがとう、お嬢さん」


シャクティにお礼を言うと、旅人はワッパに乗って去った。

人知れず、とめどなく涙を流しながら廃墟と化したウーイッグへと向かう旅人を、シャクティはただ黙って見送った。

そこにホワイトアークの皆が戻ってくる。


「ハロ…?」


「シャクティ、誰だったの?」


「道に迷った旅人よ」


訊ねるウォレン・トレイスに対して、シャクティはそう答えた。


「ふーん、僕マルチナさんとエリシャさんを送ってきます!」


「気をつけてね」


「今度、いい卵を持ってきます!」


「頼むわ」


ウォレン達とマーベットが日常会話を交わしながらそれぞれの家へと戻り、そこに少し遅れてウッソも帰ってくる。


「シャクティ、手が氷のようだよ?」


「川で洗い物してたから…」


「そう?そりゃー!」


ウッソはカルルを抱っこして、あやしながら皆の方へ走って行く。


「きゃはー!あはは!あは!」


シャクティはひとりきり、ただ虚空を見つめて涙を流すしかなかった。


泣きながらウーイッグに向かう旅人の胸中には何が去来したのか…最早それを誰も知る由もなく、ましてや知る必要もない。


カサレリア

平穏の日々を取り戻し、役目を終えてカサレリアの森で朽ち行く2機のガンダムに、雪が静かに降り積もる。

───こうして、ひとつの物語は終りを告げた。


ニュータイプとして

  • ヤナギラン
  • 花言葉:集中する、焦点

シャクティ・カリンの有する力が何であるのか、劇中では明確には言及されていない。

優れたサイキッカーである母親(マリア・ピァ・アーモニア)同様のサイキック的なものであったかも知れず、また、巨大サイコミュ要塞であるエンジェル・ハイロゥを制御できたことから優れたニュータイプであるとも言える。


確かなことは、彼女の内に秘めた「力」が極めて強力であるという事である。


シャクティは生来から他に類を見ないほど高い【もしくはララァ・スンを思わせるような】“素養”を有しており、地球で穏やかに生活していた8歳未満の年齢で早くも開花に至っている。

各登場人物は(シャクティ本人も含め)、この“素養”は母親であるマリア・ピァ・アーモニア(マリア・カリン)から受け継いだものであると認識していたが、マリアのサイキッカーとしての能力は、シャクティを受胎したその夜から現れているため、むしろ逆に、シャクティの“素養”が母胎に影響していたという可能性すら考慮の範疇に在る。


シャクティ自身がモビルスーツの操縦技術を習得していないため、彼女が自ら戦闘に関与する事は無いが、感知や意志伝達能力に於いてはウッソを更に大きく上回る。ウッソ自身も内心ではこの力(の圧倒的な差)には明確な敗北感を持っていたため、本件でも結果的に、ウッソが自身の“素養”を特別なものと奢ることなく、物事をありのままに受け入れる心根を育むこととなった。

彼女が持つこの感知能力はサイコミュという「小細工」を必要とせず、大気圏突入シークエンスに入ったアルベオ・ピピニーデンが率いるトムリアット部隊や、成層圏上空でアイドリング態勢にあるザンネックを補足するという、驚異的な範囲と精度を示している。

このため、もしもシャクティがMSの操縦技術を習得しており、更に超長距離狙撃機を操っていたならば、物語は更に大きく短縮されていた可能性がある。


最終的にシャクティは、エンジェル・ハイロゥの制御スタッフから「純粋に強力」と評されたその力で、母のマリアが祈っていた「争いを止める」という“祈り”から一歩先に踏み出し、「我々は戦争を終わらせ、家族が皆で寄り添える平和を取り戻し、次なる世代が命を育むにふさわしい場を作るべき」だと、“新たな祈り”を捧げ、2万人のサイキッカー達を説得して同意を得た結果、「人類を退行させて緩やかに死に至らしめる波動」である『サイコ・ウェーブ』の放出を止めることに成功する。

そして、サイキッカー達の同調した意思の力はエンジェル・ハイロゥのリングを分解させ、「人々を癒す暖かい安らぎの光」である『ウォーム・バイブレーション』を発生させながらザンスカール軍と連邦軍、そしてリガ・ミリティアの兵器を包み込むように上昇し、戦場の人々を戻るべき故郷へ、あるいは次なる世代のために生命を育むための新たな場(小説版の記述によれば地球圏を脱出し遥か他の銀河系まで辿り着いたリング片まであることが示唆されている)へと導いたのである。


この「シャクティが2万人のサイキッカー達と共に起こした現象」は媒体によっては『奇跡』と表現されており、特に地球圏外に人類という種を運んだ可能性は、∀ガンダムを歴史の最後に有するガンダム作品群において大きな意味を持つ事となる。

また、サイコミュを介して、「マシンのスペックに無い力」を引き出したという点では、歴代のニュータイプ主人公に近いとも見なせるだろう。


だが、以上のような“事象”がシャクティの秘めたる「力」の本質ではなく、周囲の状況や自分の意思を遠く離れたウッソに「伝える」ことで対応/適応しながらも、パートナーが隣に立つ時は手を取り合い、身体全体で抱き締め合うその姿は正しくニュータイプの理想を体現していた。

これらの彼女の力は地球という自然の存在を知り、内包しているからこそのものであり、また地球での暮らしでは、広範囲の環境を読み取って生活に必要な情報(川の氾濫や季節の気温の上下、動植物の動きなど)を得るための使い方をするなど、その存在はウッソと共にジオン・ズム・ダイクンの提唱したニュータイプ論を否定するものでは、ある。

いくつもの愛かさねあわせて

だがしかし、だからこそウッソと彼女の力、そしてその関係性は、「それは人が最初から持っていて、自然の中で他者との関わりあいを育めば、誰もから引き出される」という教訓であり、希望なのかも知れない。


───人は戦いのない歴史を求めるべきだ───


そんな彼女の意思を、どれだけの人々が理解したかはわからない。

だが、少なくとも彼女の祈りを正確に理解し、心をひとつにした2万人のサイキッカー達は、それを実現させるために戦場の疲れ果てた人々を癒し、戻るべき場所へと、次なる命を育む場所へと導いた。

そしてサイキッカー達は、自分たちが取るべき正しい道を示してくれたシャクティへの“礼”として、彼女を戻るべき場所───ウッソの元へ、そしてカサレリアへと送り届けたのだ。

V2ガンダム

この事実は、人類すべてが「正しくお互いを理解しあえる」真のニュータイプへと覚醒できる可能性を示したと言えるだろう。


「病気」

物語序盤でのシャクティの精神は戦争に対する恐怖から極度に疲弊していた。

この人たちみんなおかしいわ2021

戦争による過度のストレスと延々と続くモビルスーツ同士による戦闘のトラウマにより彼女は追い詰められ、カサレリアでの平穏な暮らしすらも奪われた事により完全に心の支えを失なっていた。

第11話ではベチエンの旧飛行場でモビルスーツの輸送任務で来ていた地球連邦軍ロベルト・ゴメス大尉から父であるハンゲルグ・エヴィンの名を聞いたウッソ・エヴィンはいても立ってもいられず父親についての情報収集を始めるのだが、それを見ていた戦災孤児のスージィ・リレーンウォレン・トレイスが「自分達にはもう探す親すらいない」事実を思い出して落ちこみ、この二人の心情を察した兄貴分のオデロ・ヘンリークがウッソの無神経な行為を諫めた結果、二人は殴り合いの喧嘩にまで発展してしまう。

この事態に気付き、喧嘩を止めに入ったシャクティの精神はついに限界に達した。

ウッソとオデロの殴り合いを見たショックが引き金となり、積み重なったトラウマホームシックによりPTSDを発症し、パニック状態に陥った彼女は行方不明となってしまうのだった。

この直後に『宇宙引越公社』の機体に偽装したリガ・ミリティアの輸送機をドゥカー・イクが率いるガッダール隊の戦闘バイク集団とルペ・シノが率いるトムリアット部隊が襲撃し、これに対して本来ならば輸送機の護衛が任務の筈であった地球連邦軍所属のジェムズガン部隊は反撃すらままならず呆気なく全滅してしまう。

オリファーマーベットの新たに搬入されたばかりのVガンダム2機とシュラク隊ガンイージ6機が応戦し、両陣営の機体が激しい戦闘を繰り広げる最中、シャクティは戦場のど真ん中でカルルをおぶったまま、泣きながら無言で土を掘りヤナギランの種を植え続けるという奇行に走っていた。

これを発見したウッソVガンダムで覆い被さるようにしてシャクティを庇いながら避難するように必死に呼び掛けるのだが、その声はパニック状態の彼女には全く届かない。

この異変に気付いたジュンコ・ジェンコガンイージがウッソのVガンダムをカバーをする中、シャクティは爆撃を潜り抜けてワッパで駆け付けたオデロ達によって間一髪のところで救出されるのであった。


物語の中盤でシャクティは、なまじ自身の生い立ちを知ってしまった事と、目まぐるしく変化する戦争の情勢を目の当たりにした事が重なってか、「女王の娘で艦隊司令の姪である自分の立場を利用して、すぐにでも状況を良い方向に変えたい」という意識が芽生えてしまう。

ここから彼女は「突発的な思い付き」「軽率で無謀な行動」を劇中で二度も繰り返してしまう事になる。

これは、叔父であるモトラッド艦隊司令のクロノクルを盲信して、彼を説得しようと独断で行動を起こしたものである。

これによって、周囲に多大な迷惑と損害を与えた結果、死亡者が出る事態にまで繋がってしまったり、時にはその無謀な行為自体が原因となって戦死者が出てしまう程の悲惨な結末に至ったことさえあった。


第31話では「モトラッド艦隊が月に来ているかもしれない」という情報を耳にし、叔父のクロノクルに会って説得しようと衝動的に飛び出して偵察中のザンスカール秘密警察に捕まり連行されてしまっている。

この時、ホワイトアーク隊のメンバーはシャクティを救出しようと奔走するが、同時に起こったモトラッド艦隊との戦闘の最中にウッソの母であるミューラ・ミゲルがシャクティを庇ってカテジナの駆るMSゲドラフによって連れ去られてしまった。

この結果は、後に紆余曲折を経て劇中最大の悲劇へと発展してしまうことになる。


その後も、第44話では捕虜として捕らえたザンスカール近衛師団のパイロットであるキスハール・バグワットを独断で解放し、母である女王マリアのいるエンジェル・ハイロゥまで自分を連れていくように「女王の娘」として命じている。

これは「ザンスカールの姫君」であり「艦隊司令のクロノクルの姪っ子」と云う自分の立場を過信した故の行為であり、ウッソとホワイトアークの仲間達の命までをも危険に晒してしまう無謀な賭けでもあった。

この時ばかりは、子供たちのリーダー格であるオデロまでが 「シャクティがまた病気を起こしたんだよ!」 と、つい本音を洩らしてしまう程だった。

結果的にシャクティはザンスカール帝国軍のタシロ艦隊に保護はされたが、キスハールの恋人であるカリンガ・ヴォーゲルがファラ・グリフォンの計略に嵌められてしまい「誤認から恋人同士が殺し合って同士討ちになる」という悲惨な結末となってしまった。


この様に、シャクティはリガ・ミリティアにとってはトップエースであるウッソのパートナー、ザンスカール帝国にとっては姫君と、彼女の置かれた立場は双方の勢力に大きく影響を与えるものであったため、良かれと思い善意から起こした行動だったものが実際は各勢力に与えるインパクトが比較的に大きく、それを察知した他の人物の介入や妨害によって話が予想外の方向へと膨らんで行き、結果的には状況が悪化したり事態を複雑にしてしまっていたのである。


つまり、シャクティ・カリンと云うキャラクターは物語のメインヒロインでありながら、話を掻き回す所謂ヨゴレ役としての役割を原作者であり総監督の富野由悠季氏から背負わされていたのである(これは気持ちの良い物語の模倣で終わらせたくない」「オタクから好かれる聖女じみたヒロインの様にはしたくない」と云う思いと、未来世界を舞台に少年少女が活躍する明るい冒険活劇を要求してきたスポンサーであるバンダイへの嫌がらせとしての側面もある)。

これらの事情から、シャクティは一部の視聴者からは苛立ちの対象となり、悪女死神と揶揄されることがある。


しかしながら、本質的に彼女は閉鎖環境で育ってきた世間知らずの幼い少女でしかないため、彼女なりのロジックに従い、周囲に「正常」なリアクションを期待しての行動ではあった。

「悪人」がいない、カサレリアという名の聖地で擦れずにまっすぐに育ってきた彼女にとって、無為に命を奪い合う周囲の行動は「異常」そのものであり、その「異常」な状況が延々と続く戦争は全く想定外の事態であったため、現実との大きな剥離が生まれたのであろう。

特に、血の繋がった実の叔父であるクロノクル・アシャーにはかなりの信頼と期待を寄せていた筈であるが、シャクティが彼を頼って起こした行動は結果的に「クロノクルと云う人間の器量の小ささと底の浅さ」を周囲に露呈させてしまうきっかけとなってしまい、これによりシャクティはクロノクルの恋人であるカテジナ・ルースから憎悪の対象とされてしまうのだった。

賛否は別途として、ウッソの 「シャクティ、大人の世界はそんなに簡単なものじゃないんだぞ!」 という言葉が、彼女の行動の稚拙さを端的に表していると言えるだろう。

だが、ウッソの生い立ち、思考などについても、両親の過剰とも言える期待によって形成されたとも言えるものである。

殊に『機動戦士Vガンダム』と云う作品に出てくる子供たちはシャクティやウッソに限らず大人の理不尽な都合による環境の影響を受けて育った為に歪な面が強い。(※)

このキャラクター達の「歪さ」については2023年6月にFebriのウェブサイトに掲載された『機動戦士Vガンダム 30年目の真実』と題したスペシャル対談で声優の阪口大助氏と渡辺久美子氏も触れていた。


阪口氏「何かに対して必ずアンチ的な視点が入っているというか。物語やキャラクターにも歪さがあるんです。思想の強い両親に育てられたという設定もありますが、ウッソもやっぱりどこかおかしい。」


渡辺氏「シャクティの思い込みの強さも、ちょっとおかしいよね。」


阪口氏「そう。彼女が動く度に必ず誰かが死んでしまう。善意が悪い方向に転がるタイプですよね。」


阪口氏が述べた様に物語にも「歪さ」はあり、そもそも「11歳の民間人の少女がちょっと動いただけで戦況に大きな影響を与えたり戦死者が出る」と云う様な状況自体が「明らかにおかしい」のだ。

軍や政治家、大人達や男にとって都合が悪い事を行う者を「悪女(悪人)」「死神」だと言う前に、未成年者を他易く戦場に出させて人殺しまでさせる大人達の異常なまでの身勝手さこそ、本来なら批判と責任の追及をされるべきであろう。



(※)シャクティ・カリンと云うキャラクターを評価する際には考慮されるべき背景ではあるが、彼女自身が自分の身分について「女王の娘(帝国の人間に対して良きにつけ悪しきにつけ確実に影響を与え得る立場)」だと認識した後で、ザンスカール帝国側の人間に対して能動的にその立場を使って独断で動いた結果、戦死者が発生する程の悲惨な状況にまで発展した事例も間違いなく存在しているので、「歪んだ子供が浅知恵でやった事だから無条件に無罪」「周囲の大人達と状況が異常だっただけで、彼女自身は一切何も悪くない」と言い切れるのか、と問われれば疑問符が付く部分はある。


キャラクターとしての評価について

現実的な問題となるが、シャクティ・カリンと云うキャラクターに対して一部のガンダムファン達が死神とまで呼んで蔑んでいるのは所謂ネットミームであり、敢えて言うならば悪質な風評被害の類いである。

解りやすく例えるならば「自動車は交通事故で人をたくさん殺しているから殺人マシーンだ」といった暴論を、さも周知の事実であるかの如く「定説」だと言いふらしている様なものである。

中には『機動戦士Vガンダム』のアニメ本編を全て観たうえで彼女に嫌悪感を抱き、本気で嫌っている者もいるだろうが、殆どは具体的な理由も特定の原因もなく、ただ「周りの皆がそう評価しているから」くらいの認識なのだ。


これは、動画投稿サイトでよくありがちな所謂「切り抜き動画」に対して視聴者から投稿される悪辣なコメントや、過去にアニメ雑誌や特集本等に載っていた「偏った内容」の漫画作品や評論記事で見られる「個人的見解による誇張表現がされた極論」による影響が大きい。

ニコニコ動画YouTube等の動画投稿サイトで『機動戦士Vガンダム』の一部シーンを切り抜いて名場面集の様に編集した動画に寄せられるコメントを見る限りでは「シャクティがいつも戦場を混乱させて次々と罪のない人を死なせては戦局を悪化させている」と「勘違い」をして、彼女を「死神」扱いしてやたらと毛嫌いする者が多い

pixivX(Twitter)等に投稿されるシャクティを題材にして描かれたイラストに対して付くコメントでも、やはり同様の傾向が見られる。

先輩に聞いてみよう!(オマケ)

上述した対談記事内でも主演のウッソ・エヴィン役である阪口大助氏が「彼女が動く度に必ず誰かが死んでしまう。」と発言している程であるが、実際にはアニメ本編で描かれている内容にはそんな極端な事実はなく、「シャクティの行動が直接の死因となった」とまで断言できるのは、第44話にて「悲惨な同士討ち」となってしまったザンスカール近衛師団のキスハール・バグワットとカリンガ・ヴォーゲルの恋人たち二人しかいないのである。

ただし、その恋人たち二人が誤認から殺し合いを演じて「同士討ち」にまで至った最大の原因は、過去に恋人のメッチェ・ルーベンスを喪い、彼の代役として仕立てようとした部下のキル・タンドンに愛想を尽かして射殺までしたファラ・グリフォンの個人的な嫉妬による計略であり、彼女による対立煽りにカリンガが唆されてキスハールとシャクティが乗るリグ・シャッコーリガ・ミリティアに鹵獲された機体だと思い込んでしまったからである。

この「戦場でプロポーズをする程のドラマチックな恋人たちを同士討ちにまで発展させてしまった」エピソードが余りにもインパクトが強すぎた為、「シャクティが思いつきで行動すると必ず死人が出る」と誤解を招いている感は否めない。

上述したようにシャクティは物語を掻き回す役割こそ与えられてはいるが、その都度毎回死人が出ているわけではない。


第11話では、ベチエンの旧飛行場でウッソオデロの殴り合いの喧嘩を見た結果、戦争によるトラウマの積み重なりにより精神的に限界を迎えたシャクティはPTSDを発症してパニック状態に陥ってしまい、泣きながら戦場の土を掘りヤナギランの種を植え続けるといった奇行に走り、これを発見して庇っていたウッソVガンダムが一時的に戦闘に参加出来なかった。

この時の戦闘では、本来ならば輸送機の護衛が任務(兼、滑走路の工事用)である筈の地球連邦軍ジェムズガン部隊がMSのトムリアットどころか地上走行兵機の戦闘バイクにすら全く歯が立たずにあっさりと全滅し、シュラク隊ヘレン・ジャクソンが駆るガンイージが輸送機を庇って1機のトムリアットと刺し違えて相討ちとなっているが、これらを全てシャクティのせいだと決めつけて批難する声まである。

これは、オデロ達から救出されたシャクティが輸送機内で我に返り、自分がパニックに陥ったせいで周囲に多大な迷惑をかけてしまった「罪の意識」に苛まれて青ざめるシーンがあるためである。

だが、戦場でPTSDを発症しパニック状態にまで陥った子供に対して誰が「迷惑をかけた責任を取れ」と言えるだろうか?

その様な子供を「死神」だと嘲り笑い、忌み嫌う事が果たして本当に「正しい物事の見かた」だと言えるだろうか?

しかも、この時の戦闘ではウッソ機以外にオリファーマーベットVガンダム2機に加えて、シュラク隊ガンイージが6機とリガ・ミリティア側の戦力的には充分すぎる程であり、護衛機のジェムズガン部隊に至っては単に地球連邦軍パイロットの練度不足と機体の性能差であり、棒立ち同然で撃墜される戦いぶりを見たスージィからは 「やられるのを待っているみたい!」 と呆れられ、 「ジェムズガンはどうしたんだ!?」 と訊ねるロメロ爺さんに対してオデロ 「相手になんねーんだよ!!」 と吐き捨てる程であった。


また、ウッソの母であるミューラ・ミゲルはシャクティの身代わりになって捕まり、結果的に殺されてしまったと言えなくもないが、ミューラはヴィクトリー系列のモビルスーツ開発に関わった技術者として既にザンスカール帝国の秘密警察から日々追われる身であり、月面上で偶然にウッソ達と出会わなければ秘密警察に捕縛され、伯爵同様に激しい拷問の果ての死刑は免れなかった立場である。

ここからミューラの不運は重なり続け、第31話で彼女が身を呈して救ったシャクティは、第33話で「マリア主義の信奉者集団」である人工海洋都市アンダーフックの住人を利用したカテジナ・ルースの手によって結局は拐われてしまい、ミューラが監禁されていたアドラステアに連行されてしまう。

何よりも、第35話でウッソとオデロによって救出されるチャンスがありながらも、それをミューラ自らが破棄してしまったのは最大の失策であっただろう。

ヴィクトリー系列のMS開発者で真のジン・ジャハナムである指導者ハンゲルグ・エヴィンの妻であるリガ・ミリティアの最重要人物」としての自身の立場を鑑みれば、ミューラはウッソ達に救助される道を選ぶべきであったのだが、彼女は息子でありリガ・ミリティアの主戦力のエース・パイロットにまでなっていたウッソの精神的安定(所謂「母親としてのエゴ」)を最優先し、自らを囮としてシャクティを救出させる事を選択したのだ。

例え、この時点でシャクティをアドラステアに残していったとしても彼女の立場上、いくら叔父のクロノクルに器量がなくとも生命の危険に晒されるまでの事は無かったであろう。

そもそも、続く第36話でミューラが死亡することになる「劇中最大の悲劇」に至っては最早シャクティは一切の関与すらなく、部下のゴズ・バールまでをも「捨て駒」に使ったアルベオ・ピピニーデンによる非人道的で破廉恥な人質作戦が全ての原因である。


「勘違い」の解りやすい一例として、『機動戦士Vガンダム』の作中において「屈指の名シーン」だと頻繁に話題になる『リーンホースJr.の老人達による特攻シーン』に対して、一部の視聴者からは「シャクティの祈りのせいで、せっかくの感動シーンが全部台無し」だといった内容のコメントを始めとして、「戦犯」だの「悪魔」だのと過剰なまでにシャクティに対する憎悪を剥き出しにした罵詈雑言の様なコメントが頻繁に付けられるケースが挙げられる。

これはエンジェル・ハイロゥ攻防戦で起こった悲惨な事象の全てが「シャクティの祈り」によって発生したものだと一方的に解釈してしまった故のコメントである。

中には「シャクティがエンジェル・ハイロゥのサイキッカーもろともザンスカール軍とリガ・ミリティアの艦隊を皆殺しにした」「サイキッカー達を騙してエンジェル・ハイロゥを崩壊させ集団自殺に追い込んでおいて、ちゃっかりと自分一人だけ助かった」等々、なんとも極端な誤解をしている者もおり、挙げ句にはその様な極論に対して納得する者までが出現する「誤解の連鎖」といった事態にまで発展してしまっている。


「コントロール・ルームとブリッジに残っていらっしゃる方は逃げてください。私にも、どうなるのかはわからないのですから…でもこれは、平和を望むサイキッカーたちの“祈り”が行っていることなのです」


この様に、エンジェル・ハイロゥを分解し昇天させたサイコ・フィールドを発生させているのはシャクティの“祈り”を受けた2万人のサイキッカー達の意思によるもので、シャクティ自身が「どうなるのかわからない」と劇中ではっきりと明言しているのにも拘わらずである。


劇中においてもウッソの父であるハンゲルグ・エヴィンがシャクティの事を「事態を混乱させ戦況を悪化させている諸悪の権化」だと考えて疎んでおり、彼女を戦場で死なせたがっているかの様な描写があったが、こうした視聴者側にまでミスリードを誘う様な演出は富野監督の故意によるものであろう。

だが、これは逆に言えば、リガ・ミリティア側の人物でシャクティを疎んでいる者はハンゲルグしかいないということでもある。

徹底的な現実主義者であるハンゲルグは「2万人のサイキッカーを犠牲にしてでも人類全体が生き延びるべき」だと考えており、エンジェル・ハイロゥのコア・ユニットであるキールームを破壊すればサイコ・ウェーブの放出が止まる筈だと確信し、最悪の場合は内部のサイキッカーもろともエンジェル・ハイロゥを跡形もなく殲滅するシナリオを考えていたのだ。

しかし、あの最終決戦の間際にシャクティがエンジェル・ハイロゥのキールームに戻って祈り、2万人のサイキッカー達を「もともとの平和とは魂がそれぞれの家に戻ること」であり「我々が成すべきは次の世代が生命を育むに相応しい“場”を作ること」だと説得しなければ果たしてどうなっていただろうか?

女王マリアが生前にキールームで祈っていた「争いを生む闘争心を捨て、穏やかになりましょう」という意思に同調したままのサイキッカー達の増幅された思念がサイコ・ウェーブとして延々と放出され続け、地球上の人類は闘争心の源となる行動力を無くして、やがて眠ったまま腐るだけだっただろう。

例え最終決戦となったエンジェル・ハイロゥ攻防戦でリガ・ミリティア側が勝利し、ザンスカール帝国側が敗北しようがエンジェル・ハイロゥのサイコ・ウェーブ放出は止まる事は無く、ザンスカール帝国の宰相フォンセ・カガチの真の目論見である「地球圏内の人類全ての緩やかなる死による、円満なる絶滅」は避けられなかったのである。

つまり、シャクティが最終決戦において「エンジェル・ハイロゥに戻り、キールームで祈る」と云う行動を取らなければ、リーンホースJr.ジャンヌ・ダルクの特攻ですら無駄になっていた」と云う事であり、「シャクティがキールームで祈ったせいで戦場を混乱させ、最終決戦では大量に悲惨な死亡者を出した」などと叩くのは全くお門違いな話なのである。


一方で「シャクティの祈りによるエンジェル・ハイロゥ分解は結果オーライになっただけで、もっと悲惨な結果になっていた可能性だってある」との意見もあるが、シャクティ以外に劇中で描かれた以上の結果を成せるキャラクターが『機動戦士Vガンダム』と云う作品中に存在しないのも、また事実である。


更に付け加えると、最終決戦でリガ・ミリティア側に戦死者が続出した原因として、シャクティの祈りに対して気持ちを逆撫でされたカテジナ・ルース「狂気の暴走」とでも云うべき数々の非道な残虐行為が挙げられる。

おそらくは、これこそが「シャクティのせいで死人が続出した」と云うミスリードの主な原因であろう。

このカテジナの暴走による顛末は、シャクティの祈りによる「戻るべき場所に戻る提案」に苛立ち、それを本能的にカテジナが拒んだ故の「八つ当たり」とでも云うべき凶行である。

だからと言って、シュラク隊の全滅やオデロ・ヘンリークの死が「カテジナを焚き付けたシャクティのせいになるのではないか?」と問われれば、それは否であるとしか言わざるを得ない。

最終話で戦闘の最中にオデロがカテジナに対して言った 「ウーイッグのお嬢さんは、嬢ちゃんをやってりゃいいんだ!」 と諭すような台詞と、本来なら「暖かい安らぎの光」である筈のウォーム・バイブレーションによって逆にカテジナが苦しみ出し、動きを止めた無抵抗状態のゴトラタンをオデロが討てなかったシーンが全てを物語っていると言えよう。

このシーンを「シャクティの祈りで発生したウォーム・バイブレーションがオデロの戦意を低下させて攻撃を躊躇わせ、逆にカテジナを苦しめて逆上させたせいでオデロが殺された」と、そのまま額面通りに受け取ってしまう視聴者は少なくない。

しかし、このシーンは本来ならばカテジナもオデロ同様に戦意が低下しなければおかしいのである。

ここで、「ウッソの憧れの女性」に対して攻撃を躊躇うオデロを、カテジナは意にも介さず身勝手な「八つ当たり」で殺したことで、彼女は完全に劇中においての免罪符を失い「倒されるべき敵」となってしまった。

かつて、カテジナが自らシャクティに対して 「とうにおかしくなっている!」 と吐き捨てたように、既にエンジェル・ハイロゥ攻防戦に突入した時点で、彼女の精神は後戻りが出来ないレベルを遥かに超越していたのだ。

中にはウッソのV2ガンダムを挟みこんで動きを阻害してきたエンジェル・ハイロゥのリング片があったように、カテジナが放つ強烈な憎悪と邪気に当てられてしまったサイキッカーまで出た程である。

通常ならばヒーリング効果をもたらす筈のウォーム・バイブレーションですら、カテジナにとっては「精神を逆立てる愚弄であり、吐き気を催す程の苦痛」でしかなかったのだ。

オデロが「憎しみだけで戦っていたら一緒に死ぬ」とウッソに警告していたのを思い出してほしい。

ウッソ達までが怒りと憎しみの感情に任せて戦えば、カテジナの戦意と狂気は益々高揚するだけであり、戦場は劇中で描かれた以上に、もっと過酷で凄惨な泥沼の地獄絵図になっていた事だろう。

それなのに「シャクティが祈ったせいでカテジナが暴走して、シュラク隊が全滅しオデロまでもが死んだ」と断じてしまうのは、余りにも酷な話である。


こうして、上述した様なミスリードを積み重ねてしまった一部の視聴者は、エンジェル・ハイロゥのリングが全て昇天して去った後に、シャクティがキールームのリングに包まれてウッソのV2ガンダムの元に還ったシーンを(この時のシャクティは“祈り”のオーバーロードにより精神力を使い果たして眠るように気を失っていたのにも拘わらず)「サイキッカーを皆殺しにして、ニュータイプ能力でちゃっかりと自分ひとりだけ帰還して助かった」のだと思い込み、ラストシーンで「道に迷った旅人」がカテジナだったと云う真実をウッソに告げなかったことまでが全て、彼女の「身勝手な行為」として映ってしまうのだろう。


この様に、劇中で洪水のように多方面からの群像劇を展開する富野作品の特有である「情報量が多く細かな一連の描写」は、動画投稿サイトで「名シーンの切り抜きや継ぎ接ぎ」を観ただけでは正確に理解する事はまず不可能である。

それに加えて後述のいけ!いけ!ぼくらのVガンダム!!の様なパロディギャグ漫画内での悪辣な描写を筆頭として、徳間書店より発行の『ロマンアルバム GaZOスペシャル ガンダムミレニアム』に掲載されたウエダハジメ氏による「サイケデリックなイラスト」と「シャクティの口調を真似た過激な文章」で綴られた『Vガンダム論』や、KADOKAWA発行の『ガンダムエース』の創刊号から誌上に短期連載されていたやまむらはじめ氏の自伝的イラストエッセイ内における悪し様な記述等々、こうした過去に発表された様々な文献に記された内容の一部のみが抜粋され、インターネット掲示板やSNS上において、まるで伝言ゲームの様にノイズ混じりで長年に渡って拡散した結果、その誇大解釈されたシャクティ・カリンと云うキャラクターに対するマイナスイメージの「上澄み」や「さわりだけ」を鵜呑みにしたライト層が勘違いをして「シャクティは死神だと声高に騒ぎ続けていると云う訳である。


余談

名の由来

名前の由来はインド神話ヒンドゥー教における『力の女神』から。

「ウッソ=嘘=ただの子供ではない」と云う事を示している様に、シャクティもただの子供ではないという事を暗示している。

彼女がエンジェル・ハイロゥにおいて発揮した力は、「命を生み、育み、そして未来へ繋ぐ」という女性にしか持ち得ない力の本質を意味していたという見方も出来る。


本名

小説版では本名の『アシリア・カリン』の名で母のマリアと叔父のクロノクル・アシャーから呼ばれている。

TVアニメ版ではカサレリアの森でシャクティとクロノクルの二人が再会したときに、お互いが叔父と姪だと全く気づかなかったが、小説版では戦場でシャクティを遠目から見たクロノクルが瞬間に『アシリア』ではないかと気づいている。

また、小説版ではフォンセ・カガチの策略によって4歳頃のアシリアが誘拐されて居なくなるまで、彼女の事をクロノクルは溺愛していたようで「いつか姪のアシリアを見つけ出さなくては」と心に誓っていたという描写が語られている。

母のマリアがつけた名は元々が『アシリア』であり、『シャクティ』はマリアがつけたものではないが、『カリン』はマリアの元々の姓である。

なお、TVアニメ版では『アシリア』という名前は劇中に一切登場しない。

TVアニメ版では実母のマリアや叔父のクロノクルからも終始『シャクティ』の名で呼ばれているため、TVアニメ版ではこちらがそのまま本名のようである。


ひなげしの旅のむこうに

機動戦士Vガンダム』劇中で頻繁に流れる挿入歌『ひなげしの旅のむこうに』は、シャクティがカルルをあやすシーンでアカペラで歌う描写が物語序盤から終盤に渡って何度もあるが、これは彼女が赤ん坊の頃に母親のマリアが歌い聞かせていた子守唄という設定である。

物語の序盤にカサレリアの森でクロノクルは自分の姪だとは知らずにシャクティと出会っているが、「昔、姉さんが歌っていた歌を、何故あの少女が知っているのだ…?」と困惑するといった、後の伏線となる様な描写があった。

終盤では、シャクティの“祈り”がこの歌となって戦場に響き渡るといった描写もあり、物語上で重要なキーアイテムとなって行く。

作詞は御存じ富野監督の分身である井荻麟氏、作曲と編曲は『機動戦士Vガンダム』劇中の音楽を担当する千住明氏 である。

劇中では音楽ユニット『karak』のボーカリストである小峰公子氏が歌う通常バージョンと、シャクティの声優である黒田由美氏が歌う声優バージョンがシーンによって使い分けられている。


声優の証言

ウッソ役の阪口大助氏の証言によれば、富野監督は女性キャラを演じる声優には随分と厳しい演技指導をしたそうである。

1994年発行の『ニュータイプ100%コレクション 機動戦士Vガンダム VOL.2』に収載されているインタビュー記事内でシャクティ役の黒田由美氏はこう答えている。


「普段の監督はとても優しい人でしたから、それ(阪口氏の証言)は少しオーバーかなとも思いますけど、ただ男性キャラの方と比べると熱の入れ方が違ったのは確かです。シャクティに関してはウッソと一緒にいるときには少女のイメージ、カルルマンをあやしているときは母親のようなイメージでと何度も念を押されました。シャクティ自身あまり自分からは動かないキャラですし、放映の前半と後半では性格も微妙に変わってくるので、その点でも気をつかいました。」


黒田氏は声優としての初仕事がよりにもよって設定が複雑かつ難解なガンダムシリーズだったと云うこともあり、昔のガンダムのビデオを何度も観たりと相当苦労をしたそうである。


「毎週アフレコの前にみんなで集まって、台本を見ながらガンダムワールドを推察しあった後、よくわからないところは富野監督に“こういう考え方でいいのでしょうか?”と“おうかがい”をしていたりもしたんですよ。」


上記の様に『機動戦士Vガンダム』に出演した声優達は皆仲が良かったとのことで、黒田氏はウォレン・トレイスハロを演じた松本梨香氏の家には何回も遊びに行くほどの仲だったという。


また、次回予告の 「見てください!」 について自身の感想を訊かれた黒田氏はこう語っている。


「まさかこんなに反響があるなんて…。いただいた予告原稿は“見てくださいね”だったのですが、監督と話をした結果今の形になりました。」


シャクティとカガチ


漫画版

いけ!いけ!ぼくらのVガンダム!!

ことぶきつかさ氏がバンダイ刊行のアンソロジーコミックス向けに執筆したパロディギャグ漫画いけ!いけ!ぼくらのVガンダム!!でのシャクティは完全なネタキャラとして扱われている。

初期は人付き合いが苦手で男性に人気がない事を悩んでおり、 「私のウッソを返して 私のウッソを返して 私のウッ…」と呪文のように呟きながらワッパでカミオンを追いかけてはマーベットさんに「るせーっ」と蹴り飛ばされ、悩み相談の際に自分とマーベットさんの微妙な肌の色の違いをトーン番号で指摘したら「気に入らない」と踵落としを喰らわせられるなど悲劇丸出しな扱いだった。

しかし、そうしてマーベットさんに蹴られている最中に「姫様に何をする!」と何故か唐突に乱入した叔父のアシャーさんに助けられる。

その際には悪魔的な笑みを浮かべて 「ふふっ、見てて下さい!!」 と読者に宣言した。

その後、有言実行とばかりに、エンジェル・ハイロゥでの最終決戦では 「私が主役になれる最後のチャンスだわ!!」 と意気込んで登場し、何故かキールームで小噺を始めるのだった。


「サイキッカーの皆さん、私の話を聞いて下さい!!」

「隣の家に囲いが出来たんだってねェ… 〈へぇ〉」


これにウケたサイキッカー達は全員爆笑し、サイコ・ウェーブで増幅拡散した「笑い」は戦場を狂気(狂喜)に染め上げるのであった。

ここまでは絶好調のシャクティだったが、うっかりと 「うっく!こんな時に…しかし…我ながら超臭いわ!!」 と言う程の最強レベル臭の屁をこいてしまい、悪臭でサイキッカー達は苦しみ悶え、更にはサイコ・ウェーブで屁の悪臭が戦場に増幅拡散した結果、エンジェル・ハイロゥは崩壊した


こうして、ザンスカール帝国リガ・ミリティアの戦争は唐突に終わったのだった。


その後、記憶と視力を失って変わり果てた姿でカサレリアに辿り着いたカテジナさんと遭遇し、シャクティは思わず心の中で叫んだ。


「カ…カテ公!!この野郎、あんだけ悪事働いといてまだ生きてたか!」

「そんな事はスタッフが許しても、この私と視聴者が許すもんですか」


こうして、シャクティはカテジナさんが乗るワッパ「これなら間違いなくウーイッグに着けますヨ」時限爆弾を仕掛けて爆死に追いやり、果てには「ゲスい顔」をするなど強烈にブラックな一面を見せた(血も涙もないザンスカール帝国の姫様と云う血筋故のブラック描写だったのだろうか?…そういやこの漫画、ザンスカール側のキャラクターはアシャーさんカテジナさんプリチィセブンだけで女王マリアどころかカガチズガンタシロも一切出てこないんだが…)。


ちなみに、メディアワークスの旧単行本にのみ収録されている作者のことぶきつかさ氏のコメントによれば、この漫画を執筆していた当時の精神状態は最悪だったそうな。



ボンボン版Vガンダム

岩村俊哉氏が講談社の児童向け漫画雑誌であるコミックボンボン誌上で連載していたコミカライズ版の通称『ボンボン版Vガンダム』では比較的アニメ版に近い性格と容姿で描かれているが、かなり存在感が薄い


序盤こそ幼馴染ヒロインとして(ボンボンでの連載時には褐色肌のキャラクターなのに何故か肌にトーン貼りが無かった)、それなりに登場していたのだが、中盤の宇宙で漂流する辺りから劇中に登場しなくなり完全に空気になってしまう。

このままフェードアウトかと思われたが、女王マリアのエピソードを描く都合により終盤で復活。

カサレリアで着ていた普段着のままでキールームで祈りを捧げた。

最終回では「シャクティは褐色肌のヒロインだった」と作者が急に思い出したらしく、しっかりと肌にトーンが貼られ、ウッソから救出される際には健康的な全裸(イメージです)も披露した。


なお、作者の岩村氏がYouTubeの個人チャンネルで語っている様に、「全12話で1話につき24ページ」という限られた連載回数とページ数といった制約上、「ヒロインをシャクティ1人だけに絞りたかった」と云う理由でカテジナは漫画の劇中に存在しないが、それでも途中からシャクティが空気になってしまった事実から見ても、単純にカテジナは作者の力量不足から描くのが面倒臭かっただけである。


ちなみに、現在入手できる単行本ではシャクティの肌の色は全て修正されているので、最終回で唐突に褐色肌になる事態は免れている。



宇宙世紀小話 バグの子

物語シリーズ』のEDアニメーション等で有名なイラストレーター兼漫画家のウエダハジメ氏による、『月刊ガンダムエース2003年6月号(No.010)に掲載された2ページのフルカラー読み切り漫画作品。

ウエダハジメ氏が過去に描いた同人誌『バグの子』に収録していた同タイトル作品を再構成して新たに描き下ろしたものである。

シャクティが主役であり、ウッソも登場するが、『機動戦士ガンダムF91』に登場した殺人兵器バグが地球上で野生化して人々の暮らしを脅かしている独自の世界観が描かれている。


ある日、庭で洗濯をしていたシャクティの前に『子バグ』が現れる。シャクティは手を差しのべるが子バグは逃げてしまう。

その日の夜、カサレリアの村は「バグが現れた」という噂で持ちきりになる。ウッソは村人達と山狩りに行ってしまうが…。

シャクティは一人で森に入って行く。そこには衰弱して死にかけた子バグと、既に死骸となった親バグの姿があった。


「……やっぱり」


「お母さんがいたのね……」


シャクティが見守る中、子バグの寿命(バッテリー)は尽きた。

木の枝でそっとバグ親子の死骸を隠すと、シャクティは静かに家路についたのだった…。


この作品以前にもウエダハジメ氏は『∀ガンダム』の放送中である2000年1月に徳間書店より発行された『ロマンアルバム GaZOスペシャル ガンダムミレニアム』に収載された描きおろしイラストエッセイ作品で「Vガンダム愛」を爆発させており、シャクティの口調を真似た過激な文章と、卓越したセンスが溢れ出る秀逸なイラストで綴られた『Vガンダム論』を発表している。


「ハリで楽になる前の、トミノヨシユキ(※)が、おそらく最も死に近かった時の創作であり、凶暴な危険球であることは、明らかであります。そこに、MS忌諱というかMS好き忌諱といったものも、相っ変わらず匂い、が、だからこそ、その粗野な誠実に、我々は、それこそチ○コいじっているのと同じくらいやってきたガンプラ遊び(どう体裁繕おうが連中の本質はそれでありましょうよ。)よりも、強い快を得られたのですから、これは、幸福であります。」


上記は文章の一部抜粋だが、放送禁止用語交じりに、ガンプラ至上主義で作品の内容を全く観ようとしない輩(これは現在でもガンダムシリーズを取り巻いている状況は大して変わっていない)を痛烈に皮肉った内容である。

また、サイケデリックかつ繊細なイラストで描かれたVガンダムのキャラクター達は必見である。

ちなみに、イラスト内のキャラクターではシャクティが一番大きく描かれているのだが、人によっては病的で不気味に見えてしまうかもしれない。


この他にも、ウエダハジメ氏は2004年に発売の『機動戦士Vガンダム DVDメモリアルボックス』に付属している特典小冊子にも『Vガンダムの楽しみ方 ― how to fun of V GUNDAM』としてフルカラー2ページのイラストエッセイ作品を寄稿している。


(※)書籍『∀(ターンエー)の癒し』によれば、『機動戦士Vガンダム』の終了後に重度の鬱病を発症した富野監督は、精神的リハビリの一環として鍼治療に通っており、この頃の体験が後に『ブレンパワード』の劇中演出に活かされている。


極私的黒歴史考

神様ドォルズ』等の作品で有名な漫画家やまむらはじめ氏による自伝的イラストエッセイ作品『極私的黒歴史考』ではシャクティについてかなり辛辣な記述がある。

厳密には漫画作品ではないが「漫画雑誌に連載されたイラスト付きコラム、またはエッセイ作品」と云う扱いでここに記載する。

当作品はガンダムエース創刊号から数回に渡って連載されており、最初期は『極私的黒歴史』と云うタイトルだった。


2001年6月発売の『ガンダムエース創刊号』の第1回掲載分ではカテジナについて書かれており、「最後に彼女を看取るべき少年との再会の機会も小さな魔女に剥奪されて……そんなハナシ。カサレリア……。」とシャクティについても少し触れていた。

2003年3月に発売された『月刊化記念特別号・ガンダムエース5月号増刊』の掲載分では『機動戦士Vガンダム』を丸ごと取り扱っており、頭にエンジェル・ハイロゥ「天使の輪」の如く乗せたシャクティのイラストと共に以下の様に記述している。


「あまり語られていない事ですが、この作品の真に悪質なところ(無論確信犯でしょう)は、全ての物事の元凶が、シャクティ・カリンという年端も行かぬ少女であると言う点です。」

「大抵の場合、彼女の行為はろくでもない事態を引き起こす訳ですが、彼女にはその自覚がないか、もしくは反省してもまたすぐに同じ事を繰り返します。」

「その行為はストーリーの進行と共にエスカレートし、雪ダルマ式に状況を悪化させ、より多くの人死にを招いて行きます。」

「その様な少女が守るべき対象として描かれ、あまつさえラストでは天使の輪に守られて降臨するのですな。」

「この娘の前ではカテジナの狂乱など可愛いもんだ。」


この様に、やまむらはじめ氏はシャクティ・カリンと云うキャラクターに関してはあまり良い思い入れがなかったらしく、極めて個人的な主観によってアニメ本編の劇中で描かれた内容を著しく曲解しており、挙げ句に捏造」とも言える程の片寄った誇張表現(シャクティの独断行動は劇中で二回のみであり、これにより犠牲者が出た事は確かだが「全ての物事の元凶」や「より多くの人死にを招いて行く」とまで言い切るには無理があり過ぎる)まで用いて悪し様に語っているのだが、対照的にカテジナに関してはかなり同情的な記述をしている。


「カテジナ・ルースの一番の不幸は、ありていに言ってしまえばウッソが子供であったということでしょう。彼が彼女とつりあいの取れる年齢と背丈(彼女の父親は彼女より背が低い)ならば彼女はクロノクルの下へ走ることもなかった筈です。」


上述した内容に加え、「小説版の強化人間設定は蛇足であり、アニメ本編のカテジナには当てはまらない」との持論を展開しており、やまむら氏の解釈では一貫して「カテジナは環境によって狂わされた被害者」である事が解る。

これは、富野監督が過去に『ラポートデラックス 機動戦士Vガンダム大事典』のインタビューで「カテジナは不幸な子」だと語っていた内容の受け売りである。

また、やまむら氏は『機動戦士Vガンダム』と云う作品に関して以下のように評している。


「このV(ヴィクトリィ)は尋常ではないボルテージでマイノリティな人々の荒んだ心のヒダを乱暴に、けれども細かになぞってくれた、という事実は何かにつけて刻んでおかねばと思うのです。」

全編これ悪意の塊というようなタイトなフィルムは決して多くの人を楽しませるモノではありません。が、また同時にこれでなければならないという重度の中毒者を出すことも事実なわけで、僕なんかは明らかに後者です。問題はそういうもんはあんまし商売にならん、とそういうことでしょうな。」

「『Ζ』以降のシリーズが滑稽なくらい必死コいて築き上げてきたリアリティの階梯を殆ど冗談のようなガジェットでぶち壊しにしてしまった『Vガン』。」

「それはひいてはリアルをもって評されるMSに始まるガンダム・マテリアルワールドの嘘っぱちを自ら暴き立てるという荒業であったのでしょう。」

「が、そのようなソーカントクの捨て身のテロ行為もテレビの前に視聴者が座り続けてくれて初めて成立するものな訳ですから、まるっきりの総無視とゆー態度の前にはなす術も無かったのでした。」


この様に、どこか達観しているかの様な記述をしている。

機動戦士Vガンダム』と云う作品は「マニア向けで万人向けではない、商業的に失敗した作品」だとして「私はその様な作品を正確に理解できている数少ない側の人間」だと言いたいのであろうが、富野監督を指して本文中では「ソーカントク」などとカタカナで茶化す様な表記をしたりと、何とも著者の自己陶酔傲慢さ」が随所に透けて見える内容である。

また、「全編これ悪意の塊というようなタイトなフィルム」「ストーリーの進行と共にエスカレートし雪ダルマ式に状況を悪化させ、より多くの人死にを招いていく」といった記述に顕著なように、「個人的な主観により劇中描写を甚だしく曲解した挙げ句の極端な誇張表現」は自費出版の同人誌ならまだしも、全国区の一般書店向けに大量出版される漫画雑誌に掲載する評論内容としては著しく良識を欠いていると言わざるを得ない。


このイラストエッセイは全国区で大量に発売された雑誌媒体での連載作品であったことに加え、2003年のガンダムシリーズは『機動戦士ガンダムSEED』のヒットで新規ファンの流入により再び盛り上りを見せており、ガンダムエースは発行部数が順調に伸びて隔月刊から月刊誌に移行する様なタイミングであった。

また、2003年頃は世間にインターネット環境が完全に普及し終わった時期とも重なっており、このイラストエッセイは現在も続く『死神シャクティ』と云うネットミーム「カテジナを物語の被害者として擁護し、シャクティは元凶の戦犯として叩くのが通だ」といったミスリードまで引き起こして「ライト層による誤解の連鎖を招いている様々な極論や暴論」の発生源となったと見ても間違いないだろう。

やまむら氏本人が「あまり語られていない事ですが」と前置きしているように、個人出版の同人誌や上述のことぶきつかさ氏のパロディギャグ漫画を除けば、2003年までどころか現在に至るまでに全国規模で一般発売された雑誌や書籍に載った『機動戦士Vガンダム』の関連記事や漫画作品で、原作者である富野監督は勿論のこと、業界関係者や著名人がシャクティ・カリンというキャラクターに対して公式の場でここまで悪し様に語っているものは全く存在しないのである。

この年、『機動戦士Vガンダム』は放送10周年の節目であり、翌2004年1月には初のDVD化をも果たしており、作品が再評価を受ける絶好の機会であったのだが、メディアと世間の反応は冷めたものだった。

これらの事実から見ても、このイラストエッセイ内の無責任かつ偏った記述内容は『機動戦士Vガンダム』という作品から再評価の機会を奪っただけでなく、「Vガンダムはガンダムシリーズで随一のマイノリティ向けなカルト作品」だという一般的な認識から現在も抜け出せないでいる要因の一つになってしまったのである。


ちなみに、やまむら氏は少年時代から富野由悠季作品全般を嗜んでいたらしく、近年のX(Twitter)では「小学校の時からずーっと富野由悠季の小説やらエッセイを読んできたせいで、この人の文章を読み辛いと言われてもピンとこない。更に特典として映像作品でよく分からんセリフが出てきても大体どういう気持ちで発せられたものか、脳内で自動注釈してくれるオプション機能が備わってしまった。」と、「生粋の富野作品マニア」を自負する旨の発言をしており、更には富野監督本人とも面識があり『アニメージュ』に連載の『富野に訊け!!』のコーナーでは挿絵を担当している程で、徳間書店のオフィス内で毎月一度は富野監督と面会しているらしく、「私はカット絵の方向性を掴むためと称してスケジュールが許す限り同席しておりますが、ハッキリ言ってただの役得狙いです…」と過去にX(Twitter)で自慢げに語っていた。



機動戦士Vガンダム外伝 オデロ・ヘンリークからの手紙

『機動戦士ガンダム ゼロの旧ザク』などを執筆した岡本一広氏が漫画を担当している、『機動戦士Vガンダム』の放送30周年を記念した外伝漫画作品。

『月刊ガンダムエースKADOKAWA)』2024年2月号より連載をスタートした。

オデロ・ヘンリークの視点から『機動戦士Vガンダム』の物語を辿る回顧録的なモノローグ漫画である。


第4話はオデロの視点でシャクティについて語られる内容で、TVアニメ版の劇中における彼女の行動に対して最大限のフォローが成されている。

わずか11歳の少女であるシャクティが畑仕事に炊事洗濯、そして孤児のカルルの世話までをこなす事、そして地球の環境に嫌悪感を示したクランスキー姉妹を説得した事に対してオデロは感心する一方、ベチエンの旧飛行場の一件ではシャクティを疎ましく思ったことをオデロが「ごめんよ、シャクティ」と悔いる描写もあり、「人間が生きる上で何が大切なのか一番よく知っているシャクティだから、あんな大胆な事をやっちゃうんだよな」と彼女の行為には理解を示していた事が明かされた。

最終決戦でエンジェル・ハイロゥの2万人のサイキッカーを導き、「暖かい安らぎの光」であるウォーム・バイブレーションを発現させたシャクティに対してオデロは「もしかしたら、一番強いのはキミなのかも知れないな。そう…ウッソ以上にさ」と称え、その力の源がカサレリアの生活で育まれたものだと悟り、シャクティの悲しみと苦しみ、そして真意をオデロが誰よりも理解していた事が明確に描写された。

これらの描写により、TVアニメ版の第44話での 「シャクティがまた病気を起こしたんだよ!」 というオデロの台詞には全く悪意が無かったことが判り、そして最終話のオデロの行動がシャクティの真意を理解したものであるならば 「ウッソ!!憎しみだけで戦っているんなら、一緒に死ぬぞーっ!!」「ウーイッグのお嬢さんは、嬢ちゃんをやってりゃいいんだーっ!!」 という彼の一連の台詞に唐突さがなくなり、より一層の説得力が加味されたと言えるだろう。


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おそろしい子:アニメ本編でもパロディ漫画の『いけ!いけ!ぼくらのVガンダム!!』でも、それぞれ違った意味でその行動を起こしている。

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